移動中です そのいち
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精霊の森から南方に広がる草原の中を、二頭の馬が疾走していた。
草原を駆ける白毛の馬の斜め後方を葦毛の馬が追従する様に走り、その上では二つの影がふよふよと浮いたまま、馬の速度に遅れる事なくついて行く。
白毛にはイクシオン、葦毛にはアルフレッド、浮いているのは勿論マナと精霊王(こっちは自前で飛んでいる)。クーはマナの真横を飛び、ドリーはマナの箒の柄の上。ルルーはマナの魔力に満ちていて快適だと、その影に潜っていた。
「あの……」
馬で駆けているにも関わらず、息を乱す事なくアルフレッドが飛んでいるマナを見上げる。
余談だが、時間が来てイクシオンとアルフレッドが精霊達を見る事が出来なくなり――アルフレッドの樹の精霊が見えるのは別――、マナが精霊達と会話をしていると、どうしても盛大な独り言にしか見えなかった為、人間二人が若干引き。
その態度が気に入らなかったマナが自分が近くに居る時のみ、マナが許可した人間は全ての精霊が見えるようにしてしまった。マナの魔法はご都合主義です、万歳。まあ、その為、現在のイクシオンとアルフレッドは全ての精霊が見えている。
閑話休題。
前方を見ながら疾走しているアルフレッドだが、チラチラとマナを見上げ。
危ないなーとか思いつつ、マナがアルフレッドの隣に並ぶように高度を下げ並走――否、並飛? ――する。
「何?」
「その……ずっと疑問だったのですが、森の周辺は、何故草原が広がっているか知っていますか?」
「……それ、異世界の人間に普通尋ねる?」
「いや、その……」
何となく、知っていそうな気がして。
そう呟くアルフレッドにマナは嘆息する。何となくって何だ、何となくって。マナが迷い人であるのは言ってあるし、この世界に来て直ぐに精霊の森に遣って来たのは……あれ? 言ってない。
ああ、そうか。色々と情報が不足しているんだなーとか思いながら、マナは自分の周りをふよふよ飛んでいるクーを見る。困った時のクー頼み。
クーはマナの視線の意味を正確に理解し、苦笑しながら口を開いた。
「精霊の森は、独立した、完全中立の地だからね。人間達が武力とかで森を侵略しようとするのを阻む目的があるんだ」
「え? 侵略しようとしたバカが居るの?」
「居たんだよね~」
マナの言葉にクーは溜め息吐きつつ首を振り、ドリーとマナの丁度中間辺り、マナが握っている付近の箒の柄に座った。
「もう相当昔で、僕が誕生する前の事だから、伝聞でしか知らないんだけどね。精霊の森を侵略して手中に収めれば、精霊の力が使い放題になると考えた頭の足りない人間が居たんだって。呆れる程のバッカだよねー。精霊の力は精霊が主で、それを使う人間が従だってのに。精霊が見えなきゃ使える訳ないのにね~。勘違いして攻めようとするなんて、精霊術士に全て知られたらただの赤っ恥でしかないのにねー。ホント、アホだ~」
言いたい放題。正に毒舌。
まあ、自分の故郷を滅茶苦茶にされる危険性があったのだ。森を愛する(多分)クーからすれば業腹ものなのだろう。
「ホント、バカでアホだねー」
それに、うんうんと頷き同意するのがマナである。
遥か昔であろうと、精霊に危機があったと聞いて黙っていられる訳がない。
「それで? そのおバカさんが侵略しようものなら他の人間が気付いて止めるだろうと草原にした?」
「ううん」
「え?」
違うの?
マナとアルフレッドが揃って首を傾げると、クーがニヤリと笑い。
「そいつが侵略してくる瞬間に草原にしたらしいよ」
「「……は?」」
いや、精霊の力を合わせればそういった力技的な事は可能だろうが、それが何故に侵略してくるタイミング?
ポカンとするマナとアルフレッドを見てクーが楽しそうに笑う。
「その方が面白いから! 力の違いも見せつけられるし、突然草原になって慌てる奴を見れて僕達精霊が楽しめる! マナが言う『いっせきにちょう』ってやつだよ!」
うん。これが精霊と人間の違いか。
マナは呆れ、アルフレッドは頬を引きつらせてそっと目を逸らす。
「つまりは……面白そうだからと森の周りを全部草原にして、バカでアホを慌てさせ、面倒だからとそのままにして現在に至る、と」
「せーかーい!」
「精霊は、今も昔も愉快犯なんだね」
「何? 愉快犯って」
「えーと……混乱する様子を見て楽しむことを目的にして行動する人の事……だった筈。行動だけじゃなく、犯罪なんかが含まれてて、主にそっち方面で使われるからあまり良い言葉ではない、けど……」
「僕達、人間の言う『はんざい』はしないけど、楽しめる事なら何でもやるかも?」
「うん。人によってはそれって迷惑行為だよね? だから、それらをまるっとひとまとめにして『愉快犯』って言ったの」
「なるほどー」
クーがうんうんと頷く。……納得して良いのだろうか?
