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マーティン2

「……チッ、くそめんどくせぇ」


 重酸性雨が降りしきる雨模様のCランクエリア。

 その中層にあるビルの一室で、マーティン・アロードは呟いた。

 ド派手な金髪を逆立て、口元にはドラッグパック。

 赤と黄色を基調としたドギツイ色のシャツを着ていた。下半身は革の黒パンツに包まれ、足首まで覆う濃い黒のブーツが鈍く輝いている。


 マーティンの視界には一枚の通達書類が浮いている。

 書いてあることは簡素だ。

 『新しい蛇の庭ズールィサッドを編成せよ』


「これならテキストで充分だろうが」


 呟き、通知を切る。

 革張りのソファに深くもたれ、煙を輪にして宙に吐き出す。


「シーラン」

「はい」


 マーティンが呼ぶと、斜め後ろに控えていた藍色のスーツを着た細身の男、シーランが顎を引いた。

 細身だがスーツの中は鋼のように鍛えられており、ナチュラルながらサイバネ化した人間と対等以上に戦える。


「例の件、どうなってる」

「ミケとクロのふたりは発見。ですが、抵抗激しく逃げられました。それなりに怪我を負わせたので時間の問題です」

「女は?」

「見つかりません。たぶん顔と髪、容姿を変えてるかと。上から借りたシステムにも引っかかりません」


 シーランの答えにマーティンが鼻息を漏らした。


「当たり前だわな。そんなシステムお見通しだろう。なんせ一番下とはいえ蛇の庭で生きてた女だ」

「……ですね。なので別ルートから。情報屋を使っています。どこまで信用できるかはわかりませんが」

「うちに使える奴はいないか?」

「それも何人か使ってます。ですが、ミケクロより難しいかと」

「問題はまだまだ解決しそうにないか」


 マーティンは言いながらサイバネ化された義手でドラッグパックを挟み、灰皿で揉み消す。

 視線は正面にある絵画『ランドリク聖戦』に向けられている。

 数十人の兵士が槍を掲げ、その穂先には敵対部族の首が刺さっている。

 血はどこまでも濃い赤で、ぼやけた風景が美しい。


 マーティンは絵画を眺めながら、再編される蛇の庭を考えた。


「上から命令だ。蛇の庭を再編しろと」

「再編ですか。使うのはまた同じ系統の?」

「いや、色事に負けるような兵士はいらん。性豪なのは構わんが、飲まれるような奴はな」


 それから顎に手をあて、小さく息を吐く。


「お前のように、とは言わないから、仕事にある程度恭順できる人間を見繕っておけ。俺も探しておく」

「わかりました。条件は以前の蛇と同じで?」

「ああ。有能だと思うなら直接見せろ。新しい頭も決めなくちゃならんからな」

「はい。となると、少し邪魔な勢力が」

「どこだ?」

黒羊マヴロ・プロヴァドの子飼い、羊の蹄サボ・デ・ムトン

「なにがまずい?」

「最近、勢力を広げています。優秀な人材もそこに。近頃、新興勢力のルバ・ラッファにも協力を取り付けたとか」

「……そうか」


 マーティンは再び息を漏らした。

 相手は五大超企業の一角、その子飼い。

 だとすると表立って喧嘩を仕掛けるのはまずい。


「条件次第で引き抜けそうな奴を調べろ。人探しもできるだけかち合わない方向で動け」

「直接叩かなくていいんですか?」

「それは弱らせてからだ。弱らなくても、違う組織を作って弱らせる。話を盛ってMAにやらせるのもいいな」

「動きますかね」

「動くように仕掛けるのが俺たちのやり方だろう」


 そう言って、マーティンが笑みを作る。


「俺たちは大蛇だ。毒を使って丁寧に相手を弱らせよう。羊の蹄の敵は?」

「多いです。トップのミスタが多方面に恨みを」

「まあ、恨みを買ってないヤツはいないよな。その方面でも使えそうな奴をピックアップしておけ」

「わかりました。トラン姉妹を使っても?」

「ああ。男でも女でも、使えるものは全部使ってもう一度蛇の庭を作り直す。今度は俺の手で後始末しなくてもいい組織をな」

「はい」


 シーランが頭を下げ、部屋を出る。

 残ったはマーティンとジッと黙って立っていたスカートスーツの女、レミアノだけとなった。


「レミアノ、俺も出る。車と人を」

「かしこまりました。すぐに」


 レミアノは頭を下げると、金縁の細フレーム眼鏡奥の目を細めた。

 彼女の前に透過ディスプレイが立ち上がり、すぐに各所へ連絡を開始する。


 マーティンは立ち上がり、グラスに入った度数の強い酒を一気に呷って胃の腑を熱く滾らせた。


 それから窓際に近づき、眼下に見えるネオン光る欲望の街を眺める。


「面白い奴が残ってるといいがな。強いなら、なおいい。MAの幹部連中に対抗できるぐらいの人間は……いないかもしれんが」

「マーティン様、準備が整いました」

「おう、いま行く」


 マーティンは踵を返し、レミアノとともに部屋を出る。

 ビルのゲートを抜けると、用意された車との間に六人の護衛が傘を持って並んでいた。

 おかげでマーティンが濡れることはない。


「あとはバカみたいに忠実な人間。俺に、じゃなくてもいい。金や力に忠実な人間がいるといい」

「……はい?」


 後部座席の隣に座ったレミアノが聞き取れなかったらしく聞き返す。

 それをマーティンは唇の片側を持ち上げるだけで流し、それからフロントガラスの向こうを眺めた。


 重酸性雨がネオンの光を反射する。

 眩しくギラついて、人々を狂わせる美しい光だった。

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