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ブルズ・“ウルトラ”・ヒュミット

 ブルズ・“ウルトラ”・ヒュミットは陽気な売人だ。

 歯は全部金歯で、濃いサングラスが似合う黒人で、筋骨隆々。

 黒のオーバーサイズTシャツには白地で『リアル・ラーメン』と書かれている。

 迷彩柄のアーミーパンツには小さなナイフがいくつか仕込まれていた。

 ドラッグパック『not END』も常に二箱入っている。

 自分ではあまり吸わない。敵対している相手をボコったときに吸わせてやるのだ。

 notEND(まだ終わりじゃない)

 大体の人間はそのあと歯を全部折られる。

 ボコボコにされて意識を失いかけているのに、まだ終わりじゃないということを身体に叩き込まれる。

 両腕と両脚はサイバネ化。

 もともと備わっていた天然のバネに加えて、恐ろしい出力の機械の腕と足は、ブルズを凶悪にして強力な売人へとのし上がらせた。


 ブルズは今、Cランクの路上で珍しくドラッグパックを一本吸っていた。

 煙が重酸性雨に逆らうようにして空に昇っていく。

 ブルズの尻の下には先ほどボコボコにした男が伸びていた。

 殺してはいない。呼吸している。

 相手は敵対する麻薬組織の売人だった。


 ブルズは信じられないだろうがそこまで好戦的な人間ではない。

 直前まで話し合いでなんとかしようとする。

 けれど相手が話の通じないとわかると、すぐに手を出す。

 戦いたいわけではない。

 だが、こじれた話し合いの末路は暴力だ。

 それに限る。それしかない。

 ブルズはそれを“知っている”。


 効率のいい手段を選んでいるだけだ。

 このメガシティ・ネオトーキョーにおいて、麻薬を売って暮らすというのは“普通”のことだ。

 なかなかの割合の人間がこういう仕事に就いている。

 なにせ五大超企業のひとつ『黒羊マヴロ・プロヴァド』が大元締めなのだ。

 警察さえも安易に手は出せない。


 もちろん賄賂もロクに支払えない、もしくは警察を舐めて反抗的な態度を取る末端は簡単に捕まってしまうが。


 ブルズはそのあたりを上手くやった。

 渡りをつけた、という奴だ。

 または持ちつ持たれつもやっている。


 汚職警官が抱えた“厄介ごと”を代わりに解決してやるのだ。

 そうすれば恩義で縛ることができる。

 恩義、礼節はそれなりに大事だ。

 下手をすれば表社会よりも。


 そういった“当たり前”のことができない奴は出世できないし、信用されないし、仕事が回って来ない。

 だからいつまで経っても末端をウロウロしている。


 果ては自らの商売道具を使ってよくある最後に陥る。

 自分が麻薬中毒になってしまうのだ。


 ブルズの母親と父親もそうだった。

 母親は妹を道連れにして首を吊った。

 父親は兄と弟を殺し、ブルズの寝込みを襲って歯を全部折ったあと、ブルズに腹を蹴り飛ばされて後頭部を机の角に強打。さらに内臓破裂でほとんど即死だった。


 ブルズが麻薬組織のボスに気に入られ、大金を稼ぐようになる3か月前のことだ。

 あとたった三か月。

 それが待てずにブルズの一家は崩壊した。

 ブルズは天涯孤独となり、そして新たな家族を手に入れた。


 ブルズは自らが所属する組織を愛している。

 家族として敬意を払い、困ったことがあれば即座に手を差し出す。


 ブルズは一枚の写真を見ている。

 珍しい、データ化されてない生の写真だ。

 そこに映っているのは少年だ。笑顔の少年。

 やせ細った身体は栄養が足りないことを示している。

 笑顔もぎこちない。

 カメラを見る目だけが、ギラギラと輝いていた。


 そして写真の上に、デジタルのレイヤーが映し出される。

 ひとりの青年、いや中年に向かいそうな男の顔だった。

 この少年が成長したら、この顔になるだろうな。という顔立ちをしている。


 一年ほど前に“家族”の中に入ってきた男だった。

 ワルシャ・ピート。

 やけに愛想のいい笑みを浮かべた男。

 仕事はできる有能。言われたこともきちんとこなし、自分の頭で考えることもできる。

 ボスであるミスタを笑わせるユーモアもある。


 だが、“臭い”。

 ブルズの嫌いなタイプだ。


 もちろん家族といえど合わないタイプというのはいる。

 しかし、この男はそういったものとは違った臭いがあった。

 直感が告げている。

 こいつの扱いを見誤ったら厄介なことになる、と。


 だからブルズは一年近く“持ちつ持たれつ”の警官や部下たちに静かに探らせた。

 素性から、どういう生活、どういう育ちだったか。

 どうして羊の蹄サボ・デ・ムトンに入ったのか。


 結果、何もなかった。

 Cランクの孤児上がり。地元の不良グループからの拾い上げ。

 怪しくなんてなにもない。“真っ当な売人ルート”。


 それが臭かった。

 真っ当すぎるのだ。

 売人のくせに、経歴が“白い”。


 ブルズがこの新しい家族の中でどうやってのし上がってきたのか。

 それはひとえにこの嗅覚にある。


 ボス、ミスタの右腕。

 そして羊の蹄の主戦力でもある。


「ボス、やっぱりあいつは黒かも」

『……そうか。使える奴だったのに、残念だ』


 ドラッグパックを吸い終わったブルズは、ミスタに連絡を取った。

 内容は簡潔。ミスタの反応も簡潔だった。


『確信できるなら処分しろ。使えそうなら泳がせてからだ』

「了解、ボス。テイク・イット・イージーだ」


 ブルズは通信を切ったあと、立ち上がって伸びをする。

 サイバネ化した義肢が軋む。

 それから力を抜き、脱力して空を見上げる。


「家族に異分子はいらないんだ」


 結果的に家族の中でひとり生き残る形で異分子となってしまったブルズは、誰に向かうでもなく、そう呟くのだった。

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