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SW2.0 剣と魔法の双子

 僕は兄さんが好きだった。口下手だった僕をいつもいじめっ子たちからかばってくれたのは兄さんだった。僕たちが生まれた村はテラスティア大陸の中でも人間が少なく、よそ者を嫌う傾向にあった。もっとも僕たちはこの村の生まれで、よそ者だったのは父さんだ。


 僕と兄さんは双子で、見た目では区別がつかない。最初のころは父でさえ間違えることもあった。そんな時僕は父さんを恨んだけれど、兄さんは笑っていた。何故笑っていたのか、それは今でもわからない。僕が髪の毛を伸ばしたのは兄さんに間違われるのが嫌だったからではない。兄さんに間違われるのがただただ申し訳なかったのだ。


 双子で外見は同じであっても、僕らは違う才能を開花させた。兄は剣術の才能を、僕は魔法の才能を。父はそれを喜び、兄にこう教えた。『お前は皆を守る人間だ。何があっても皆を守り、決して怪我をさせてはならない』。兄は元来真面目な人間だ。昔から言いつけは守り、ズルをすることは決してない。それは兄の元来の性格だった。


「守る? 父さん、守るとはどうすればいい?体だけ守ればいいのか?」


『もちろん、体だけではない。心も守ってあげなさい。いつも笑顔で、俯いてはならない。そうすればお前たちを捨てた母さんもいつか戻ってきてくれるだろう』


 僕はこの男が嫌いだ。兄さんの人生を捻じ曲げたこの男が嫌いだ。何より、兄さんに守られなければならないこの力が嫌いだ。兄さんに守られなければならない弱い精神が嫌いだ。でも、兄さんはそうは思わない。僕は――そんな兄さんが嫌いだ。変に真面目で、頑固で、自分に厳しくて他人は守る対象としてしか考えていない兄さんが嫌いだ。


 その日から、兄はいつも笑顔になった。貼り付けたような笑顔ではなく、心から楽しいと思っていなければできない笑顔だった。僕はまた一つ兄がわからなくなった。


 父さんは僕には何も言わなかった。兄にだけそう言った。きっと彼はわかっていたのだ、兄さんには自分の声が届きやすくて、僕には届かないと。兄は母さんがいなくなったのは自分のせいだと思っている。でも僕は――知っている。あの男の罪も、母が何故帰ってこないのかも。それを兄に伝えないのは、怖いからだ。兄が真実を知った時、どうなってしまうのかがわからないからだ。


 だからあの男が「冒険が俺を呼んでいる!」と叫んで家を飛び出したとき、兄は満面の笑みで手を振っていた。それから19年間、今でもアイツは一度も帰ってきていない。兄の中ではアイツはいつでもヒーローで、僕の中ではアイツはいつも兄を僕から、人間という種族から遠ざけていく存在だった。


 それでも兄弟仲は良好だった。いや、良好にならざるを得なかった。兄はいつも笑顔で、僕が何を言っても味方になってくれた。守ってくれた。あの男の言いつけどおりに、僕が悩んでいたら敏感に察知して話しに付き合ってくれ、僕が熱を出したら付きっきりで看病してくれた。それがたまらなく苦痛で、いつしか僕は兄を遠ざけるようになった。暗い納屋に篭り、小さな明かりで本を読む。そんな生活が続いた。


 ――僕の20歳の誕生日。それは当然兄の誕生日でもあった。その日の納屋の窓からは、いつものようにご飯を運んできた兄の横に小さな少女がいるのが見えた。明らかに別種族だ。マナが遠ざかっている、ということは――マナに干渉できない種族。あの身長の低さはグラスランナーで間違いない。


 すると、兄の大きな声が聞こえてきた。


「ここにはな!私の双子の弟が住んでいるんだ! 自慢の弟だが引き篭り気味でな。太陽の光を浴びないのは健康に悪い! 何とか外に出したいのだが、いい案はないかおぅちゃん」


 僕はこれ以上恥ずかしい、という感情を味わったことがない。何故見知らぬ少女に助けを求めた兄よ。と、そこまで考えてはたと気づく。兄が誰かに頼る、というところを初めて見た。このころにはいつも守ることだけしか考えない兄が――そう考えたとき、自然と手は扉にかかっていた。


 引き篭もりすぎていて声が出ない。何年僕はこうしていたのかすらわからない。カレンダーはとっくに日付だけを数えるものに変わっていた。まぶしく輝く太陽の前には記憶より幾分か背の高くなった兄と見知らぬ少女。声が出る前に、兄がものすごい勢いで飛びついてきた。当然ひ弱な体では支えきれないし仰向けに倒れることになるのだが、兄はその直前に体を反転させて受身を取る。


「ゼクス! 無事で何よりだ! 兄は心配だったぞ!」

「……兄といっても生まれたのが先か後かでしょう。そんな数秒の差、どうでもいいよ」


 兄の名前より、その言葉が先に出た。ずっと言いたかった。僕が強くならないといけなかったんだ。兄から逃げてるんじゃあの男の思い通りだったんだ。兄は少し固まった後、「いや、しかし……」と口篭る。その言葉も予想通りだ。だって双子だから――どんなにあの男に捻じ曲げられたとしても、同じ母から同じ時に生まれた双子だから。それくらいわかる。


「僕も守りたいんだ。守られるだけじゃなく、守らせてほしいんだ」


「私もノインさんのこと守りたいです!」


 僕の言葉に、少女が兄に飛びつく。兄は少しだけ呆然としていたが、はっと気づいてまたあの笑顔を貼り付け――る前に僕はその頬をぐいっと引っ張った。


「これ、本当に素? 無理してない?」

「無理などしていない! 私は――ゼクスがあそこから出てきてくれて嬉しいよ」


 兄の笑顔が変わる。父に言われたからではなく、僕のために笑ってくれた。それがとても嬉しかった。僕はこの笑顔にあこがれていたことを知る。


「そういや君は兄さんの友達?」

「はい!オレガノと申します!」

「おぅちゃんだ!この間知り合ったんだ!」

「オレガノちゃんね。僕はゼクス。兄さん――ノインの弟だ。よろしくね」


 兄は何回かおぅちゃんを強調していたが、僕にそう呼べるわけはなく、スルーさせてもらった。話を聞いているとオレガノちゃんもとある理由で身寄りがないらしい。で、不憫に思った――というより守るスイッチが入った兄さんが家に居候させている、ということらしかった。


 本当は今すぐに言い出したかった。あの男――僕たちの父親【ドライ】を探しにいこう、と。でもそれは兄さんを壊すことになりかねない。せめてオレガノちゃんが独り立ちできるようになるまでは言い出さないでおこう、と思った。せめて少しの間だけでも、幸せでいれるように。


「ああ……それとノイン?」

「なんだ? すっかりノイン呼びになってしまったな、まあいいが……」

「剣の使い方を教えてほしいんだ。僕、魔法剣士になる」


 無理だといわれるのはわかっている。しかし、僕は少しでも力をつけたかった。あの父親に会うまでに、少しでも強くなりたかった。その一心で兄に頼み込む。彼は少し唸った後、「まずはメシだ。体力をつけてからだ」と笑った。確かにその通りだ。今の体では細身の剣すらまともに振れるかどうか。これは長くなりそうだな、と思いながら、オレガノちゃんを間に挟んで三人で家路についた。

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