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Obbligato.2 折り紙使い

 ニックに言うといつも馬鹿にされてたんだけど、今でも紙は素晴らしいって思ってる。



  *



 そもそも今日は2時から遊ぶ約束だった。早く来いと言ったら、ニックのことだから20分前には来るはず。そう思って僕は1時半に自分の家の庭へと降り立った。


「……」


 見渡してもニックはいない。日中だからか人もいない。


 まぁ、想定の範囲内だよ。


 僕は花壇の枠のレンガに腰掛けた。この位置からはニックの家の玄関が見やすい。ここで待つとしよう。


 その間にと、僕は肩から下げた薄いバッグから紙を取り出した。白い正方形を三角形になるように二つ折りにし、それをまた二つ折りにし……。


 こうやって鶴を作るとよく驚かれる。平面が立体に!? とか、これ本当に切ってないの!? とか、猫神様の加護!? とか。折り紙なんて文化、ここは馴染みがない地域だし、そもそも今本場でも消えかかってる文化だっていう話だ。出来る人といったら、学者さんか独学でやる人か。僕は後者というか、父さんの影響というか。


 僕の父さんは製紙工場の社長だ。そのため昔から僕は紙というものに馴染みがある。そしてついでに、父さんは大の折り紙オタクだった。


 “見ろ、ジェス。こんな一枚の紙切れが、こんなにいろんな形に変身するんだ。凄いだろう。なんの意味も持っていなかったものが、命を映し出すんだ……”


 父さんは白い紙や、時々片面だけ色が付いた紙を使って色々なものを作っては、楽しそうに僕にそう話した。聞いた話だけど、父さんはその業界では割と有名な人らしい。折り紙業界があること自体疑問ではあるけど。


 そんな父さんを師に持つ僕は、自分で言うのもアレだけど、それなりに折り紙については上手なわけで。ていうか今日ニックを呼び出したのも折り紙関係なんだけど。


「……相変わらず上手いな」

「ぎょわっ!?」


 突然横から聞こえた声に僕は飛び上がった。


 2秒遅れて認識した人物は、呆れ顔のニック。


「ちょっともー、びっくりさせないでよ! なんでいるの!?」

「ジェスが呼んだんだろ」

「そうだけど! 僕の予定ではニックはあと10分は来ないと…」

「あのなぁジェス」 ニックがため息をつく。 「この場所にいたらおれの部屋から見えるの。呼び出した本人がもういたら、そりゃ来るって」

「あ、そ、そっか……。そうだよね……」


 よく考えたら、僕が陣取った場所はニックの部屋の窓のすぐ下だった。うん、普通僕がいるって気付くよね。ついでに普通そのことに気がつくよね。


「あああ……。僕ってバカ…」

「バカっていうかアホだよね。元からだけど」


 ぽんっとクールに僕の頭を叩いて、「で?」とニックが聞く。


「なんかあるの?」

「あっ、そうだった!」


 言われて気づいた。手元の鶴は完成間際。ささっと折って、軽く形を整える。


「まぁこれなんだけどさ」

「鶴? またかよ」

「またって言うなよ!」

「なんか年末年始のお笑い番組見てる気分」

「ネタのバリエーションが少ないって言いたいんならはっきりそう言って!」

「飽きた」

「はっきりすぎる! もっとオブラートに包んでよ!」

「昼はこってり系だったから夜はあっさりめがいいな」

「確かに遠回しな言い方にはなったけど! 論点ずれてんじゃん!」

「あー、鶴っていえば、おれ折れるようになったよ鶴」

「あ、本当? じゃあ今度かえる教えてあげる」


 かえるはねー、跳ばせるからおもしろいよ、と僕は紙を一枚かえるの形にーーー。


「…って違う! 鶴!」

「せわしないな…。で、鶴が何?」


 微妙に期待値が下がった目でニックが見てくる。完全に子供の戯言をあしらうムードだ。くそ、絶対驚かせてやる!


 僕は立ち上がると、折り鶴を左の手のひらに乗せ、得意げに胸を反らした。


「僕の折り鶴の新展開だよ!」

「……そもそも、ジェスの折り鶴ストーリーって展開されてたんだね」

「うわひどっ」


 流石にそこは分かってくれてると思ってたのに!


