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Obbligato.4-1 山道にて

 進む道が違ってたことくらい、知ってはいたんだけど。



 *



「はぁ、は、……っく、ぁ、はぁ……っ!」


 息を浅く繰り返す。苦しい、酸素が足りない。


「……っおい、ジェス? 大丈夫?」


 傍らのニックが心配そうに顔をのぞき込んでくる。ニックも疲れてるみたいだけど、僕よりはまだまだ余裕そうだ。腹立つ……。殴る元気も残ってないけど。


 フィーレさんと別れてすぐ、僕たちは海へと出発した。同時にそれは苦難の道のはじまり。地獄の山登りがスタートした。


 なんでか知らないけど、山の向こうにある海に行くとき、山を越えるのが一番近いルートらしい。山を迂回する道もあるっちゃあるけど、横長の山を延長するみたいに両サイドに森が残ってるから迂回ルートは遠回り過ぎる。この山は標高も高くないし、距離も時間も海への近道は山越えらしい。


 ただ、体力的問題があるだけで。


「……ジェス、軟弱……」

「……っは、ほっといてよ……っ!」


 まぁ主に僕の問題だけど。


 山道はほんとにキツい。そこそこ道があるとはいえ、木の根っこだけで形を保ってるみたいな細い坂道とか、その辺に落ちてる石で作ってません?って感じの急な階段とか(しかもその段自体が傾いてるやつ)、何日前の水たまりの成れの果てだよっていうぬかるみとか、危険きわまりない。たまにコンクリートの道路とかもあるけど、平らなだけでちゃんと坂になってるし、あとこういう道はなんか無駄にグネグネ曲がってる。遠回りしてる気がする。体力持ってかれる。


 ちなみに僕らの前ではニックの父さんが、後ろでは母親組が、それぞれホウキに乗ってゆっくりと低空飛行している。いいなぁ、ホウキ。時代遅れなんて言われてるし僕らは乗ったことすらないけど、やっぱこういうときは便利だ。


「あらぁ、ジェスったらもう疲れたの? 体力ないわねぇ。誰に似たのかしら」

「明らかにあなたでしょ」


 後ろから聞こえてくる会話にもイラッとくる。ていうか母さん、僕の見た目、身長、運動能力とかその辺は全部母さんの家系から遺伝してるからね。


「まぁでもっ、それにしたって今日は疲れすぎじゃないか?」

「うるさいニック……っ、このっ、成績優秀スポーツ万能さいそくけんぴ野郎!」

「全部褒め言葉でしょってツッコむべきなんだろうけど、才色兼備のほうが気になってしょうがない……」


 ほんの少し息を乱しながらもやもやした顔をするニック。なんなんだよ。


「言いたいことがあるんならぁ……っ、言えよっ!」

「……別に。いいと思うよ、ジェスはそのままで」


 なんか馬鹿にされた気がする。


 僕の半歩先を歩くニックの肩には、僕が作った折り鶴がまだリアルっぽくなったまま翼ごと体を伏せている。なんだか疲れているみたいだ。本当に僕の状態を反映している。それを眺めていた僕に突然ひらめきが舞い降りた。


「あっ」

「ん?」


 突然立ち止まった僕にニックが首を傾げる。母親組2人が「休憩?」とホウキから降り、ニックの父さんはしばらく先に行ってから気づいて戻ってきた。僕はニックの肩に手を差し伸べる。


