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前編

タイトル思いつかないから誰かカッコいいの考えて(他力本願)

 統一王国歴298年

 ガメニア三国(トライガメニア)連合王国、セリオス山脈、ランビア川上流近く




 ショック・アブソーバーが相殺しきれなかった衝撃がコックピットを突き抜ける。巨大の手に(はた)かれたような轟音が耳朶を打ち、頭蓋に加わる遠心力に引っ張られた首が水飴のように捻じれそうになる。ひん曲がった関節がゴキゴキと耳触りな音を響かせ、ハーネスが腹部を潰さんばかりに食い込む。チューブのように絞られ逆流した胃液が足元にぶちまけられるが、汚れた口元を拭う余裕などない。目眩に赤黒く明滅する視界で計器が次々に破裂してガラス片を散らす。今ので姿勢指示計と水平位置指示器が死んだ。それらは経験と勘で補うしかない。敵味方識別装置は付いたり消えたりを忙しなく繰り返している。不幸中の幸いか、敵味方の識別は気にしなくてもいい。もう識別する意味がない(・・・・・・・・・)


『どうした、動きが鈍いぞ、リン!?』


 低く嘲笑う声音に重ねて再度の衝撃。(あか)い影―――敵味方識別装置では味方(・・)のはずの機体―――が右に左に走ったかと思いきや、激震とともに左側面モニターが音を立てて砕け散った。これで左右と後方の外界情報は完全に塞がれた。残ったモニターは前面と上下方モニターのみだが、俺の視界と同様に頻繁に砂嵐がチラつく画面はいつ消えるかもわからない。後は磁場索敵装置(レーダ)を頼りにするしか、と心中に独語した途端、タイミングを見計らったかのようにレーダが“お手上げ(エラー)”を表示した。ギョッとしてコンソールに伸ばした手に冷たい雫がポタリと落ちる。雨がコックピットにまで入り込んできている。基幹骨格(バイタルフレーム)も損傷を受けたらしい。この機体(アルミュール)のコンソール・モジュールは防水処理の評判がすこぶる悪い。このまま浸水が続けば他の機器もショートしてしまう。


「冗談じゃない、後ろはランビア川に落ちる崖だぞ!?」


 背後には優に300メートルを越える高い崖がある。レーダまで失われては正確な距離が掴めない。()はわざとこの位置に俺を追い詰めたに違いない。最初の不意打ちで後部カメラを破壊したのもこれを狙っていたのだ。少しずつ甚振(いたぶ)って、最後にランビアの激流に突き落として機体ごと証拠を隠滅する気だ。


「踏ん張れ、エタンダールッ! 貴様、それでも騎士隊(シュヴァリエ)専用アルミュールかッ!?」


 機体に向けて激昂し、両手の操縦桿(スティック)を強く握りしめる。総身が燃えるように熱くなり、手の平に握り込むように備え付けられた魔力受給石(マナ・レシーバ)がその怒りを受け止める。怒りのエネルギー―――“魔力”を吸い上げたジェネレータがその機関音を一気に高音域まで引き上げる。たたらを踏んでいた全高8メートルの巨人が乗り手(パイロット)の叫びに応え、地に足を食い込ませてその場にズンと踏み止まった。

 唯一余喘を保つ機関出力計が現状で望める最大出力に到達したことを伝えるが、それでも相手が相手なだけに頼りない。“騎士隊(シュヴァリエ)”用に建造されたこの機体(アルミュール)魔力加速炉(マナ・ジェネレータ)の性能こそ軍の量産機(ミステール)量産指揮官機(シュペル・ミステール)に倍するものの、大戦後に設計されて大した実戦を経験していないために主にコントロール・ブロックにおいてデリケートな点が否めない。だからこそ、蒼の最新鋭機(ミラージュ)―――俺の愛機が次の時代を担う草分けとなるはずだった。

 フットペダルの踵部分を踏み込み、エタンダールを数歩下がらせて間合いを取る。相対距離は60メートルといったところか。豪雨でぬかるんだ地面の感覚がフットペダルを伝って足裏をズルリ(・・・)と滑る。