「…ああもう、じゃあ最初っから説明するね」

「どうぞ」


 こほんと咳払いをする。



「時は遡ること二千年。急激な地殻変動により滅亡の一途をたどっていた人類は、生き残る術を探し求めていた。その中で、猫神様の加護により魔法を扱う力が猫に宿ったことを知った人類はーーー」



「あ、おれ用事思い出した」

「あぁん、待ってぇ〜」


 さっと家に戻ろうとしたニックを、背中を引っ張って止める。ニックは向き直ってくれたけど、目が怖い。


「誰が魔法史の最初っから説明しろっつったよ。あぁ?」

「ごめんごめんごめん! じゃあ第56章〜ジェス誕生〜から説明するから!」

「するな! 半分以上時間の無駄になる予感がぷんぷんするわ! おれが求めてんのは“これまでのあらすじ”みたいな、大体の流れだよ! 鶴ストーリーの!」

「はぁい……」


 僕はしゅんとしてから、仕切り直す。


「前にさ、折り鶴に魔法かけるの難しいって言ったじゃん? それも覚えてない?」

「ああ…そういえばそんなこと言ってたね」


 無機物に魔法をかけて操るのは僕の得意分野だ。僕はそれを折り紙で試していた。一番うまくいくのは紙飛行機。まぁより遠くへ飛ばすっていうしょっぱいことしかできないけど。ちなみに巨大化させたら移動手段として使えることが先日発覚した。


 でもこの無機物を動かす魔法は、折り紙相手には難しいものだった。この魔法を使うにはものをどう動かすかのイメージが大切になってくる。飛ばす、押す、引っ張る程度の簡単な動きなら楽に出来るけど、折り紙を滑らかに動かすにはそれらの単純な動作を複雑に組み合わせる必要がある。ぬいぐるみとかだったらまだマシなのかもしれないけど、相手がそれなりに固くて融通のきかない、しかも破れやすい紙だっていうのも難点の一つだ。折り重なった紙の仕組みを正確に理解した上で魔法をかけなきゃならない。


「でも僕は頑張って、羽ばたかせられるようにはなったでしょ?」

「あぁ、さっき届いたやつね」


 あのクオリティになるにもかなりの時間がいった。今じゃ片手間に出来るけど。


 僕の手の上の鶴を鶴を見ていたニックが、はっと顔をあげる。


「……もしかして、もっとすごいことが出来るようになったとか?」

「That's right!」


 僕はパチンと指を鳴らしてニックを指差し、ウィンクする。


「……なんかジェスがキザなことしても似合わないね」

「うるさい」


 笑いをこらえているニックを無視し、僕は手の上の鶴に集中する。


「ーーー猫神様、お力を」


 白い光が僕の手から零れる。ふわり、と鶴を包んで風が渦を巻いた。


(イメージ、イメージして……)


 ぅわ、とニックの小さな声。気が散る。もう少しで。僕は目を閉じる。


 頭の中に白い折り鶴をイメージする。その頭に光が現れて、スキャンするみたいに線状になって折り鶴をなぞる。光が通っていったところから、折り鶴の体に羽毛が生える。角ばったラインが丸みを帯びる。翼が羽の一枚一枚まで再現される。


