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魔物哨戒班  作者: 如月うなむ
序章:照会して哨戒
4/10

“尾ひれはひれ”の話

しかしこの状況、どう表現したら良いものやら。


簡潔に言うのなら、そう。

そこには巨大なお頭が、在った。


荒野帯の劣悪な足場に、胸鰭むなびれより上身が生えるような形で魚類のそれに類似した、そのお頭が出現したのである。

恐らく、というか、間違いなくリーネはあれの中にいる。


その巨大なお頭は微動だにせず、まるで始めからそこに在ったのだとでも主張するように、不動の意思は固い。

寸分のずれなく、ぴっちり閉まった牙の噛み合わせだけは、何とも美しいとすら思えてしまうのだけれど。

いやいや、今はそんな場合ではなかった。


「おいエト、()()()()でこいつを吹き飛ばすしかないだろう」

「出来ません、中のリーネさんにもしものことがあったら……」

「ぐう……、ではどうする?」

「出現している部位の両側面に巨大な斑紋はんもんがありますよね、その黒い点々は全てこの魔物の眼です。そして複眼的な視界を有する生命体は、往々にしてアレに弱い」

「アレ、とは?」


するとエトはそのお頭の斑紋部位正面に立ち、頭上で垂れる私の尾を徐ろに握り締めた。

そして何を思ったのか、その斑紋の前で私を振り回し始めたのである。


「あばばばばばばばば」


回る、回る、世界が回る。

視界は幾度となく天と地を繰り返し、回り行く世界の流れは絶えずしてしかし元の世界に非ず。

やかましいわ。


「うっぷ、おぇっぷ……」


やがて回転も終息し、私はゆっくりと地面に降ろされる。

吐き気と頭痛が感覚を奪い、四足で立つ腰が決まらない。

定まりの効かないこの足取りを恐らく千鳥足と言うのだろう、猫魔だけど。


いつかこいつを動物虐待で訴えてやる。


しかしエトの作戦は成功したようで、そのお頭は体躯に相応した野太く巨大な唸り声を上げながら、残りの身体を地上へと晒したのだった。

魚類生物のような頭の形態、しかし胴部後方へ視線を送るほどその身体は貧相なもので、尾鰭おびれに関してはまるで一枚の枯葉が申し訳程度に刺さっているような縮尺である。


「ちっさ、こいつほぼ頭じゃないか……」

「この魔物は潜行属擬魚種。普段は地中のひと所でじっと身を隠していますが、そこに獲物が現れると大地ごと丸呑みにします。“ゆるふわ”を摂餌する傾向性があるようですが、それは往々にして“ゆるふわ”に魅せられた私達種族を、それごと喰らうことに起因していたと思われます」

「それだよ私の違和感は」


“ゆるふわ”だなんて歯の浮くような名でも魔物は魔物、有害無益でこそあれ、無害有益とは到底思えなかったのだ。

そこへ来てこれだよ、要するに“ゆるふわ”とは、大型の魔物が私達種族を摂餌するための撒き餌に過ぎないのである。

囮属おとりぞくという分類名にも、なんだか変だなー変だなーと、違和感の大売り出しだった。


じゃあ何だ、“ゆるふわ”は安全なのかという私の問いに対して、エトが「それを確かめる方法がひとつあります」と言ったのは、安全性の確認ではなく危険性の実証だったのだろうか。

