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魔物哨戒班  作者: 如月うなむ
序章:照会して哨戒
5/10

“サイレントそこそこ”の話

「結局“ゆるふわ”は、改稿しない方向で行くのか?」

「まあ、あれに関しては煮るなり焼くなり逃げるなり無視するなり、対応手段は色々ありますからね。積極的に応戦しなくても良いという意味では、大丈夫でしょう」

「ふむ、確かに」

「それよりも“ヘッドフィッシュ”を“フィッシュヘッド”にしなくて良かったのか、それの方が私は気掛かりですね」

「頭の方が衝撃的であったし、それはそれで良いのではないか?」

「それもそうですか」


荒野帯を抜け、山岳地帯の入り口。

道はさらに険しさを増し、無骨な岩肌が足へ過重な負担を強いる。


大魔法師様の頭上という高級指定席で垂れる私は、エトの少し後方を追ってくる、快晴の空に照る銀白色の毛質が艶やかなその獣人少女を見遣った。

リーネは頬を膨らませながら腕を組み、へそを鋭角に曲げたままとぼとぼと付いてきている。

先程から彼女はこの調子で、まあそれも仕方のないことだけれど、いい加減に機嫌を直して頂きたいものである。


「リーネ、具合の方はどうだ?」

「…………」

「今日は良く晴れているな、絶好の登山日和だ。そう思うだろう?」

「…………」

「魔物も出てこないし、ゆっくり景色が見られて良いな」

「…………」


ふむ。

荒野帯に口でも忘れてきたのだろうか。


“ヘッドフィッシュ”との戦闘に圧勝したリーネだが、その顛末はからくも間抜けで、彼女はその魔物の尾鰭の毒に当たってしまったのである。


エトの文言がどうにも胡乱うろんげで、そこに毒がるのか否か、私も半信半疑なところではあった。

しかし当たってみれば事実も事実、毒に触れたリーネは卒倒し、泡を吹いてしばらく起きなかったのである。


()()()()を用いるエトが魔物に応戦すれば、恐らくこんなことにはならなかったのだろうけれど、それもまあ結果論の話だろう。

エトは雷撃系魔法をリーネの身体へ微弱に流し、対処療法的に解毒をしたのであった。


魔法というものは元来、施術者が被術者を害することで発展してきた悪魔の法なのである。

洗脳、騙欺、殺傷、諸々、それに於ける残忍な用途は長い歴史の中で枚挙にいとまがない。


それを少しでも生活や医療に役立てようとする動きが見出されたのは割と新機軸な話であるが、結局のところ毒も薄めれば薬となるように、徐々に魔法を用いて善行を果たす概念も生まれてきた。