「ついでに言うと、精霊が『敵認定』すると精霊術士じゃなくなるにゃー」
マナの体の影になっている箒の柄の部分から顔だけ出してルルーが言う。
猫の顔だけが見える……そんなシュールな光景の為、精霊・人間共に引いてしまうが、言葉の重要性に気付いたマナがルルーを見下ろした。
「ルルー。『敵認定』ってどういう事?」
「にゃ? 言葉の通りにゃ。精霊術士が見える精霊が、その人間に力を貸したくにゃいと種族全体で決めた時、精霊が見える力が失われ、精霊術士じゃなくなるにゃ」
「へ~」
そこで、はたとマナは首を傾げ。
「じゃあ、精霊の森を攻めようとした人間は……」
「当然、精霊全部にそっぽ向かれたから、精霊術士じゃなくなったにゃ」
「さらに付け足しますと――」
今度はサーシュがマナに並び会話に加わる。
「全ての精霊に『敵認定』された場合、世界から『敵認定』されたのと同じ事なので、普通の生活など不可能になります」
普通の生活は出来なくなる……まあ、精霊に攻撃しかけようとした時点で精霊術士からフルボッコになるのは間違いない。
それに『精霊術士じゃなくなった』のだから、それまであった恩恵は全て消え、待遇も一変するだろう。
最初は庇っていた家族なんかも、そいつの不運なんかに巻き込まれ続け、見捨てるなんて事もある訳で……。
精霊に嫌われる=世界から嫌われる=不幸決定、という事だろうか?
そこまで考えて、マナはあはは~と乾いた笑いを零す。
「それは何と言うか……自業自得だけど、ご愁傷様……」
草原の話から、なんかトンデモナイ方向に話がいっちゃったな~とか思いつつ、マナがアルフレッドを見ると。
アルフレッドは呆然と精霊達を見ていた。
「アル? どうかした?」
マナが問い掛けるとアルフレッドはハッとし、ウロウロと視線をさまよわせる。
「アル?」
強い口調でマナに呼び掛けられ、アルフレッドはビクッと身体を震わせるが、意を決した様にマナと精霊達を見上げた。
「あの……そんな簡単に、精霊が見えなくなるのですか?」
「そうだよー。精霊が見える力って、世界からの恩恵みたいなものだから」
「精霊は世界と繋がる存在にゃ。その存在を見るには同じ世界の力が必要なのにゃ」
「人間も、元はと言えばこの世界の一部です。この世界自身が、世界を発展に導く為、世界の一部同士を自身の力で結び付けた。それが精霊を見る力です」
アルフレッドの疑問にクー、ルルー、サーシュが答える。
「つまり……世界が精霊と人間を結び付けはしたけれど、その関係を維持するのに必要なのは精霊と精霊術士の相互理解……協力って事?」
「うん。だから、どちらか片方が嫌いとか思って協力関係が崩れると、結び付けていた筈の世界の力が消えるの」
「人間は、どちらかと言うと精霊を便利な道具みたいに思っている所があるからにゃー……。見限るのはいつも精霊の方にゃ」
「ああ、うん。何となく理解出来た」
世界が変わろうと、良くも悪くも『人間』は『人間』という事なのだろう。
同じく『生きて存在する』のに、人間の方が上だと勘違いする
森林伐採からの天変地異とか、地球温暖化、絶滅危惧種等々。元の世界も似た様なものだしなぁ……と、マナはうんうん頷く。
「そ、そんな簡単に……精霊様は人間を嫌うのですか?」
恐る恐る問い掛けてくるアルフレッドを精霊達はしっかり見据え。
「よっぽど、バカでアホな事をしない限り、精霊が嫌う事はまずないよ」
「そうにゃー。バカでアホで迷惑な事をしない限り大丈夫にゃー」
「精霊王様いみたいに、マナがドン引いちゃう様な迷惑な事をしない限り、精霊は心が広いから大丈夫だよ~」
「……樹の長、それはどういう意味ですか?」
「え? 言葉通り? マナがドン引きする様な事なら、精霊も引くよね!」
「……まあ、そうかも?」
「……そうかもしれないにゃ」
「……」
どうしよう。ちっちゃくて可愛い精霊達が、精霊王に対して毒を吐くようになってしまった。
取り敢えず……
「……サーシュは、空気を読むという技術(?)を身に付けようね」
しっかりばっちり乗ってみるマナ。クー、ルルー、ドリーは良い笑顔。サーシュは落ち込み気味。
そんな上空の光景を眺めながら、アルフレッドは自分の心に言い聞かせる。
――マナさんを敵に回さなければ大丈夫! 王子がマナさんを怒らせないように最善の注意を払おう!