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小麦の短編集

怒らせ屋

作者: 小麦

「君も今日から1人で活動できるぞ。今までよく頑張った、期待しているぞ」

 俺は、隊長にそう言われて、

「よし!」

歓喜の声を上げた。ついに憧れの怒らせ屋になることができたのだ。いわゆる免許皆伝、というやつである。

 その前に、怒らせ屋、というのが何なのか分からない人たちのために、ここで少し説明をしておこう。人類は少し前まで平和な生活をしていた。核兵器を持っている国同士が多少の武力的な争いで脅しをかけあっていたのは確かだが、それでも大きな争いが起きることはなかった。だがある日、それは突然やってきた。それも、日本だけではない。世界中に、である。

「な、何だこの煙みたいなのは!」

 世界各地に突然、ピンク色の煙が充満し始めたのだ。最初は何かの実験に失敗した科学者が誤ってガスをまき散らしたのではないか、という説が有力視されていた。ところが、それが間違っていたというのが明らかになるのにそれほど時間はかからなかった。

「あれ、何だよ?」

 それを最初に見つけたのは20歳前半の若者だった。彼が山登りの最中に見つけたのは、地面から吹き出していたそのピンクの煙だった。どうやら、この煙は自然発生したようなのだ。そして、そのことが明らかになってすぐに、世界中で同じような現象が確認された。地球全土で、その煙が発生していることが分かったのも、それからすぐのことだ。

 しばらくして、その煙の発生は自然に収まってしまったため、人類に与えた影響は何もないだろう、という結論に達した。それで事件はすべて解決したはずだった。ところが、その煙は影響がないどころか世界中の人間すべてにある現象を与えていた。それは、『怒ることができない』ことであった。この現象、一見何の問題がないように思える。むしろ怒らないのだから争いがおこることはないだろう、というように最初は世界中で喜ばれていた現象だった。だが、それが問題を引きおこすのはそれからすぐ後のことである。

 まず、怒りというのは自らの欲求が妨げられたときに起こることが多い。ということはつまり、怒りというのはいわゆる生理現象である。人間の感情を表すことわざに喜怒哀楽というものがあることからも、怒りというものがいかに重要な地位を占めているのが分かるだろう。だが、それができなくなってしまった人間はどうなるか。ストレス発散ができなくなるわけだから、行き場のない怒りをため込むことしかできない。ストレスをため込んだ人間は当然のようにしばらくしてうつ状態になる。そしてそれがたまった人間が最後にとる行動、それは自殺だった。全員が同じような現象になってしまった結果、世界中で自殺者の数が過去最大となってしまったのだ。それは政府に所属している人間も例外ではなく、国の機関は崩壊を始めた。その状況はまさに、出来損ないの国と言っても過言ではない状況になってしまったのだ。

 この事態を重く受け止めた国際機関や科学者、発明家たちは、必死に状況を打破する方法を考えた。そしてある時、ロシアの科学者が重要なことを発見した。

「なあ、自発的に怒ることはできないけど、人にムカつくことはできるんじゃないか?」

 自然に怒ることはできなくなってしまったが、人にバカにされることで怒ったりすることは可能である、という実験結果を明らかにしたのである。どういうことかと言えば、お前って仕事できないよな、というような悪意のない悪口ではダメだが、やーい、ブス、デブ、ハゲといったような、いわゆる子供の喧嘩ならば怒ることができる、ということだ。つまり、悪意のある悪口ならば、人は怒ることが可能だ、という何ともよく分からない解決策が生み出されたのである。さらに、このようにして怒ることのできた人間は、元のように怒ることもできるようになった。

 しかし、ただ悪意のある悪口を言い続けるだけでは人間が今まで培ってきた絆が多少なりとも壊れてしまうのは間違いない。そこで、国際連合はそのようないざこざが起きないよう、専門機関を新たに創設することにした。それが、Angry Maker Organization、通称AMO、俗称怒らせ屋、なのである。

 説明が長くなってしまったが、その組織に今日、一人の合格者が現れた。それが俺、国立優勝くにたちまさかつである。もう30歳も過ぎているフリーターの身だった俺は、家に閉じこもっていたおかげで煙の影響を受けなかったのである。この事件が進展を見せたある日、AMOの求人広告を見た俺は、就職活動に行ったのだ。最初はただのあこがれで入団しただけだったので、どうせ落ちるだろうと思ってたかをくくっていた俺は、そこでなぜか全受験者トップの成績で合格し、そのまま入団をはたした。そして数か月後には先輩との活動で、何度もうつ状態になっていた煙の被害者を助け出していた。その功績が認められ、今までは準社員の肩書だったのが、今日から正式な活動を一人で行える正社員になったのである。

「では、見回りを頼むぞ、みんな」

 所長の声を聞いて、日本にまだ100人しかいない怒らせ屋のプロたちはいっせいに自分の持ち場へと向かっていく。しかし、今まで背中を見ているだけだった俺も、今日からは違う。

「国立くん、君の持ち場はここだ。ここはまだ被害者の数がはっきり確認されていない未知の領域だが、今までの試験を全てトップで通過してきた君ならできるだろう。頑張ってくれたまえ」

「任せて下さい! 今までニートだった分、精いっぱい働かせて頂きますから」

 俺はこのために作られた特殊なワープゲートに乗ると、自分の任務の地へと向かった。



「ここ、か……」

 俺が到着したのはとある田舎の山すそだった。どうもここには集落のようなものが固まっているらしいが、見れば見るほど茅葺かやぶきの小屋しかない。人は住んでいるようだが、静けさが辺りを支配していて何とも気味の悪い空間だ。

