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ブラック・マーケット・レントン・ブッチャーズ2

 メガシティ・ネオトーキョー。

 Cランクの貧民層が日々の糧を得るために利用するブラックマーケット。


 その一角に、その店はある。

 食肉加工品を売る店【レントン・ブッチャーズ】。


 防弾性のショーケースにあらゆる種類の肉が並べられている。

 もちろん生鮮食品プラチナフードではない。

 すべて培養食品シリアルフードだ。


 店主は椅子に座り、携帯端末に組み込まれたパズルゲームをつまらなそうにプレイしている。

 ときおりあくびしながら、最速記録タイでパズルをクリアしていく。


 客は少ない。

 貧民層相手の商売だ。

 培養食品でも、肉を買う金を捻出できる人間は多くない。


「バラ肉。豚のやつ」


 ひとりの女がやってきた。

 ショーケースの上に小さなビニールパックを置いて、注文を口にする。


「……はいよ」


 店主は億劫そうに立ち上がり、手袋をしてからショーケースの豚バラ肉に触れる。


「グラムは?」

「400」

「OK」


 肉をいくつか掴んで秤に乗せる。

 325グラム。

 店主はもう一枚バラ肉を掴んで乗せた。

 402グラム。


「どうだ?」

「それで」


 女が応え、店主は頷きバラ肉をビニールパックに詰める。

 真空パックにする機械に通して、あっという間にバラ肉を梱包した。


「2800」

「相談があるの」

「生体認証は受け付けない。現金払いだ」


 女の提案に店主は取りつく島もない。

 しかし、女はショーケースの上に置いていた手のひらをどけて、再度店主を見つめる。


 店主の前に差し出されたのは小さなビニールパックだった。

 中には袋よりもはるかに小さな白い結晶体が入っている。


「現金は足りない。これで代わりにならない?」

「……純度は?」

黒羊マヴロ・プロヴァド直下の羊の蹄サボ・デ・ムトンから。証拠はこれ」


 女が通信端末の画面を見せる。

 テキストチャットに取引内容が示されていた。

 そして女は画面を切り替えて動画を再生する。


『これで50000だ』

『……高くない?』

『嫌なら買わなくていい。顧客は他にもいる』

『わかったわよ。買う』

『最初からそう言えばいい』


 目の前にいる女と売人のやり取り。

 仲間に撮らせたのだろう。

 売人に見つかればそれなりにヤバイ代物だ。


「お前がそいつらと取引しているのはわかったが、これが本物かわからない。少し待ってろ」


 店主は言うと、ショーケースの真横にあるスイッチを押した。

 裏手で小さくブザーの音が響いた。


 しばらくして奥から真っ青なロングウェーブの髪をなびかせた女が出て来た。

 タンクトップとホットパンツの上にゴム製のエプロンをしているので、正面からだと裸エプロンに見える。

 そのエプロンには、大量の血が付いていた。


「なに? いいとこだったのに」

「仕事だ」


 店主はビニールパックを取って、青髪の女に渡す。

 青髪は受け取るとすぐに理解したのか、パックを開けて小指の先を中に入れる。

 微量な結晶を指先に付けて抜き取り、舌の上に乗せる。


 数秒“テイスティング”したあと、小さく頷いた。


「かなりの純度。これだけあれば……」


 青髪はショーケースの中を見て、牛肉のバラ肉と鳥のモモ肉を指さした。


「豚以外にそれぞれ400追加でも大丈夫。利益はちゃんと出るよ」

「……OK。だそうだ、お客さん。追加しとくが、豚バラのほうがいいか?」


 女はハッとして首を振った。


「い、いいえ。その女の人が言ったものをちょうだい」

「OK」


 店主は牛のバラと鶏モモを400グラムずつ、少しだけ色を付けて梱包する。

 それから紙袋に入れて女に手渡した。


「普段は現金しか受け付けないが、“こういうもの”なら歓迎だ」

「あ、あの……」

「なんだ?」

「ここでなら、捌けるんですか?」


 女の言葉に、店主と青髪が顔を見合わせたあと再び女を見る。

 それから青髪のほうがニッコリと笑った。


「うちはね、肉を捌くの。でも、時々、あんたが言っているようなモノも捌くよ」


 女はごくりと喉を鳴らした。

 視線を斜め下に向けて逡巡したあと、顔を上げる。


「……お金にすることは?」

「可能。でもあまりおススメはしないかな」

「どうして?」

「現金で買うとリスクがある。うちは肉屋だから、肉と交換ってのが一番楽でいい。それに、売人に小遣い稼ぎだとバレたら……ね?」


 青髪の言葉に、女は再び喉を鳴らした。

 自分がどれほど厄介で恐ろしいことをやろうとしていたのか理解したようだ。


「……お肉なら、リスクはないんですか?」

「お姉さん、奴らはね、自分たちの薬で自分たち以上に儲けられることを嫌う。市場が壊れるからね。ああ見えて、けっこう繊細にコントロールしてるんだよ」


 青髪はショーケースを上から指で叩いて、並べられた培養食品の肉を差す。


「だからね、それが儲けていると思われなければいいのさ。お姉さんが自分に使って依存症になるのも良し。物々交換で価値の低いものに交換するも良し。顧客であり続けるなら、お目こぼしされるよ」

「……また、来ます」

「はーい、お待ちしてまーす」


 女が頭を下げ、紙袋を抱えて走り去っていく。

 肉を狙う輩は多い。

 昼間だからといって、大抵の場所が薄暗いCランクエリアでは油断できないのだ。


「……さて、戻っていい?」

「ああ。ごくろうさん」

「あいあーい」


 店主が頷いてみせると、青髪はさっさとバックヤード──|ブッチャールーム(肉切り場)へと戻っていく。


 扉が閉まる直前、奥のほうから男のか細い懇願のような声が聞こえたが、外に漏れることはなかった。


 たとえ漏れたとしても、この店を糾弾しようなんて正義漢の強い人間はいない。

 というか、ブラックマーケットに存在する店が裏で何をしていようと気にする人間はいない。


 “そういうものの果て”が店頭に並ばなければOKだ。


「オヤジ、やってるか」

「いらっしゃい」


 座って再びゲームに興じようと思っていたところに、近くのマフィアの遣いが来た。


「さっきの女は偵察か?」

「違う。相場がわからないヤク中だ」

「……そうか。で、奴は?」


 遣いの視線が店主を越えて、バックヤードへ注がれる。


「ほとんど話したよ。今はその情報の精査と、最後の追い込みだ。ほとんどあいつの趣味だがね」


 遣いが中で行われていることを想像したのか、少しだけ顔をしかめた。


「本当はあんたがやりたかったんじゃないのか」

「そりゃあ当然。だけど俺も人を使うことを覚えないといけないからな。試しで有能な人材を仕入れてみた」

「……ふん。まあいい。全部終わったら報告しろ。あとロースとカルビ、ハラミ、タン、フィレ、600ずつ」

「豪勢だね」

「客が来る。もてなさないといけない」

「さいですか」


 遣いがショーケースの上に紙幣をゴムでまとめた束を置く。

 店主はそれを受け取ると、すぐに肉の梱包を始めるのだった。

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