Thema.2 申請
エリザと会った日の翌日、母猫に連れてこられた場所は市役所だった。
昔何かで一度来た記憶がある。でも今回は人間の受付を素通りし、猫で溢れかえるエリアに来た。床に敷かれたカーペットの上で10匹程度の猫が寛いでいる。よく見ると人間用より低い台でできた受付が設置されていて、向こう側で市役所の役員(?)らしき猫が来た猫と対応し、その隣で人間がパソコンを打ち込んでいる。
(ね、猫の受付……)
『すみません、息子が使い魔になりたいと……』
呆然としているうちに、母猫はさっさと番号札を貰っていた。黄色い札をくわえた母に付いて、おれもカーペットの上へ。
しばらくして番号が呼ばれ、三毛猫がいるカウンターへ向かう。
『使い魔の申請ですか?』
『はい』
母が三毛と対応するのをおれは訳も分からずに見ている。三毛の隣には若い男がいて、おれたちが来るなり三毛猫に数枚の表を差し出した。彼は同じっぽい表をおれたちの前にも置く。
『生年月日は?』
『964年、火の加護期3月の1日です』
『…964年の火の3月1日。性別は?』
『オスです』
『身体的特徴をこちらの表からお選び下さい』
『……。…黒の模様無しですね』
『ありがとうございます。…オス、黒、ゼロ』
おれに関する質問に母が答えて、三毛がその内容を手元の表を指して隣の男に伝える。この人は三毛の主人なのかな。だとしたら使い魔に使われてる人間っていうことか。そう考えると笑えてくるけど。
『…はい。それでは写真を撮りたいと思いますので、どうぞこちらへ』
写真!? 聞いてない。驚くおれをよそに母猫と三毛猫が立ち上がり、三毛に尻尾で叩かれて男の人も立ち上がった。
どこかの部屋へ移動しながら母に問う。
『母さん、これ、何してるの?』
『使い魔の申請よ。しなくてもなれないことはないけど、使い魔になるならこうするのが手っ取り早いの。人間たちは市に登録された猫から使い魔を選ぶのが普通だから』
写真を撮る部屋に着いたところで三毛猫たちと別れる。ここでは、猫を肩に乗せた男がカメラの機材を操っていた。
「次の方〜。おっ、仔猫!? やーかわいいね美人だねあっお母様はこちらに〜。いやぁ綺麗な毛並みでおおっ、とっても大人しい! こりゃ将来有望だなぁ待っててねとっても綺麗に撮るからね〜」
なんかやけにうざい。こんな人が写真を撮るって、ちょっとばかし不安になる。しかし出来上がった写真を見せてもらうと、恐ろしいほど美しく撮れていた。猫になった自分の姿なんて、それこそ水に映ったものくらいしか見たことないけど、なんだろう、写真と現物のギャップがあることだけは分かる。
「次は魔力測定ですね〜。ユキ、」
ユキと呼ばれた白猫が男の肩から飛び降りる。
『こちらへ』
白猫に案内されたのは、なにやら手術台みたいなのがある部屋だった。そこのスタッフらしき女の人にその台の上に乗せられる。
「はーい、ちょっとだけ動かないでガマンしてねー。……、…はーい、終わりでーす。Aランクの未発現ですね」
猫の魔力ランクは聞いたことがある。確かAからEまであって、Cが平均くらいだったはず。上位ランクほど魔力が強くて、反比例して下位ランクほど身体能力が高いんだっけ。でも稀に、魔力がずば抜けてて運動能力にも長けている猫にはSランク、魔力が全くなくて猫としての基礎能力にも欠けている猫にはFランクがつけられるらしい。そんなことを昔父さんが言っていた。ていうかおれ、未発現ってことはまだ魔法使えないのか……。ちょっとショックだ。
「検査は以上で終了です。受付で首輪をお渡しするので、お受け取り下さいね」
にっこりと女の人が笑う。彼女の白魚のような手には無数の引っかき傷が目立っていた。猫を扱う仕事もなかなか大変なようだ。
受付でまたちょっと待つ。呼ばれると今度はサビ猫さんが対応してくれた。そこで、なんか銀色の直方体みたいなのが付いた青い首輪を見せられる。直方体には文字が書いてあった。
“A-63589”
『こちらは使い魔の申請をした印としての首輪です。少し窮屈ではありますが、肌身離さずお付け下さい。使い魔を探している人間から会いたいという要請があれば、この首輪を通して連絡いたしますので、その時はお手数ですが市役所の方に来ていただければと思います。それ以外は自由にお過ごしいただいて大丈夫です』
では、良き方と巡り会えるよう。
一礼をするサビ猫に会釈し返して、おれは母とともに市役所の出口へと向かう。
途中、人間の受付で見覚えのある男の人を見つける。誰だかわからなかったが、隣にいた三毛猫を見て思い出した。最初に対応してくれた三毛猫の、主人だ。
「ではこちらの書類を…、コロン、ありがとう」
受付で女性と対応する男の人に、三毛猫が書類をくわえて差し出す。その姿はまさに使い魔って感じ。優しそうに微笑みながら書類の説明をする男の人の後ろで、コロンと呼ばれた三毛猫はせっせと何事かをしている。
おれはさっき見た、三毛猫に指示をされていた彼を思い出す。立場逆転。いや、違うのかもしれない。きっと彼らの間には、俺の想像も理解も越えたような信頼関係があるんだろう。
使い魔って、いいな。
ずっと憧れていたんだ。同級生の中にはすでに使い魔を決めた子や、生まれた時から使い魔が決まっていた子がいて。羨ましいと思っていた。魔法学校に入るとなれば使い魔は必ず必要になる。楽しみだった。使い魔を選ぶ、その日が。
早く人間に戻ろう。戻り、たい。
もう一度彼らを振り返ると、視界の端で黒い尻尾が揺れる。そのことに小さく絶望しながらも、おれは母を追い、外に出た。