それで言えばエトは即死級の破壊力を誇る雷撃系魔法を抑えてリーネへ流し、体内を回る毒性成分を無効化しつつ、血流を促進して自然治癒力を高めたのである。


しかし。

しかし、である。


「リーネ、お喋りをしよう」

ちゃべりまてん」

「お話しをしよう」

「話ちまてん」


喋っているし話しているではないか、という突っ込みは、今はよそう。


意識を取り戻したリーネは、しばらく身体の痺れを訴え安静にしていたものの、今や活動再開出来る程度に回復した。

しかし、舌先がまだアレなのか、未だ呂律が回っていないのである。


幼児言葉のような、何だかこう異質な雰囲気に、私は思わず吹き出してしまった。

今思えば、リーネの機嫌がひどく悪いのは、もしかするとそれが原因だったのかもしれない。


「これほど心地の良い景色もそう在るまい。リーネ、歌でも唄おう」

「…………」

「猫魔の民謡というものがあってだな、皆で酒盛りしながら大いなる自然に感謝する歌を唄うのだ」

「…………」

「まあ、満月の夜に唄うんだけどな」

「…………」

「そうだリーネ、握り飯でも食うか? お手製だぞ、エトの」

「頂きまつゅ」


喋るのかよ。

そして食うのかよ。


エトは促されるように背の鞄から笹の葉で包んだ握り飯を取り出し、歩きながらいつも通りの笑顔で彼女へとそれを手渡した。

軽く会釈をしたリーネは握り飯を受け取り、それを頬張って一言。


「おいちい!」

「良かったです、隠し味に山椒の粉末を混ぜておきました」

「口の中がつゅっきりちて、とってもおいちいでつゅ!」


なるたけ私はリーネの視界に入らないよう、丸くなって笑みを堪えた。

面白過ぎる。

時折どうやって発音しているのか判らないような難語を発するのがまた、良い味を出している。


握り飯を口いっぱいに頬張ったリーネは、満足げに微笑んだ。


よし、機を逃すな私。

やるなら今である。


「この辺りはとても乾燥しているが、リーネ、喉とか指先は大丈夫か?」

「喉は大丈夫だいぢょうぶでつゅ。けど、指先ゆびたき?」

「ささくれとか」

「たたくれは、出来てないでつゅね。ご案ぢありがとうごだいまつゅ」

「そうか、それは良かった。喉の方も心配だ、ちゃんと声が出るか確認しよう」

「はい?」


若干懐疑的な視線をこちらへ向けるリーネだが、私がリーネの体調を気遣ったことで、少しは信用を得たようであった。

「たたくれ」の時点で、なんかもう堪えが効かなくなりそうではあったが、平常心を保った私の完全勝利である。


「復唱してみてくれ」

「はぁ……?」

「哨戒作業」

「ちょうかいちゃぎょう」

「砂糖、塩、酢、醤油、味噌」

「たとう、ちお、つゅ、ちょうゆ、みと」

「少々ささやき全然進まぬそぞろな種族」

「ちょうちょう たたやき でんでん つつまぬ とどろな ちゅどく」

「衝撃的少数先鋭集団終始捜索即左遷」

「ちょうげきてき ちょうつゅう ちぇんえい ちゅうだん ちゅうち とうたく とくたてん」

「新春シャンソンショー!」

「ちんちゅんちゃんちょんちょー!」

「いえーい」

「わーい、言えたぁ!」


面白い、なんだこれ、なんだこれ!

趣旨が変わってしまったけれど、何だこれ、ものすごく面白い!


さらに私は追い打ちを掛けるべく開口しようとしたが、その口をエトに塞がれた。

さすがにリーネを玩具にし過ぎたかと思ったけれど、この口封じには、どうやらそういう意図があるわけでもなさそうであった。


エトが指で示す前方数百歩の距離、山岳地帯の風上にはひとつ中柄な魔物が在った。

背に携える堅牢そうな甲羅の装甲から伸びる四肢と首、その魔物はまったりとした動作で四足歩行しながら岩陰に移動し、まさに惰眠を貪るその時のようであった。


言ってしまえば、でかい亀である。

容姿こそ魔物のそれを含んではいるものの、野生生物である亀のような形態をしている。


「エト先生てんてい、あの魔物は?」

「装甲属迅速種の魔物です。とても堅い甲羅は肋骨が発達したものと言われ、安価な剣では傷ひとつ付けることが出来ないでしょう。そして分類名にもあるように、あんな重厚な見た目をしていますが、あの魔物は移動速度がものすごく速い」

移動速度いどうとくどが……」

「興奮時の移動速度が音速を超えるので、音がこちらへ到達する前に攻撃を受けることになり、その猛烈な体当たりを受ければ命はないでしょう。剛毅な甲羅の鉄壁に加え、手堅い攻撃性を誇る強敵です」