驚くべき判り難さである。


この際それはもういい。

状況的に考えて、一刻も早くリーネを救出せねば。

都合の良い胃液のせいで、服だけ溶かされているなんてこともあり得る話である。


地上へ躍り出たその魔物は腹這いのまま禍々しい斑紋眼でこちらを見遣り、歯並びの良い大牙を剥き出しに、上下顎を大きく開いて威圧的な咆哮を上げる。

肌を裂くような鋭い嘶きも、視界にちらつくその貧相な尾鰭のせいで、何だか高圧感が七割減であった。


「ちなみにエト、こいつの名は?」

「この魔物は“尾ひれはひれ”と言います」

「まことしやかかよ!?」

「この凶暴的な頭に対し、びっくりするくらい小さいあの尾鰭にファオスは着目したみたいです。着眼点が実に素晴らしいですね」

「どちらかというと注視すべきは頭のような気がするが……、まあ捉え方はそれぞれだな……。しかし、じゃあ、“はひれ”って何だ?」

「さあ?」

「曖昧かよ。“尾ひれ”が“尾鰭おびれ”のことならば、“はひれ”は“腹鰭はらびれ”のことじゃあないのか?」

「腹鰭のサイズ感は別に普通です」

「じゃあ“はひれ”って何だよ」

「さあ?」


そんな、“尾ひれ”って名前にするのがちょっと物足りなかったから追記しましたみたいな、やっつけよろしくぼやっとした命名をよくぞしたものである。

ここまで来ると、もはや清々しい。


「まあ、文字列の持っている音の良さってのはあるのかもな」

「と、言いますと?」

「“尾ひれはひれ”って、どことなく“根掘り葉掘り”って言葉に似ているだろう。そういう、別の語感から影響されて継ぎ足し継ぎ足しに、元の語彙が変化していくこともあるのかもしれない」

