気に入らないです
拍手等、ありがとうございます。
遅くなって申し訳ありません。
取り敢えず、精霊達の説明のお蔭で魔法について何とか理解したマナは、漸く質問に答えようと金髪と茶髪の青年に向き直る。
目を向けた先に居る二人の青年は、何故かマナを凝視していた。それはもう居心地が悪くなるくらいジーッと見てくる。金髪青年の方は値定めするかのような探るような目。茶髪魔術士――アルフレッドの方は畏怖するような尊敬するような相反した目。そんな目で見られる意味が分からず気味が悪い。
どうしようかと眉根を寄せた瞬間。金髪青年――王子が口を開いた。
「お前、名は?」
偉そうである。実に偉そうである。
王子らしいからこれも仕方ないのかもと思うが、不快感は拭えない。マナの顔に渋面が広がるのが自分でも分かる。
だが、金髪王子はそんなマナの感情などどこ吹く風。さっさと名乗れと言わんばかりに上から目線でマナを見てくる。
その態度に――
マナの堪忍袋の緒がいっそ清々しいまでにブチッと切れた。
短気というなかれ。現代人が訳も判らずこんなに偉そうな態度で接されたら大抵の人間は不快を露わにするか切れるかだろう……というくらい尊大な態度なのだ。マナが切れたのもある意味仕方ないだろう。
「おいっ。俺が訊いているんだ。さっさと名乗れ」
とうとう言ってはいけない一言を口にする王子。マナの目が据わる。
「クー、ドリー、ルルー」
「うん」
「はーい」
「にゃあ」
マナに名を呼ばれた精霊達は躊躇う事なくマナにギュッとしがみ付き。
ドリーの行動を見たアルフレッドはサッと顔色を変え、マナの方に手を伸ばし口を開く。
「ま――」
言葉を最後まで聞く事なく、マナは予備動作なしで魔法を発動。次の瞬間、己の住まいがある精霊の森の中――塔の前に戻っていた。
「何、あいつ。すっごい偉そうでムカつく」
ボソッと零された呟きに精霊達は苦笑い。
「まあ、気持ちは分かるよ。僕達から見ても、あの人間、偉そうだったからね」
「高位の精霊術士にあの態度は無いにゃあ」
空に浮かんだり、地面に着地したりしながらクーとルルーがマナに同意する。
「でも、あのまま放っておいて大丈夫かな?」
「え?」
クーの疑問にマナは首を傾げる。
「だって、あの人間達、何の為に森の奥に入って来ようとしたのか分かってないよね。という事は、諦めて帰る事はないんじゃない?」
「でも、私の許可なく森の中には入れない様に魔法掛けたよ?」
「うん、知ってる。森をマナの魔力が覆っているのを感じるから」
「じゃあ、大丈夫じゃないの?」
「うーん。そうかもしれないけど……森の外に陣取って、粘りそうな気もしない?」
「うわー……」
有り得そうでヤダ。マナは心底そう思う。
うんざりとした色がマナの顔に浮かんだ途端、それまで黙って会話を聞いていたドリーがポーンと飛び上がり、樹の上にシュタッと着地する。
「だったらマナ。あの人間達が今どうしているか直接監視したら?」
「……」
樹の上からちょこんと首を傾げ、こちらを見てくる茶色のつぶらな瞳。
それもそうだと、マナは手をサッと一振り。空中にスクリーンが浮かび上がり、その中には先程置いてきた(?)青年二人が映る。
『何なんだ、あの娘は!』
『……』
憤り森を睨み付ける王子をアルフレッドは呆れた様に見遣る。
『王子……あのような態度を取っては機嫌を損ねてしまうのも仕方ないかと』
『何がいけない。俺が訊いたんだ。答えるのが当然だろう』
うわ、俺様系王子か……。マナは嫌そうに顔を顰める。
『王子……お忘れですか? 精霊術士は精霊様と心を通わせることが可能なゆえに、精霊様同様、対等ではない態度や言葉を何より不快に思うと』
『……』
へぇ、そうなんだ。周囲に居る精霊を見回しながら、マナは感心した様に頷く。
『先程の少女、どう見ても精霊術士です。しかも、樹の精霊様のみならず、私の知らない精霊様とも会話していたようですので、最低二種族の精霊様が見えるのでしょう。この事から、私より遥かに高位な術士であると推測されます。王子の先程の言動や行動は、そんな方に対して取る態度ではありません』
『では、どうすればよかったというのだ!』
『……他国の王族方に接するようにするのが一番正解だったと思われます』
『な……!? どうみても平民の娘にそのような態度を取れるか!!』
『平民かもしれませんが、高位の精霊術士です。場合によっては、王子より遥かに”上の立場”の可能性があります』
『……』
いまいち会話の内容が分からないが、取り敢えず、精霊術士とやらは随分丁重に扱われるという事だけは理解した。その力次第では、一国の王子よりも立場が上になるだろう事も。
……正直言って面倒くさい。何それというのかマナの偽らざる本音だ。