「さて、とりあえず村の人に話を……」

「絶対無理だ! お前に友達なんかできるもんか! バーカ!」

「う、うわーん!」

 俺が村の人に聞き込みを開始しようとしたその時、幼稚園児くらいの男の子が一人泣きついてきた。

「ちょ、どうしたんだよ?」

「すみません、うちの子がまた……、あら、あなたこの村じゃ見ない顔だけど……」

 飛びついてきた子供の母親らしき人が、俺に謝ってきた。

「あ、いえ大丈夫です。俺、AMOから今日派遣されてきた、国立優勝っていいます。さっそくこの村の現状をお聞きしたいのですが、よろしいですか?」

 俺はその母親に今日もらいたての名刺を手渡す。

「何だかサッカーをするために生まれてきたような名前ですねぇ……」

「親父がサッカー好きだったもので……」

 これは本当だ。親父は根っからのサッカーファンで、名前も国立勝利くにたちかつとしというくらいである。どうも親父は勝利だけでは飽き足らず、俺に優勝とかいうたいそうな名前を付けたらしい。結局俺はサッカーをしたわけでもなければ、怒らせ屋に入るまでは名前負けしていたわけだが。

「そういうことでしたか、それでは、こちらへどうぞ」

 母親が村長のところへと案内してくれるそうなので、俺は着いていくことにした。



「で、単刀直入に申しますと、我々の中にもうALPにかかっている者はほとんどおりません」

「そうでしたか……」

ALPとは、angry lost phenomenon 憤怒喪失現象の略である。この現象が起きたときにわざわざ新しい症状名が考え出されたのだ。俺は物足りないようなそんな気持ちで答える。

「ですが、あの子だけが、いまだにALPにかかったままなのです」

 しかし、まだこの症状にかかったままという人間もいるらしい。それが先ほど俺に抱き着いてきたあの子供なのだという。

「あの子だけが、怒る前に泣き出してしまい、いまだにあの病気にかかったままなのです。もしあなたがこの村の救済にいらっしゃったというなら、あの子の症状を改善してやってはくれませぬか?」

「……分かりました。俺に任せて下さい」

 自信はあるとは言えなかった。しかし、俺にこの仕事を断るという選択肢はなかった。これが初めての仕事である、というのも当然一つの理由だが、一番の理由として挙げられるのは、俺はこの仕事を望んで行っているということだ。せっかく念願の怒らせ屋になって、困っている人が目の前にいて、それでも助けないなんて選択肢を俺が選ぶはずがなかったのだ。

「あの、さっきの子はどこにいます?」

「あの子なら多分、この先にある公園にいると思います」

「ありがとうございます。絶対に何とかしてきますから、待っててください」

俺は村長の家を出ると、先ほどの子供のところへ向かった。



「どうしたんだい?」

 俺が公園に到着すると、さっきの子が泣きじゃくりながらブランコを控えめにこいでいた。

「……おじさん」

 そう言ったっきり、男の子は答えない。

「なあ、君は……、あの子たちにさっき言われてどう思った?」

「……くやしかった」

 俺がこう聞くと、男の子は素直に答えてくれた。

「……そうか。実はおじさんもな、ちょうど君くらいの頃に、似たようなことを言われてこんな風にブランコをこいでたことがあったんだ」

「おじさんも?」

 涙で顔をぬらしながら、男の子は顔を上げた。

「ああ。で、次の日に、その悔しい気持ちを思いっきりそいつにぶつけて、言い返してやったんだ。そしたら、そいつと仲良くなれた」

「ともだちに……なれたの?」

「そうさ! 他にもいろんな人とお互いのことが分からなくてケンカしたことだって何度もあったけど、そこで泣いて逃げちゃいけないって、その時にはっきりわかったんだ。それからはずっとそいつと親友で、今でも遊んだりしてるんだぜ」

「にげちゃ……いけない?」

「そうだよ。もし君が、少しでも悔しいって思ったら、その気持ちは大切にするんだ。決して泣いて逃げちゃダメなんだよ。それは、いろんなチャンスを潰してるってことだからね」

「……」

 男の子は、また黙っていたが、今度は何かを決意したような表情だった。



「おい、君宛に手紙だぞ? こないだの村の人たちからだ」

 所長が俺にそう声をかけてくる。俺は男の子とのやり取りの後、すぐに基地へと戻ったのだが、その数日後に村からお礼の手紙が届いた。中には男の子があの後馬鹿にされたことに対して怒り、ALPが治ったこと、その悪口を言っていた男の子は実は男の子がALPが治っていないことで陰口を言われていたことを知り、それを何とかするために男の子に悪口を言っていたこと、さらにそのあと2人が一番の友達になったこと、などが記されていた。しかし、一番俺がうれしかったのはその中に同封されていた一枚の手紙だった。

「ぼくもおじさんみたいなかっこいいおとなになりたい!」

 書いてあったのはそれだけだったが、俺にとっては十分だった。

「どうやら、君にとって充実した初任務だったようだな」

「……ええ、あそこで良かったと思います」

 俺は思い返す。きっとあの時あの子が俺のところに抱き着いてこなければ、結果はまた変わっていたかもしれないからだ。見ず知らずの大人でない立ち位置から話せたことが、今回の一件の一番の勝因だろう。

「では、今日はここだ。まだ二件目で悪いが、君にはがんばってもらわなくてはな」

「はい!」

 俺は、またワープゾーンに乗った。今日も、俺を待っている、まだ見ぬ被害者たちのために。

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