「遅い……!」


 操作に対して機体の反応が著しく遅れている。機体の老朽化を考慮しても鈍すぎる。左脚部から金属の擦れる異音が聞こえる。先ほど剣の一撃を喰らった膝部が原因に違いない。


『王女様の覚えめでたいリン・ガーランド様ともあろう騎士(シュヴァリエ)が、ずいぶんと格好が悪いじゃあないか。そうは思わないか、マドスン卿』

『隊長閣下の仰るとおり。同じ騎士隊としてなんと情けない!』


 卑怯者め、と返してやりたかったが、機外スピーカは潰されているし、送音マイクは胃液にまみれて足元に転がっている。これではあの悪辣な男を罵るどころか舌戦での時間稼ぎも出来ない。あの男を―――フォーサイス・ドゥ・スコット公爵の汚らしい口を閉じさせるには実力を持って行うしかない。

 せめてもの意思表示にと操縦桿(スティック・レバー)を操作して剣を中段に保持しなおし、フットペダルを強く踏み込んで迎撃態勢を取る。やはり鈍い。ミラージュの敏捷性に比べれば天と地ほどに劣る。


「ミラージュであったなら、こんな無様な戦いは……!」


 今さら言っても始まらないが、それでも歯噛みせずにはいられない。機体さえ同レベルであれば、フォーサイスに後れを取るなど断じてありえない。それは奴も理解している。理解しているからこそ、ミラージュに緊急点検が発生したという欺瞞情報を流し、老朽機で哨戒任務に出撃せざるを得ないように仕向けたのだ。その上で、自分は朱の最新鋭機(ラファール)を駆り、さらに子分を引き連れてくるなど騎士の風上に置けない卑劣漢だ。……もっとも、その虚報を信じてノコノコと出て行った俺も十分に戯け者だが。


『黙っているところを見るに、送音機器が壊れたようだな。そうだ、貴様など口を閉じてその美人面で男色家のチャーリー伯にでも可愛がってもらえばよかったのだ。騎士隊でこの私と肩を並べ、あまつさえ小癪な密告で我が騎士隊の結束を損ねようなど、男爵家の次男坊風情が片腹痛い』


 前部モニターを殺意を込めて睨みつける。劣等感を刺激されたこと以上に、爵位を鼻にかけて不正を行うことに何の負い目も感じていない態度に(はらわた)が煮えくり返る。このような上っ面だけの浅ましい人間が公爵として大きな権力を振りかざしているから、この王国は腐敗する一方なのだ。

 このまま俺が慎ましく殺されてやってもフェアな調査は行われしまい。公爵の権力によって『反乱軍に殺された』などと適当な理由をつけて闇に葬られるだろう。俺が告発しようとした不正をそのまま俺の罪として公表する腹積もりかもしれない。そんなことになれば我がガーランド男爵家にも悪意を持った災いが及ぶ。苦心して俺を騎士隊に入れてくれた当主(あにうえ)に迷惑はかけられない。意地でも斃れてなるものか。


『隊長閣下、元はといえば小官めの失態により発した些事である故、不始末の後片付けは私めドン・マドスンにどうかお任せ頂きたい』

『良かろう、マドスン子爵。口封じは己の手でやるが良い。私とて最新鋭機(ラファール)に無用な傷を負わせたくない。手負いの女モドキとは言え、相手はリンだ。油断はするな』

『くくっ、“剣帝”フォーサイス卿の御意のままに』


 ラファールの鋭角なフォルムが後ずさり、豪雨に隠れる。酩酊したような声遣いと共に正面にあらわれたのは、マドスン子爵の発展型(シュペル)・エタンダールだ。華美に過ぎるゴテゴテとした装飾が乗り手(パイロット)の人格を物語っている。だが、今はマドスンの詰めの甘さに感謝しよう。“手負いの女モドキ”が雄獅子より恐ろしいことを身をもってわからせてやる。

