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Obbligato.3 風の知らせ

 今になって思うけど、たくさんの予兆はあったはずなんだ。



 *



 しばらくニックと二人で鶴の翼をあーでもない、こーでもないと試していると、僕の家の玄関が開いた。


「あら、また折り紙?」

「母さん!」

「こんにちは、おばさん」

「こんにちは、ニック。悪いわね、ジェスの趣味に付き合わせて」

「いえ、おれも楽しいですから」


 ニックが礼儀正しく笑ったところで、ニックの家の扉も開く。


「ニック、もう行けそう? ……ってローリエ?」


 出てきたのはニックの父さんと母さん。


「あら、マリはダニエルと一緒? 私もフォイルを連れて来ればよかったわ」

「あはは、フォイルは仕事でしょ? 社長さんを引っ張り出す訳には行かないわ」


 母親同士で会話が弾み初めて、ニックの父さんは居心地が悪そうにしていた。


「女って……」


 ニックが何かを言いかけたけど途中で口をつぐむ。


 僕は黙って鶴をリアルに変化させては戻してを繰り返している。


 頭上にパタパタと飛ばしてみたとき、道路の向こうから見たことのある人が歩いてくるのを見つけた。


「……あ」

「結構違和感なくなったんじゃない? ……って、あ」


 ニックも気がついたらしい。僕はニックの手の中に鶴を止まらせる。


「おや、皆さんおそろいでどうしたんですか?」


 うちの市が誇る検魔官、フィーレさんだ。


 三、四十代くらいの男性で、にこやかな表情がデフォルトの人。顔に“人畜無害”って書いてありそうなほど、雰囲気は和やか。薄い茶色の髪はゆるふわ天然パーマで、まぁ言っちゃ悪いけど、見た目は「頼りない男」だ。……見た目は。


「ああ、フィーレさん。お久しぶりです」


 ニックの父さんがほっとした様子でフィーレさんに近づく。神官と検魔官は何かと繋がりがあるみたいだから仲は良いんだと思うんだけど、今のは「女二人と子供二人に囲まれた孤独に差し込んだ一筋の光」を見つけた反応っぽい。ニックと僕の同情の視線が惜しみなく注ぎ込まれる。


「お久しぶりです、ダニエルさん」

「最近は貴方が忙しくてなかなか会えなかった。どうです? 今度またお酒でも」

「いえ、せっかくのお誘いですが、まだ仕事が溜まってましてね……」

「そうですか。それは残念」


 和やかな会話に、僕の母さんが入る。


「フィーレさん、今日は随分と遠出ですね。またエリザがいなくなりましたか?」


 エリザは、フィーレさんの奥さんのレウィシアさんの使い魔だ。前にエリザがフィーレさんの家から失踪して、割と離れている僕の家で保護されたことがあったから、そのことを言ってるんだろう。


 だけどフィーレさんは疲れたように首を振る。


「いいえ、仕事中ですよ」

「仕事? でも……」


 ニックが思わずといった風に声を上げる。言いたいことは分かる。フィーレさんは検魔官の制服を着ておらず、だらしないサラリーマンって感じの服装だからだ。


 フィーレさんもニックが服のことを言っていると気づき、シャツの裾を引っ張ってみせた。


「ただのパトロールだからね」


 パトロール? でもそんなの今までやってなかったよね?


「何かありました?」


 ニックの母さんが聞くけど、フィーレさんは笑って首を振る。


「何かあったというか、何もないことを確認しに来ただけですよ。あまり怯えさせてもいけないと思って制服は置いてきました。ところで皆さんはどちらへ?」

「海に行こうと思っているんです」

「海?」


 ニックの父さんの答えにフィーレさんが眉をひそめる。その場の雰囲気がわずかに固くなった。


「何か?」

「いえ……その、」


 ふっと笑みを消し、フィーレさんは声を落とした。さっきまでの頼りない風情はどこにもない。この辺りでもトップクラスの実力者と言われる検魔官の風格だ。


「実は、ここからは遠いんですが、ヴァルダ国の沖合でドラゴンが目撃されたようで」

「ドラゴン……ですか?」


 ドラゴンは普段は人里離れた森とか高山に住んでいる生き物だ。魔物の覇者とも呼ばれているんだっけ。たまに人間の居住地に現れることもあって、人が食べられたっていうニュースも聞いたことがある。最近もこの辺りで目撃されたけど、それきり何もないから、どこかに行ったと思われていたはず。


 そして、ヴァルダ国は海を挟んで向こう側の国。


「おそらくこの間目撃されたドラゴンがヴァルダ国側に移動したものと思われますが……。ドラゴンが羽を休めるとしたら山です。それで念のため、我々の国でも海沿いの山を確認するように命令が下ったんですよ」

「そんな……」


 思った以上に恐ろしい内容に場に重い空気が満ちる。フィーレさんが慌てて笑顔を繕った。


「とはいえ、余程ではない限りここにドラゴンが来るとは思えませんがね。……と、失礼します」


 フィーレさんが胸ポケットから携帯電話を取り出す。誰かから着信が来たみたいだ。


「もしもし、フィーレだ。どうし……はぁ!? 待て、もう一度言ってくれアニス。……はぁ!?」


 なになに、フィーレさんなんでそんなに動揺してるの? 電話口からは女の人の声が漏れてきてる。何かを早口にまくし立ててるように聞こえるけど……。


「……というかだな、今は周辺の山の様子を……、はぁ!? くそっあのジジイめ!」


 なんかフィーレさんの口から見た目に似合わない汚い言葉が出てきたよ!?


「……あー、もういい。場所を教えてくれ。さっさと終わらせよう」


 フィーレさんが通話を切ったタイミングで僕が聞く。


「……あの、なにが……」

「ああ、気にすることはないよ。……ただちょっと、市長が召喚魔法に失敗したらしくてね」

「え?」


 どことなく遠い目をしてフィーレさんが言う。


「失敗って……そのくらいで?」

「ワラジ虫五百匹が来たらしい、と」

「うわ」


 あのわさわさしたやつが五百匹とか……キモすぎる。


「もともと一体何を呼ぼうとしてたんだ……」


 ニックの疑問も最もだよね。


 フィーレさんがため息をついて、携帯をしまった。


「虫の数が数なので、人手が足りないそうで。では皆さん、くれぐれもお気をつけて」


 走り去っていくフィーレさんを見ながら、大人のしがらみってやだな、とちょっと思った。

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