「攻防(ちゅぐ)れた無音の殺ち屋、って感ぢでつゅね」

「まさにその通り」

「あの魔物の名前は何と言うのでつゅか?」

「“サイレントそこそこ”です」

「“たいれんととことこ”……」


どうせ勇者ファオスの命名センスのことだ、無音で攻撃してくるそこそこ強いやつ、程度の感覚なのだろう。

しかし今回ばかりは、その拗れたセンスを賞賛せずにはいられなかった。


たいれんととことこ、実に素晴らしい。


「王都周辺地域に属する山岳地帯では出現報告がなかった強敵ですし、今回は少し、リーネさんの戦闘スタイルを鑑みても分が悪いですね」

「うぅ……」

「体調も本調子ではなさそうですし、“サイレントそこそこ”は私が応じます」


リーネの戦闘スタイルは身体強化を主軸とする肉弾戦、確かに堅く速い相手との相性が悪かった。


するとエトは突然、大きく手を拡げ、そのまま勢い良くそれを打ち合わせる。

岩肌に反響する拍手の音は、やがて数百歩ほど離れた“サイレントそこそこ”の聴覚器官を刺激したようであった。


のそりと起き上がった“サイレントそこそこ”は、鼻息を荒げて前脚で地を掻いている。

完全に気付かれてしまったようだ。


エトは横に構えると“サイレントそこそこ”へ向けて手を掲げ、そのまま静止している。


「来ますよ、屈んでしっかり岩にしがみついていて下さいね」


刹那、件の魔物が在った岩陰が爆ぜる。


堅牢な甲羅を持ったそれは、その体躯から想像し得ない猛烈な勢いで距離を詰めてきたのである。

瞬く間に眼前へと迫っていた“サイレントそこそこ”は、しかし掲げられたエトの手へ触れる少し前に霧散して消え失せた。


目の前には粉砕された足場が荒々しく伸び、次の瞬間、猛烈な爆発音と共に一陣の突風が私達の合間を吹き抜ける。


どうやらエトは使ったようだ、()()()()を。


「ふう」


王都の大魔法師にして元魔王討伐隊専属魔法使い、黒い長髪を後ろで結った男性だか女性だか皆目見当がつかないこの若年、姓はアステル名はエトオール。


魔法使いの最高峰にして、法則と秩序を掌握する者エトオール・アステル。

周囲からここまで言わせしめるエトは、そうであるだけの特異能力を有している。


その特異能力のひとつが、そう、()()()()、“退魔法”と呼ばれるエトの不可思議な力だ。

掌を向けるだけで、()()()()()()()()()()()()()()()を消滅させることが可能という、何とも異様な能力である。


この能力“退魔法”は、その光景を見た周囲がそう名付けただけであり、エト自身そもそもこれが何であるかよくわからないらしい。

魔法であるのか、それ以外であるのか、魔導構築の仕方も仕組みも不明らしく、使用者本人も謎の能力だと言うからお笑い種であるが、魔物との戦闘においてエトほど頼もしい存在はこの世に無いだろう。

その破壊力故に、魔物以外へは未だ扱ったことがないというのも本音だろうけれど。


兎にも角にも、“サイレントそこそこ”による危機は去った。


「エト先生、お疲れ様でした!」


こちらもこちらで呂律が戻ったようであるリーネは、嬉々としてエトの懐に飛びついてきた。

さすがです、と言わんばかりの尊意に満ちたリーネの眼差しに対し、エトは彼女の頭を撫でながらいつもの笑顔で応じている。


リーネは満面の笑みで尾を揺らして数間、やがて「さて」と仕切り直してエトに向き直り開口する。


「それではエト先生、改稿作業を始めましょう」

「そうですね」

「堅牢な甲羅を持つということ、そして音速を超える移動速度を誇るということ。これがあの魔物の大きな特徴ですね」

「それらを鑑みて、“音速甲羅”というのは如何でしょうか?」

「ええ、っと。コル師匠は何かありますか?」


予想外のタイミングでのご指名に、私は素っ頓狂な表情を浮かべてしまった。

しまったなあ、いつも丸投げしているだけに、何も考えていなかった。


「音速の甲羅……“ソニックシェル”、どうだ?」

「素晴らしいです!」


今回はエトの案を採用しつつ魔物っぽく改名したので、どうやらこの大魔法師様も満足気まんぞくげである。

いつもより数割り増しの笑顔で「とても良いですね」と、納得したようであった。


丸く収まったようだ、ひと段落である。


「では改稿作業を始めます」


エトは魔物照会帳簿を指でなぞり、情報の改変を始める。


リーネはといえば自身の呂律が戻ったことを喜んでいるようで、「生麦生米生卵ー!」と、全然見当違いの早口言葉で山にこだまさせて遊んでいた。

少し名残惜しくもあるが、まあこれで良かったのであろう。


呂律だけでなく体調の方も万全なのか確認すべく、私はリーネに向けて開口する。


「ところで、リーネ」

「はい何でづ……、っーーーー!」


矢先、リーネは病み上がりの舌を思い切り噛んだようで、山々には悲痛な叫び声が反響したのだった。

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