 シュペル・エタンダールが左腰部に帯びた大剣を仰々しく抜き放つ。緩慢にすら思える大げさな動作は奴の余裕の表れであり、俺にとっての突破口だ。


『リン、貴公も不器用な男だ。大人しく我々と轡を並べていればこのようなことにはならなかったのに。このご時世、軍や騎士隊の物資の横流しなど公然の秘密ではないか。とかく地方の軍は微々たる給金に苦しんでおる。多少の旨み(・・)がなければ、このような厳しいお役目など誰もせぬ。そんな社会の仕組みもわからぬとは、しょせん腕っ節だけのお坊ちゃんだな。青臭い、青臭い』


 何とでも言うがいい。青臭いから何だというのか。王様は裸だと真実を唱えるのはいつだってその青臭い子どもだ。そも、年上とはいえ俺と貴様は同期入隊ではないか。領地が我が家の2倍あるからという程度でよくもまあそこまで偉ぶれたものだ。

 憤激と呆れで頭に血が上るが、それに反比例して精神は鏡面の如く冷たく冴え渡る。感情を己の完全な制御下に置いてこそ、魔力は鋭く洗練される。左手のスティックレバーのスイッチを素早く指で叩き、前面モニターに延々と羅列される無数の警告を全てカット。気休め程度に見映えの良くなった視界に視線を走らせ、脳ではなく脊髄に蓄積された経験で、この場で最適な(・・・・・・)挙動を決定する。


『なに、貴公がいなくなった後の騎士隊のことは気にするな。私が閣下を補佐し、軍の猿どもを蹴落として、王国にて比類なき力を持つ一大組織へと成長させることを約束しよう。副隊長には、私からよくよく事情を説明しておいてやる。なに、気にするな。同期の誼ではないか』


 どうして副隊長(カレン)の名前が出てくるのだ。彼女に何の関係がある。常に俺に対してつっけんどんとした硬い横顔が頭を過るが、これといった感慨は浮かばなかった。いや、騎士団の原則である『勇気(クラージュ)名誉(オヌール)正義(ジュスティス)』に唾を吐きかけた者の言葉などいちいち気にかける価値すらない。豚の鳴き声の方が何万倍も聞き心地が良い。

 シュペル・エタンダールが相変わらず緩慢な遅さで剣の切っ先を正眼に構えてくる。狙われているのはエタンダールの喉元―――要するにパイロットである俺の頭だ。


『せめてもの情けだ。苦しむこと無くあの世に送ってやる。雄大なるランビアの流れに消えるがいい』


 上等だ。掛かって来い。こちらも切っ先を正眼に上げて敵の喉元を狙い、返答の代わりとする。

 マドスンが口を閉じ、ピタリと沈黙が落ちる。緊張に鼓膜が突っ張る感覚を覚える。戦闘前の昂揚に鼓動が早まり、口の中が干上がる。ドウドウと装甲を叩きつける豪雨のざわめきだけが威圧的にコックピット内に響く。

 機動力などの性能は、エタンダールに軽量化及び各種強化を施されたシュペル・エタンダールが部がある。機体の損傷具合も、満身創痍なこちらに対しあちらはほぼ無傷だ。真正面からの立ち回りでは圧倒的にこちらが不利。だが、その程度(・・・・)では真の騎士には臆する理由足り得ない。

 ヒリヒリと張り詰める睨み合いの中、互いに一撃を繰り出すタイミングを探る。不意に、山の向こうで遠雷が轟いた。自然界の膨大な魔力(マナ)の暴発に、機体の魔力変圧器(マナ・コンバータ)が異常をきたす。これを利用しない手はない。瞬時に判断すると推力桿(スロットル・レバー)をわざと最低値にまで引き下げる。続けて今までなんとか姿勢を保たせていた反重力発生装置の唸りが低まる。と同時に補助を失ったエタンダールの足元がグラリと蹌踉めく。傍から見れば雷に狼狽えて膝が砕けたような格好だ。

