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Thema.4 焦げ茶猫

 翌日の昼間、おれたちは木陰になっている屋根の上で休息を取っていた。エリザは優雅に毛繕いをしている。対しておれはしかめっ面で口をモゴモゴさせていた。


 背中を舐めていたエリザが動きを止めて、おれを呆れたように見やる。


『慣れなさイよ。アンタ、今まで何食ってたの?』

『昨日と同じようなものだよ……。その度にこれだし、気にしなくていい』

『じゃ、慣れなさイって』

『無理……』


 食べたのは昨日なのに、まだ口の中に独特の感触が残っている。昨日の晩ご飯はトノサマバッタだった。草むらに隠れていたそれをなんとか捕まえて、食した。猫生活も数日目になれば狩りもそれなりに上達してくる。けど、どうしたってカエルとかカナヘビとかバッタとか、今まで「たべるもの」として見ていなかったものを口にするのは抵抗があるんだよな……。


『逆に今までよく食べてきたワね』

『食べないと死ぬと思って』


 狩りの仕方は母猫に教わったけど、気乗りはしなかったから。これでも色々考えたんだよ? どっかには野良猫に餌やってる人いるはずだから探そうとも思ったし、でも現在絶賛迷子なおれには住宅街の場所も分からないし。躊躇って餓死するくらいならと思って嫌悪感を捨てて虫を食べてる。なんの罰ゲームだこれ。


『早く人間に戻りたい……』

『キャットフードはそれなりに美味しいワよ』

『そういう問題じゃない……』


 既にエリザはこちらに関心を向けていない。さらに落ち込んだその時、おれたちの乗っている屋根にかすかな振動が伝わった。


 びくりとその発生源を見やると、そこには全体的に焦げ茶っぽい猫。


『よーぉ、エリザ。久しぶりだな。なんでこんなとこにいんの?』

『げ、ハッカク……』


 エリザが顔をしかめる。ハッカクという名前らしい猫は、くわりとあくびをするとこっちに寄ってきた。


『つかなにその猫。若いオス猫連れてイイコトを手取り足取り教えるつもりだったんですかーオバサン』

『よく言うワね、メス猫取っ替え引っ替えのクソエロ親父が。てゆーか聞いたワよ、アンタ最近オスにも手ェ出したっていうじゃナイの』

『オレ様は愛が深いからな。同性愛に理解のない頭の固いババアとは違うんでね』

『アタシがババアならアンタはもう天に召されるべきお年頃でしょうよ。それと、ただの快楽狂が同性愛を語るなんて失礼極まりないワね。世も末かしら』

『ああ失敬、天に召されるべきお年頃のオレ様は今耳が遠くてな、よく聞き取れなかったよ』

『可哀想なおじいちゃん。老化が始まってンならそろそろ引退するべきよ』

『まさか。花のSランク様に引退の選択肢は無いってね』

『アニスもご苦労ね、こんなのが使い魔だなんて』

『お褒めの言葉どうも。……っと、ん?』


 突然の二匹の応酬に目を白黒させていると、ふいにハッカクがおれに鼻を寄せる。


『……おいエリザよ。オレはこの匂いに非常に覚えがあるんだが』

『でしょうね』

『どういうことか説明してくれないか』

『アタシが説明しなくても分かってンでしょ』


 少し雰囲気が変わったハッカクに戸惑う。おれのことを話しているんだろうけど、内容が全く読めない。


『え、と。ハッカクさん?』

『ん、なんだ? ああ、“さん”はいらないぞ。猫の世界に年功序列はないからな』


 にっと笑う姿は、人間でいうと三、四十代だろうか。


『どっかで会ったことある?』

『お、なんでだ?』

『あなたがおれの匂い知ってたから』


 その言葉で、ハッカクが言葉に詰まった。遅れて困ったように苦笑いを浮かべる。


『……君とオレが会ったことはないな。オレが一方的に君を知っているだけだよ』

『え?』


 ぽかんとするおれを尻目に、二猫の会話が再開する。


『この子はいつ?』

『一週間くらい前に会ったノよ。その時はまだ親離れもしてなかった』

『君の子じゃないのか』

『アタシはたまたま見つけタだけよ』

『今何してたんだ』

『この子の家に案内してあげてたノ』

『家に?』


 ハッカクは驚いたようだった。


『……この子は、どこまで知っている?』

『何も。憶えてないノよ』


 絶句するハッカクに、エリザはバツが悪そうに呟く。


『……他に思いつかなかったノ。思い出させるしかないでしょう』

『だからって……。使い魔の申請もさせたのか?』


 ハッカクの視線がおれの首元、青い首輪に向いている。おれは居心地が悪くなって、少し身じろいだ。


『気が動転していたコトは認めるワ。でも……この子が猫になったのはたぶんあの子のせいだから。少しでもいい方向に向かって欲しくて』

『分かってるのか? 彼は……彼はもう、これから』

『ハッカク!!』


 エリザが悲鳴に近い声を出す。口をつぐんだハッカクに、エリザは真摯な目を向ける。しばらく二猫は睨み合っていたけど、やがてハッカクの方が折れた。


『……分かったよ。君に任せる』

『……ありがと』

『じゃーな、エリザ。……ニック』


 名を呼ばれておれはほんの少し、震えた。ハッカクの声の響きが、単に知り合いを呼ぶものじゃない気がしたから。


 ハッカクが屋根から降りて道路を横切るのを見下ろし、おれはエリザに問う。


『……今のは?』

『ハッカク。アニスの……えーと、フィーレの同僚の使い魔よ』


 エリザの声は淀みない。余計な質問を拒んでいるみたいだったけど、おれはさらに質問を重ねた。


『エリザ、おれは、何をしたの?』

『……自分で思い出しなサイ』


 エリザがふいと背を向ける。


『行くワよ』


 エリザは何かを隠している。でもきっと家に着けば、おれはその“何か”を知ることになるのだ。それが少し……怖い。何かを失ってしまうような、そんな予感がしていた。


 エリザの後を追い屋根を降りる。と、その時、道路に小さな人影が落ちた。


『……あ、れ』


 小柄な少年。金色に近い茶髪の、前髪を真ん中で分けた彼。


『……ジェス』


 おれの幼馴染、ジェスの姿だった。

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