「おいで」


 声をかけてみると、鶴がパタパタと僕の手の中にやってきた。


「……これに魔法かけたままだったから疲れやすかったんじゃないの?」

「うるさいな」


 あきれたニックの声にその通りかもと思ったけど、しゃくなので軽くあしらう。指で鶴をつつくとふわりとただの折り鶴に戻った。


「あらぁ、また折り鶴?」


 母さんが僕の手元を見て言った。


「もう見飽きちゃったわ」

「そんなにジェスは折り鶴を作ってるの?」

「ジェスよりフォイルよ。一時期なんて等身大の鶴を折って……」


 後ろのママさんトークをよそに、僕は折り鶴を丁寧に広げた。鶴だった紙を、今度は別の形に折っていく。


 できたのは紙飛行機。


「ジェス? まさか……」

「見てて。ーーー猫神様、お力を」


 唱えると紙飛行機はどんどん大きくなっていき、僕の手から落ちると、人が乗れるサイズにまで膨らんだ。


「おぉー」

「やったっ、成功したっ。ね、これ乗れるかな」


 感心した声を上げたニックを振り返ると、苦笑が返ってくる。


「2人は無理だろ」

「えー、結構大きくしたよ?」

「大きさじゃなくて、つぶれるって、紙なんだから」

「こないだは乗れたじゃん」

「ジェス1人だったからじゃないかな」


 つまり、僕1人で乗れってことか。僕はほっぺを膨らませた。


「僕は2人で乗るつもりだったんだけど?」

「1人で乗ってよ。おれはまだ平気だって」

「やだ」

「やだって……」


 ニックが困ったように僕を見つめる。でも何を言われたって、絶対2人で乗るからな。僕だけ楽してニック1人を歩かせるなんてしたくない。だったら、いっそ……。


「いいよ、じゃあやっぱり歩く」

「えっ……」


 紙飛行機を元の大きさに戻そうとすると、ニックにぱしっと手を掴まれた。


「待った待った。なんでそうなるんだよ」

「だってニック乗んないんでしょ? なら僕も乗んない」


 ちょっと拗ねた口調になったけど、本音だ。ニックは僕の腕を掴んだまま顔を伏せ気味にして「あー」だの「うー」だの言いながら言葉を探してる。


「……ジェス、お前は体力がないから疲れてる。でもおれはそこまで疲れてない」

「殴るのは今はよしてあげよう。で?」

「1人乗りの乗り物があったら、疲れた人を乗せるのは当たり前じゃない?」

「だから、2人乗れるってば。紙が不安なら、他の……」


 言いかけて、やっと気づいた。ニックはあの鶴を見てるんだし、僕が折り紙の質を変えられることくらい知ってる。まさか頭のいいニックが忘れていたわけがないし、強度を理由に辞退する前に、紙飛行機を硬くしろってアドバイスをくれるはずだ。それをしていないのは。


 僕は紙飛行機に向き直ると、硬くて軽い、木をイメージしながら紙飛行機の質を変えた。


「ちょっと、ジェス……」


 僕の腕を引くニックを肩越しに睨む。


「言っとくけど、別に疲れててもなんでもないから、このくらいの魔法。さっきの鶴は動かしてたから疲れただけ」


 僕の言葉にニックは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、次に長ーいため息をついた。


「ね、もういいでしょ。乗ろ」


 今度は頷いてくれた。


「でも、ちょっと待って」

「何?」


 ニックが紙飛行機に手をかざす。


「ーーー猫神様、お力を」


 柔らかい風が吹いて、紙飛行機が浮き上がる。目を丸くする僕に、ニックはにっと笑った。


「紙については手伝いのしようがなかったけど。操縦はおれがしていい?」


 僕は笑って頷いた。


「よっしゃ」

「ねーでもちょっと不安なんだけどー?」

「何言ってんの、風魔法はジェスより得意だってば」

「そうだっけ」

「そうだって。ねぇ母さん、先行っていい?」


 ニックが自分の母さんにそう聞いて、そういえば母さんたちがさっきからしゃべっていないことに気がついた。ニックの母さんは柔らかく笑う。


「いいわよ。落ちないように気をつけてね」


 ニックが前に、僕が後ろになって乗る。ニックはちゃんとまたがってのれてるみたいだけど、僕のところは翼の部分が広すぎてまたがることができないからなんとなく不安定だ。僕はニックの背中にしがみついた。


「じゃ、ジェス、行くよ」

「オーケー」


 ふわりと紙飛行機が風をまとって飛び上がる。


「……なんだか成長したかしら」

「ね」


 僕らが行った後に母さんたちがそう言ったことを、僕らは知らない。

1話が長い過去の私の下書きと、ここを区切りと判断した現在の私との調和をはかって、この1話を分裂させました。というわけで、もひとつ続きます。

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