 さあ、マドスン。初めて俺に勝利できるチャンスだぞ。どうする―――


『もらったァああああああああ!!!』


「それでこそお前だ、間抜け野郎!!」


 早すぎる勝利の絶叫をあげて間合いを急激に詰めてくるマドスンに対し、即座にスロットルを引き上げて姿勢を立て直した俺は敢えて敵の半分ほどの速度でエタンダールを走らせる。つま先で地を駆けるシュペル・エタンダールとは正反対に、踵でしっかと地面を踏みしめる。

 前方モニター、一つ目の巨人が地を蹴る度に運動エネルギーを蓄積し、押し寄せる風圧さえ錯覚するほどの迫力で肉薄してくる。その光景を前に俺は不敵な笑みを刻む。シュペル・エタンダールは軽量化されている分、機動力が高い。そして、奴の趣味の悪い装飾で重心が不安定になっている。重心が不安定かつ軽い機体がこんな地面(・・・・・)で全力疾走すればどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。

 シュペル・エタンダールのつま先が、ついに先ほどまで俺がいたぬかるみ(・・・・)に踏み込む。


「―――今だッ!」


 相対距離が10メートルを切ったところでコンソールに拳を思い切り振り下ろす。赤いスイッチが誤操作防止カバーごと叩き潰れ、同時に踝部に設置された緊急固定用の鉤爪(クロ―)が火薬の炸裂によって飛び出した。ズドンと砲撃に似た音を立てて鋼鉄のクロ―が地面に深々と突き刺さる。ガリガリと地面を抉る激震がコックピット全体を怒涛の如く突き上げる。フレームと悲鳴を上げ、コンソール・モジュールから幾つもの部品が火花を散らして脱落していく。強制的にブレーキをかけられたエタンダールの上半身がガクンとつんのめり、半瞬を置いて停止する。そのタイミングでスティックレバーの最下部のボタンを小指で押し込み、駆動部(アクチュエータ)のトルクを固定(ロック)


『―――馬鹿者ッ! 避けないか、マドスン!!』

『え―――ぉお、おおおおおッ!!??』


 こちらの意図を悟ったフォーサイスの上擦った怒号は雷鳴にかき消された。

フォーサイスの眼前。世界を染めるほど強烈な雷光に照らし出されたのは、大地を踏み締めて前方に剣を突き立てる巨人と、その剣先に向かって自ら倒れ込む(・・・・・・)巨人の姿だ。

 脳内物質の分泌によって引き伸ばされた瞬刻の中、ゆっくりと迫るシュペル・エタンダールの頭部にマドスンの恐怖と絶望の顔が透かし見えた。一瞬後に襲い来る衝撃に奥歯を噛み締めながら、冷嘲に呟く。


「泥の上で走ると転ぶぞ、お坊ちゃん(・・・・・)


 次の瞬間、腹底まで突き抜けるような衝撃が機体をあらゆる方向に揺さぶった。匙を投げたショック・アブソーバーが大振動を直接肉体に押し付ける。コンソールから噴き出した炎が崩壊寸前のコックピット内部を赤々と照らし、見開かれた網膜を灼く。鼓膜を弄する轟音と同時に残っていた全てのモニターが砕け、次々に破裂する計器のガラスが跳弾のように弾け飛んで反射的に逸らした頬を浅く切り裂いてヘッドレストに突き刺さる。10トンを超える重量物との衝突に基幹骨格(バイタル・フレーム)がメキメキと音を立ててたわみ、カタログスペックの限界値を遥かに越えた負荷が各駆動部(アクチュエータ)を押し潰した。スティック・レバーを通し、剣身(ブレード)がズズズと硬いものを貫いていく感触を覚える。

 ゴン、とコックピットの装甲に重いモノが当たる鈍い音を最後に振動は止まった。再びドウドウと叩きつける豪雨のざわめきが辺りに落ちる。湾曲した装甲の隙間から曇天が覗き見えた。暗闇を映すだけのモニターでは目視することは叶わないが、確信を持って言える。