 目を開けると、イメージしたものと寸分違わない、生きたミニチュアの鶴が僕の手の中にいた。


「や…った」

「すげ……」


 鶴は僕を見上げると、「キィ」と甲高い声を上げた。翼を確かめるようにばさりを広げると、毛づくろいを始める。


「すごい……すごいよジェス! すごい! 鶴だ! 完璧じゃん!」


 ニックが興奮した表情で僕の肩をばしばし叩いた。


「そ、そう…? えへへ」


 僕は嬉しくなってちょっと照れながら笑う。と、手のひらの鶴が「キョーッ」みたいな音で鳴いてバサバサと飛び上がった。


「うわ、飛んだ…」

「嬉しそうだな。ジェスの感情に反応したんじゃない?」

「あー、そうかも…」


 鶴は僕の頭上を何回か回ると、ニックの肩に降り立った。


「わ、こっち来た。…へー、すごいな。近くで見ても本物みたいだ」

「そんなに褒められると逆に困っちゃうな。ま、水かかったり破れたりしたら紙に戻っちゃうんだけど…」

「ううん、それでもすごい。……なんかちょっと関節おかしいところあるけど…」


 ニックが指したのは翼の部分だ。僕はうっと詰まる。


「さ、参考資料図鑑だけだもん! 仕方ないじゃん!」

「まーね。でもなんか飛びにくそうにしてるし、あとで一緒に研究してみる?」

「ほんと!? やった!」


 ニックが手伝ってくれるなら心強いや! 嬉々とする僕に、ニックは笑いながら首をかしげた。


「ねえジェス、本当に魔法学校行かないの?」

「……」


 何度目かの質問に、僕は押し黙った。


「ジェスの方がおれよりも魔法うまいじゃん。入った方がいいよ。もったいない」

「……僕、父さんの会社継ぐつもりだよ。魔法学校入っても、特にメリットないじゃん」

「でも……」

「ニック、あのね。確かに僕の方がニックより魔法上手だと思うよ」

「言い切ったねちょっとは遠慮してよ」

「でもさ」


 僕ははぁっと息を吐く。


「僕はニックほど頭良くないし、ニックより機転きかないし、ニックみたいにいつも冷静なわけでもないでしょ? 試験で落ちるってば。もしかしたら魔法でいくらか点数稼げるかも知れないけど、そんなちょっとの可能性にわざわざお金かけてまで試験受ける必要ないと思ってる」

「……」

「…僕とニック、生まれる家逆だったら良かったのにね。それなら僕たち一緒の学校だったかも」

「…おい、おれが試験受けても絶対受かるみたいに」

「受かるでしょ。ニックの成績と、魔法の能力なら」


 僕は少し意識して笑顔を作った。


 魔法学校は小学校を卒業した人なら誰でも入れる場所だ。でも、入学するための試験が割と難しい、らしい。学力も魔法の能力も、使い魔の能力とかまで、いろんなことが試されるみたい。僕は父さんの製紙工場を継ぐつもりだから、魔法学校を卒業した一流の魔法使いなんて称号要らないし、魔法中心に学ぶことに興味はあるけど、受かるかわからない試験のためにわざわざ使い魔を見つけるのもなぁって思う。実際うちは両親とも使い魔はいない。つまりあんまり必要ないんだ。


 少しだけニックが羨ましい。魔法学校は一部の人間は入学試験が免除される。ニックはその一部の人間だ。


 一部の人間とは、ずばり神官の家の子ども。神官っては猫神様と人間との間を取り持つというか猫神様を祭る中心になるというかそういう人たちのこと。人間が猫神様の加護を受けるようになった時に選ばれた数千の家が、今も世界中でその任を受け継いでいるらしい。


 神官家の人間は、魔法学校の入学試験を受けなくても魔法学校に入学することが決まっている。その代わり、絶対に魔法学校に入らなきゃいけないみたいだけど。ニックの家は神官家で、いずれニックは神官職を継ぐんだと思う。


「ぎゃあっ」


 ふいに悲鳴が聞こえてはっとした。


 見るとニックが僕の鶴を持って固まっていた。なんか、鶴の首とか羽の角度があり得ないことになってる。いや、ていうか体全体が歪んでる。それでも鶴は身じろいでいたけど、思うように体が動かないらしい。首が胴体側にねじれた鳥が小さく体を揺らす様はいっそ見ものだ。


「……どしたの」

「か、肩から落ちそうになったから、びっくりして捕まえたら、に、握り潰しちゃって…」


 ニックが引きつった顔でそう言う。まぁ、手を開けたらグロテスクが中にいるんだもんね。驚くよね。


「…それにしても、ここまで潰れても紙にならないんだね。なんか感動」

「そんな感想いらないから早く元に戻してよこれ……!」


 ニックの悲鳴に近い声を聞いて、僕は面白くて笑ってしまった。

助奏オブリガートの方が長くなるっていうね。

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