マナ的には、落ちちゃったものは仕方ないので、この異世界で精霊達とのほほんスローライフを楽しめればそれで良いのだ。身分制度という、よく解らないものがある人間の柵になど付き合いたくない。
『王子。事態は深刻なのです。何の為に精霊の森まで来たかお忘れですか?』
『!?』
そんな会話に、マナとクー、ルルーの意識がスクリーンに向く。漸く、マナ達が知りたい本題に入るようだ。
『私は、樹の精霊様の言葉しか聞き取れないので、あの少女達がどのような会話をしていたのかは断片的にしか推測する事が出来ません。しかし、樹の精霊様は間違いなく『王魔法が使える』とおっしゃられた。少女が”奇跡の魔法”を使える可能性はかなり高いです。そんな存在に対し……ご自分から名乗る事はおろか、高圧的な態度を取られるとは……』
『う……』
呆れた、と言わんばかりにわざとらしく溜め息を吐くアルフレッドの態度。王子は言葉に詰まるしかない。ここまで言われれば、自分がどれだけ愚かな態度を取っていたのか知れるというもの。
項垂れるしか出来ない王子を横目に、アルフレッドは精霊の森を見遣る。
あそこに、自分達が抱える問題を解決する手段がある筈だと僅かな希望に縋って王子と共に国から此処まで来た。そして、それは正しかったのかもしれない。この森には、自然術士や精霊術士が憧れてやまない究極の魔法『王魔法』の使える術士『王術師』が居たのだから。
ただの伝説だと思っていた。だが、それを使える者が居るのなら――助けて欲しい。
『取り敢えず、近くにいらっしゃるであろう樹の精霊様に此方の事情を説明して、あの少女に繋ぎを取ってくれるよう頼んでみます。もし少女が顔を出してくれたら――今度こそ間違わないでくださいね?』
『う……わ、分かっている』
笑顔で――だが目は全く笑っていない――王子を見るアルフレッド。
身分は上の筈なのに、アルフレッドに負けっぱなしの王子が頷いた。
それを見て、アルフレッドは精霊の森に近付いていく。
『さて。……あの少女は先程『私の許可が無い者は立入る事が出来なくなる』と言っていたが……何処まで近付く事が可能やら……』
アルフレッドは、自分と少女の実力差にしっかり気が付いていた。
森の中で何処からともなく現れた時。「許さない」と言った瞬間、森の闇が濃くなった時。一瞬にして森の外に出された時。森を結界で覆った時。魔力だけで空を駆けた時。魔力を放出して何かを遣った時。
そのいずれも、格の違いを感じずにはいられなかった。自分ではあのような事など不可能だ。だからこそ――緊張で言葉を紡ぐ事が出来なかった。
王子は武術関連に優れている為、魔法関係には弱い。その影響なのだろう。あの存在に食って掛かったり、高圧的な態度を取ったのは。魔力を感じ取れたなら、アルフレッドと同じく下手に動く事など適わなかっただろう。
そんな事を考えながら森に近付く。予想外に、外周まで何の障害もなく近付けてしまった。
疑問に思いながら樹に手を伸ばし――弾かれた。つまり、近付けはするが森に干渉するのは不可能という事なのだろう。
アルフレッドは心底困りながら視線を樹の上に向ける。
『樹の精霊様、いらっしゃいませんか? お願いしたい事がございます』
「「「……」」」
アルフレッドの言葉と態度にマナ、クー、ルルーは苦笑するしかない。
「何と言うか……精霊術士って強いねぇ」
「あー、まぁ……精霊術士って少ないから、貴重なんだよね」
「精霊術士は血筋ではないから、替えが利かないのにゃあ」
「え? 突然変異なの?」
「うーん……そうとも言う?」
「何か、本当に極々稀にどっかの種族が気に入る魔力を持って生まれる人間がいるにゃ。それが成長すると魔力の波長が似るみたいで、精霊術士になるにゃ」
「……じゃあ、異世界から来ちゃった私が精霊魔法使えちゃう理由は?」
「……判断不能」
「にゃ」
「「「…………」」」
いわゆる、異世界チートという奴で良いのだろうか?
……良しとしちゃえ。
マナは深く考える事は止め、樹の上に居るドリーを見る。
「ドリー。取り敢えず、お願いして良い?」
「ん? あの樹術士の話を聞いて来ればイイの?」
「うん」
「わかったー。待っててー」
樹の上をピョンピョン飛び跳ねながらドリーが返事する。
妙に間延びした声を聞きながら、マナはスクリーンを見る。
「さて、と。鬼が出るか蛇が出るか。神のみぞ知るってね」
「え?」
「この世界の神は先の見通しなんて出来ないにゃ」
「いや、そういう意味じゃなくって……」
世界が違うと存在の定義も違うようだ。
マナが困った様に首を傾げた奥。スクリーンの中ではアルフレッドが樹の上を見上げ、同じ様な困った表情を浮かべていた。