「―――苦しむこと無くあの世に送ってやったぞ。感謝しろ」


 俺の剣は、奴の肉体ごとシュペル・エタンダールを貫いたのだ。

 いつの間にか止まっていた呼吸を再開し、口端を釣り上げる。マドスンは騎士隊の訓練を怠り、不正に捻出した時間を自領地近くの地方軍と結託した軍事物資の横流しに費やしていた。反乱軍の鎮圧にもほとんど参加せず、私腹を肥やすことに邁進する体たらくだった。騎士としての心構えと、脊髄に染みこむほどの修練の差が勝敗を分けたということだ。総身の血管に勝利の昂揚が走るのを知覚するが、まだ早いと理性で制す。まだ一騎、もっとも厄介な敵が残っている。

 トルクのロックを解除してフットペダルとスティックレバーに力を込める。シートのすぐ後ろでマナ・ジェネレータが苦しげに喉を鳴らし、エタンダールが負傷兵の如くおずおずと立ち上がる。駆動部を固定していたからまだ辛うじて動けるが、もしそのままシュペル・エタンダールの突進を受け止めていたら間違いなく全壊していた。いや、機体だけではない。俺自身の肉体も限界に差し掛かっていた。識閾(しきいき)下から疲労が泡沫の如く沸き上がってくる。体力以上に精神力の喪失を下っ腹に知覚する。ヘドロが絡みついたように身体が怠い。魔力を消費しすぎた。


「だが、まだだ!  まだ斃れてなるものか、諦めてなるものか!!」


 裂帛し、スティックレバーを胸元までグイと引き寄せる。五指に割り当てられたボタンを踊らせてマニピュレータを胸元の装甲に引っ掛ける。曇天が覗いていた隙間がみるみる広がり、果物の皮をめくるように装甲を(ひしゃ)げさせていく。ダメ押しにモニターとコンソール・モジュールを力任せに蹴り飛ばせば、視界を邪魔していた分厚い装甲は根本から引き千切れ、轟音とともに大地を強打した。外気に曝け出された体表に瀑布のような雨が降り掛かり、濡れた綿服が不快な重さを増していく。


『……さすが、その若さでミラージュを拝領されただけはある』


 そら、本命の登場だ。

 大きく開けた視界、豪雨の向こうから一切の油断を廃した昏い声が忍び寄る。キッと見開いた視線の先で、血に(まみ)れた悪鬼の如き鋭い輪郭がじっとこちらを睥睨していた。雷光を反射して揺らめく朱いシルエットがこの世のものとは思えない不可知の禍々しさを放っている。前頂部からツノのように突き出た指揮官用センサーが余計にそう連想させるのかもしれない。


「ラファール―――」


 我知らず漏れたその名は畏怖に震えていた。

 『朱の最新鋭機(ラファール)』。世界に冠たる我がトライガメニア王国の王立陸軍兵器開発局が満を持して開発した、第5世代型強襲殲滅用人型巨大兵器(アルミュール)。俺の『蒼の最新鋭機(ミラージュ)』の兄弟機でもあり、精鋭を誇るトライガメニア騎士隊(シュヴァリエ)の次期主力機の座を争うライバル機。そして、第13代騎士隊隊長が駆る、トライガメニア王国最強のアルミュールだ。傑出した機動力を誇るミラージュとの決定的な差異は、白兵戦に特化した圧倒的な馬力と装甲だ。新開発の大出力魔力加速炉(マナ・ジェネレータ)を搭載し、第四世代とは一線を画す分厚い四肢を備えるラファールは、史上初めて二振りの重大剣(ヘビーブレード)を帯びる機体となっている。その威容は凄まじく、容赦を知らぬ嵐のように反乱軍の旧式アルミュールを次から次に叩き潰していく光景は味方であっても悪寒を覚えたほどだ。それが敵となった今、もはや悪寒では済まされない氷のような緊迫感が俺を支配していた。

 ズン、と朱い輪郭が大きく踏み出す。一歩一歩確実に地を踏みしめる慎重な足取りはマドスンの覆轍を踏むまいとする警戒故だ。性根に蝿が集ろうと、やはり腐っても“剣帝”と敬されるフォーサイス卿、同じ手が通用する相手ではない。何か奴を喫驚させて不意を打てるものはないか。数メートル下についと目を落とし、コックピットを貫かれて腹這いに倒れ伏すマドスンのシュペル・エタンダールを見やり、その手に握られた大剣―――エタンダールと同規格―――を視界に据える。これで隙を突くことはできないか……。


