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ムネアキ・コラシ

 ムネアキ・コラシの仕事は運び屋である。

 タクシーに人を乗せて、欲望の街をひた走る。


 普段は当然、人を乗せて走る。

 言われた通りの場所へ向かって、できるだけ急いで。

 時折口の悪いヤツもいるし、暴力的なヤツもいるが、まあそれなりにあしらって仕事をこなす。


 たまに、ムネアキは人ではないものも運ぶ。

 それは大量のドラッグであり、違法に集められた武器であり、麻袋に入れられた人だ。


 ムネアキの理論でいえば、麻袋に入れられた時点で人はモノになる。

 だからそこからなにか音が聞こえても、悲痛な命乞いに似た言葉が聞こえても、知らぬふりをする。


 港湾地区で“喋る荷物”を別の運び屋に引き渡せば仕事は終わり。

 近くにいた依頼主の代理人から現金を受け取り、あとは何も見てない素知らぬ顔で帰るだけだ。


 仕事を終えたあとは安物のドラッグパック『ロック・スター』を吸って気分転換。

 今日は珍しくまっすぐうちに帰らず、港湾地区に車を停めたまま、車内でドラッグパックをふかす。


 低ボリュームでラジオから流れてくる時代遅れの音楽を聴く。

 足でリズムを刻み、手でハンドルを軽く叩く。


 仕事をしっかりこなすには、それと同じぐらいのしっかりした休息が大事だ。

 遠くに、ネオン輝く都市部が見える。

 男、女、人間、金、名誉──。

 考えられる欲望があそこには詰まっている。


 もちろん、ムネアキもそのひとりだ。

 自分が例外だなんて、痛い思春期みたいなことは考えていない。


 ムネアキも立派な都市の歯車であり、立派な悪党のひとりなのだ。


「……ん?」


 ドラッグパックを一本吸い切り、吸い殻を携帯灰皿に揉み消したときだった。

 外が騒がしくなっていることに気づく。


 ラジオを消して、窓から外に顔を出す。

 そしてすぐに引っ込めた。

 重酸性雨が降っている。小雨だが、肌にあんまり当てたくはない。


「おい」


 いつの間にか近くに来ていた黒スーツの男がタクシーの天井を叩いた。

 先程の取引にいたひとりだ。


「騒がしいな。どうしたんだ?」

「荷物がひとつなくなった。悪いが、中を見せてもらえるか?」

「どうぞ」


 ムネアキは躊躇いなく後部座席とトランクを開ける。

 男が後部座席とトランクをくまなく調べ、それから再び窓のほうへ戻って来る。


「あんたじゃなかった。悪かったな」

「構わない。あんたも仕事だろ」

「すまん。なにかあったら、連絡をくれ」

「了解」


 別に部下というわけでもないただの取引相手だが、こういう商売をしていると、まあ商品がひとつなくなったときの苦労ぐらいは察せられる。

 軽く了承して、男が去っていくのを眺めた。


 そして男が角を曲がり、見えなくなった直後だった。

 車の下で、何かがごそっと動く気配がした。


「……?」


 ムネアキは窓を開けて顔を出し、そこで薄汚れた少女と目が合った。


「おい、嘘だろ」


 少女は目を見開き、何も言わなかったが、それが逃げ出した“荷物”だということは直感でわかった。


「た、助けてください」


 少女が言った。

 ムネアキは、くしゃりと顔を崩した。


「うわ、言ったよ。言っちまいやがったよ」


 少女が顔だけを出したまま発した言葉に、ムネアキは癖っ毛の髪をボリボリ掻いた。


「……いいか。今から後部座席のドアを開ける。開けたらすぐに乗り込め。それから座席の間に伏せとけ。絶対に顔を出すなよ……言ってる意味、わかるか?」


 ムネアキの言葉に、少女は仰向けになっているから頭をコクコクと持ち上げて頷いた。

 そして、ムネアキはすぐに実行に移した。

 ドアが開き、車の下から這い出た少女がするりと中へ入り込む。

 座席の間に入ったのを確認してから、素早くドアを閉めた。


 すぐには動き出さない。

 もう一本、ドラッグパックを咥えて火を点ける。

 どこに誰の目があるかわからないのだ。

 意味もなく後部座席を開けて、すぐに出発した。

 そんな印象を与えてはいけない。


 ここは欲望渦巻く街、ネオ・トーキョー。

 慎重になるぐらいでちょうどいい。


 ムネアキは傘を取り出し、あえて外に出た。それからしばらくそのあたりをブラブラして、懐かしい携帯端末で旧友に電話を掛ける。

 内容はなんでもよかった。

 来週末飲みに行くことになったが、薬をやっているヤツだったので、電話を切って数秒後には約束のことなど忘れていることだろう。


 たっぷり二十分ほど時間を潰してから、ムネアキは車に戻った。

 それから拾った少女がまだちゃんと身を隠しているのを確認してから、車を始動させる。


「行き先は?」

「……あ、安全な場所」

「存在しない場所を言われてもね」


 そんなことを言いながら、ムネアキは車を発進させた。


「あの、な、なぜ……助けてくれたの?」


 少女が聞く。

 ムネアキはバックミラー越しに屈んだ少女の頭部を見ながら、新たに咥えた火の点いていないドラッグパックを上下に揺らした。


「麻袋に入ってなかったからな」

「……?」

「袋に入ってるならまあ、モノだから引き渡すことに罪悪感はないけど、助けを求める人を見捨てるのはな」

「……変な、倫理観」

「今すぐ降ろしてもいいんだぞ」

「ごめんなさい」

「よし、上等だ」


 ムネアキは港湾地区を抜けて、都市部に向かって車を走らせる。

 誰かに尾行つけられている気配もない。

 問題のひとつはどうにかクリアできたようだ。


 残るのはもうひとつだけ。


「安全な場所、ね……」


 そんなものがこの都市にあるのかどうか。

 答えに迷いながら、ムネアキはアクセルを踏むのだった。


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