「まさに“尾ひれはひれ”ですね」

「上手いことを言うなあ」

「全然別の話ですけれど、“は”が助詞だったら、知ってるよと突っ込みたくなる名前が出来上がりますね」

「やかましい」


この語感の中で“は”に着目したとき、これが助詞であったなら“尾ひれは、ひれ”となるわけで。

そんな“王都おうとは、みやこ”みたいなことを言われても、「ああそうですね」としか言えないよ私は。


実に脱線の絶えない魔物である。

本題は何であったかな。


「余談ですけれど、“尾ひれはひれ”の尾鰭には猛毒があります」

「余談じゃねえよ」

「では、冗談ですけれど」

「嘘かよ」

「本当です」

「どっちだよ!?」


本当なら余談どころではない、特記事項である。

いつも笑顔で泰然自若を貫いているエトの雰囲気からは、その真意が推し量れない。


「余談ですけれど、尾鰭に刺されると、その猛毒でものすごく痺れます」

「余談じゃねえよ」

「では、歓談ですけれど」

「どこのお茶席だよ」

「世の中物騒ですね」

「本当ですね」


うるせえよ。

つい乗ってしまったよ。


いやしかしどうしたものだろう、本当に私達は何か忘れているような気がしてならない。

魔物と遭遇し、その魔物が敵意を示している以上、応戦するのが常であるわけだけれど。

即時迎撃出来ないような、そんな、止むに止まれぬ理由があったような。


その時であった。


「早くっ、助けて下さいよっ!」


突如として“尾ひれはひれ”の背鰭が爆ぜ、その頭頂部の風穴から銀白色をしたふたつの三角形が顔を覗かせた。

奴の胃液はそう都合良くもなかったようである。


“尾ひれはひれ”は背面を失った苦痛で、大きな呻き声を上げている。


「ああそうだった、リーネが喰われていたのだった」

「忘れていたのですか!?」

「この魔物の照会データがあまりにも突拍子がなかったもので、ついな」

「ついな、じゃありませんよ。あまりにも遅いから、呑み込まれた巨大生物の胃袋の中で小屋を建てて生活しちゃうご老人の気分が、危うく解るところでした」

「解らなかったのか?」

「意外と快適なのかもなと、その程度には」


リーネ、おかんむりである。

思考が良い具合に狂っていた。


はてさて、しかし“尾ひれはひれ”は最後の力を振り絞って、いるかどうかは定かでないが、やがて大きな頭全てを使って暴れ始めた。

巨体が荒野の岩盤を破壊し、鋭利な牙は荒地を粉砕する。


その頂点にしがみついているリーネは、為すがままに振り回されている。


「おいエト、あれは大丈夫なのか?」

「大丈夫ではないと思いますが、大丈夫だと信じたいところです」


なるほど。

今までエトが余談に逸れ続けていたのは、リーネが自力でこの状況を打開し、リーネが自力でこの状況を乗り越えていくことを祈っての道化どうけだったのである。


親の心子知らずとは良く言ったもので、しかしリーネは「んもう!」と牛みたいな怒声を上げて、“尾ひれはひれ”の暴動に堪え続けていた。

仕方がないな。


「リーネ、自力でそいつを倒してみろ。出来たら褒美をくれてやる、エトが」

「本当ですか!?」


リーネの目の色が変わった、実に単純である。

エトの視線の鋭さが変わった、実に笑顔である。


「よぉし」


リーネは気合を入れ、“尾ひれはひれ”の背から脱出すると、中空で数転して荒野へと舞い降りた。

“尾ひれはひれ”の暴走のせいで劣悪さが増した足場をもろともせず、綺麗に着地を決め込む辺りさすが獣人族である。

並外れた身体能力は、若齢であっても濃い血筋の威光を感じる。


変性意識状態トランスモードAオートTトランス


そう呟いたリーネはひとつ深呼吸を放ち、同時に、そして瞬時に毛髪が真紅へと染まる。


変性意識状態トランスモードAオートTトランス


リーネの使用する身体強化系魔法の一種である。

肉体の許容範囲内で戦闘状況等の身体的能力向上における最適解を不随意に導き出す為、マターによって脳内の一部リミッターを強制解除する魔法。

要するに、リーネが戦闘対象と認識した“尾ひれはひれ”に合わせ、自身の身体が崩壊しない範囲で、勝利し得る必要分の身体能力向上を彼女は今魔法により行なっている。


「せー、のっ」


掛け声と同時に、リーネの身体は音速と化す。

鋭角な蹴りが“尾ひれはひれ”の正面に一閃、その美麗な歯並びを瞬時に崩壊させ、衝撃で奴は後方へと仰け反る。


浮き上がった巨大なお頭は、しかし上空で控えていたリーネの踵が脳天へと打ち込まれ、再び奴は地へと落下した。

その衝撃で岩盤が砕け、下顎が粉砕し、上顎が破砕し、頭部がひしゃげた。


刹那、地上で腰を据え構えていたリーネの拳が、ひしゃげた頭部を追撃。

巨頭はふわりと宙を舞い、“尾ひれはひれ”は瞬間的に連撃を受けたお頭から勢い良く爆砕したのであった。


「ふう……」


いつの間にか毛髪が元の銀白色へと戻っていたリーネは、背後に散り落ちる“尾ひれはひれ”の肉塊を他所に、こちらへ向き直ってにっこりと微笑んだ。

リーネ・コットン、やはりそれなりの強さである。


「エト先生、この魔物の名前は“ヘッドフィッシュ”にしましょう!」

「わかりました、改稿します」


エトは懐から魔物照会帳簿を取り出し、異論なく改稿作業を始めた。


「あ、あれ? 擬魚種だから、魚ではありませんよっていう突っ込みは……」

「特には」

「エト先生の命名案……」

「いえ、特に」

「多数決……」


そこまで言って、リーネは目を見開いた。

何かに勘付き驚嘆、そんな面持ちである。


「ま、まさかエト先生!?」

「はい?」

「私、今ご褒美を使っちゃってません?!」

「コルの煽り文句とはいえ、今回はリーネさんも頑張りましたからね。約束を果たしましょう」

「ーーーーーーーーっ!」


エトはご褒美に、当該魔物の改名権をプレゼントしたようであった。

リーネはその場に崩れ落ち、声にならない声を上げた。


エトのことだから悪気がないのだろうけれど、さすがにそれはちょっと、何というか、リーネを可哀想に思う私がそこに在った。


仕方なし、待ったを掛けようとしたそんな折も折のことである。


爆散し宙空から緩やかに舞い降りてきた“尾ひれはひれ”改め“ヘッドフィッシュ”の尾鰭が、崩れ落ちて咽び泣くリーネの脳天へと厳かに突き刺さったのであった。

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