『どうした、リン。その剣を拾うがいい。それともまさか、それを使って私の不意を突こうなどと目論んだわけではあるまいな。もしそうならば、私も(かなえ)の軽重を問われたものだ』

「……ッ! 言われなくとも拾ってやる!」


 これも見破られた。考えを容易く見透かされた悔しさに歯噛みしつつ、機体を屈ませてシュペル・エタンダールから剣を乱暴にもぎ取る。それを見計らってラファールも背部にマウントされた両の大剣をスラリと抜き放つ。超硬合金(タングステン)の巨塊から削り出された世界で二振りだけの重大剣(ヘビーブレード)はエタンダールのものの2倍の重量と破壊力を有する。それをまるで有るか無しと言わんばかりに軽々と振るってみせるラファールの埒外のパワーを見せつけられて肌が粟立つ。対峙するこちらの機体は、駆動部の各所から軋みが聞こえて今にも膝をつきそうだ。ただでさえ防水性能の低いコックピットも雨晒しの有り様で、いつショートを起こして機能を停止するかわからない。機が訪れてくれるのを待つ猶予はない。かといって背後が崖では逃走することも叶わない。例え万全の状態(ミラージュ)で挑んでも良くて互角な相手に、満身創痍の老朽機で勝てる見込みなどありはしない。


『田舎侍の分際でよくぞここまでやってみせた、と世辞だけはくれてやろう。貴様の腕は確かに良い。私と同じ歳になる頃には私に匹敵する騎士となれたやもしれん。だが、しょせん田舎侍はどこまで行っても田舎侍。融通の効かない武骨者はやがてこの王国を手中に収める騎士隊には不要なのだ』


 ラファールが挑戦者を差し招くように両腕を開き、幅広の重大剣を左右に突き出す。羽ばたく直前の翼を思わせる態勢は、二刀流を得意とするフォーサイスが編み出した独特の構えだ。今まで、あの構えを打ち破って生きたまま懐に潜り込めた者はいない。一歩でも間合いに踏み込んだら最後、巨大な(はさみ)に真っ二つに両断されるからだ。数分先の己の凄惨な死体が脳裏をよぎり、怖気となって首筋をそそけ立たせる。かの『優生種の反乱(エルフ・ウォー)』で恐ろしいエルフと対峙した古代の勇者たちも、かくの如き恐怖を背負って絶望的な戦いに身を投じたのだろうか。


「ガーランドの始祖よ、エルフの猛威から無辜の人々を救済せし猛者よ。この不肖な末裔にどうか勇気をお分け下さい」


 そっと閉眼して独り言ち、旧時代の戦人の雄姿を想像する。幼少の頃から行き詰まった時にはいつもこうしていた。想像に浮かぶ力強い背中が慄きを風化させ、勇気を授けてくれるからだ。ガーランド家の始祖は迫り来るエルフと戦った兵士とされる。先祖たちが絶望的な戦いから逃げずに勝利を掴んだからこそ、今の人間の世がある。彼らが命を賭して護った世界を、このような堕落した支配者にのさばらせてはならない。

 血族の誇りが恐怖を駆逐すれば、残ったのは裏切りと屈辱への正当な怒りだけだ。部下の不正を黙認し、あまつさえそれを暴こうとした俺を部下と結託して殺そうとした。それだけではなく、近衛の兵として誇り高い騎士の身分にありながら王国を手中に収めると平然と言い放つとは、絶対に看過できない。噴火山の如く激発する感情に身を任せ、豪雨に負けじとフォーサイスまで届くほどの声で大喝する。


「王国を守護する騎士が王国を簒奪するとは笑止千万! 貴様のような恥知らずを見逃して死んでは黄泉でガーランド家の先祖に顔向け出来ん! この身体を流れる血と命をかけてお前に目に物見せてくれる! 田舎侍の覚悟を刮目し、騎士の原則に背いた己の大罪を悔やむがいい!!」

『生意気な大言を吐いたな、小僧―――では、いざかかって来るがいい、リン・ガーランド!!』

「いざ推して参る、フォーサイス・ドゥ・スコットッ!!」


 生への未練を自ら切り捨て、生命力を灼熱させてマナ・レシーバを握り絞る。コンバータ計の魔力圧が限界値に達したと同時にフットペダルを一気に踏み込む。後ろ足を蹴り出した勢いを殺さぬままに流れる動作で推力桿(スロットル・レバー)を押し込み、反重力発生装置を全開に引き上げる(フル・スロットル)。瞬間、轟音を置き去りにして、エタンダールは驚異的な瞬発力を発揮して自らを射出(・・)した。爆発のような衝撃波と風圧が剥き出しの体表を手加減なく殴りつけ、急激な重力加速度に晒された眼球に刺すような激痛が走る。石礫と化した雨粒が皮膚を次々に穿ち、裂けた唇から滲んだ鮮血が口腔に流れこむ。この血だ。先祖から連綿と受け継がれたこの(つながり)こそが俺に力を与えてくれる。

 乾いた喉に血を呑み下し、それすら疾走するための魔力に変えて、エタンダールが地を駆ける。


「おおおおおおおおああああああ!!!」


 最期の力を振り絞った乗り手の覚悟に応え、一塊の砲弾と成った巨人が剣を突き出して勇敢に肉薄する。眼前には今まさに(はさみ)を閉じようとする不動のラファールが立ち塞がる。心が儚い希望を抱く前に、培ってきた経験が冷静に数瞬先の結果を示す。間違いなく俺は死ぬ―――ラファールの胸に剣を突き刺して。その剣先が分厚い装甲を貫いてフォーサイスに届くかはわからないが、奴に手痛い一撃を加えて死ねるのなら喜悦は覚えずとも妥協はできる。

 刻一刻と燃え尽きていく己の命を知覚しながら、不敵に口端を釣り上げた俺はラファールの顔に乗り手の表情を―――震え上がるフォーサイスの無様を見ようとして―――




 その顔は、勝ち誇った(あで)やかな笑みに満ちていた。




 唐突に奇っ怪な表情を向けられ、その昏い瞳孔の奥にぬらりと光る何かに不意を突かれた俺は、出し抜けに眼前に突っ込んできた蒼い影(・・・)にまったく対応できなかった。目にも留まらぬ速度で横合いから分け入ってきたそれは地面を抉りながら停止し、ラファールに背を向ける形で俺と真っ向から対峙する。纏っていた風圧が(ごう)と雨粒のカーテンを吹き飛ばし、その蒼く流麗なフォルムを雷光の下に魅せつけた。ここにあるはずのないその機体(・・・・)には見覚えがありすぎた(・・・・・)

 逡巡したと自覚したに時はすでに隙が生じている。握力の緩んだスティックレバーが乗り手の躊躇いを明確に感知し、エタンダールの驀進の勢いが落ちる。しまったと瞳孔を散大させた時には何もかもが遅かった。愕然と見開いた視覚で、眼前の蒼い機体が流れるような身のこなしで細い腰部を捻り、右脚を鎌のように高く跳ね上げる。その予備動作から繰り出される攻撃の凄まじさは、他ならぬ俺が一番よく知っている。なぜなら、なぜならその機体は、


ミラージュ(・・・・・)、いったい誰が―――!?」


 超硬合金(タングステン)を張った愛機の脚部が俺に向かって振り下ろされる。培ってきた経験が再び冷静な判断を下す。間に合わない(・・・・・・)

 瞬間的に音速を突破する轟音を伴って、鞭の如く(しな)った上段横蹴り(サバット)が機体を強烈に打ち据えた。今までの衝撃とは次元が異なる爆撃じみたインパクトがラファールに迫っていた大剣を粉微塵に粉砕し、それだけでは収まらない破壊エネルギーがエタンダールを後方に蹴り飛ばしたのだ。しぶとく胴体に張り付いていた四肢のアクチュエータが鮮血のような業火をあげて(ことごと)く断裂する。負荷に耐え切れなくなった各所の装置が連続して爆発する高熱を皮膚に感じたが、ブチリと薄布が引き千切れる音を最後に何も聞こえなくなった。頭のすぐ後ろで炸裂した爆発に鼓膜が破れたと頭の片隅で理解するも、喪失感に呻く余裕はなかった。吹き飛ばされた金属片が左目を瞼ごと刺し貫いて視力を半減させたからだ。残った右目にコックピットを囲う基幹骨格(バイタルフレーム)に大きな亀裂が走る様が映る。今まで俺の身を守っていたコックピットがついに崩壊し始めた。撒き散らされていく鉄片が砂のように空中に尾を引く。自分の意志とは関係なく浮遊する感覚に尻穴が窄まる。辛うじて残されたなけなし(・・・・)の理性が身に迫る危険を知らせる。吹き飛ばされた方向には、崖が―――――――――








世界が縦方向に急速に流れていく。


五体の感覚が俺から離れていく。呼吸も自由に出来ない。


落ちる雨よりも早く墜ちている気がする。頭に血が行き届かない。


ぐるぐると撹拌される脳の中で神経が断線していくのが認識できる。


過去の記憶が思い出されては足元に過ぎ去っていく。思考が溶融していく。


重力の魔の手が俺を掴み、300メートルの高さをたった8秒足らずで0にする。


赤と黒に明滅する視野に、推力桿(スロットル・レバー)を握ったままの右腕が見えた。


底なしの闇に呑み込まれる寸前、脊髄に染み付いた動作を右腕がトレースしたような気がした。












 エタンダールを崖に蹴り落としたミラージュが背後の兄弟機に体ごと振り返る。

 無防備な姿を晒すミラージュに対し、ラファールもまた両手の重大剣を背にマウントして戦う意志を放棄する。

 ミラージュの機外スピーカから響いたのは、意外にも幼い少女の声だった。


『―――ご無事ですか、フォーサイス様』

『言うまでもない。お前の手を借りずとも、あの小僧めを両断することは容易かった。ミラージュまで持ち出すとは余計なことをしてくれたな、イマレス』

『は、出すぎた真似を致しました。申し訳ありません』


 少女の声は一切の感情を失って抑制を欠いていた。上っ面だけの謝罪に憮然に鼻を鳴らし、フォーサイスは機体を帰路に向かって翻させる。


『イマレス、そこの役立たずの機体も崖に落として処分しておけ。不正に手を染めた二人が仲間割れをしたということにでもすればいい』

『畏まりました。ですが、副隊長は……カレン伯爵嬢は信じますでしょうか?』

『簡単には信じぬだろうよ。構うものか。ヘラー伯爵家と婚儀の話が纏まりさえすれば、あの女は要職から外して屋敷に籠もらせる。そうなれば何も出来はしまい。私の子でも孕ませて母親面をさせればその内忘れるだろう』

『は、全てはフォーサイス様の御心のままに』


 フォーサイスには、その台詞にもやはり心が伴っていないように思えた。再びふんと鼻を鳴らすとイマレスと呼んだ少女に後始末を押し付け、悠々とその場を立ち去る。

 ふと、「まさか」という疑念が脳裏をよぎる。300メートルの高さから約280キロの速度でランビア川の水面に叩きつけられたのだ。おまけのこの豪雨で川は洪水の如く増水して荒れ狂っている。生きている道理はない。道理はないが、懸念をいつまでも引き摺って大望に集中できないのでは始末した意味が無い。瑣末な不安を解消させるためにも、イマレスに命令を重ねる。


『……万が一ということもある。崖下でリンの死体を確認しろ。死体の一部でも持って帰ってくれば重畳だ』

『畏まりました、フォーサイス様』
















ランビア川下流、子爵領



『ハカセ! こっちですし、ハカセ! 好都合な死体未満(・・・・)の人間が流れ着いてるんですし!』

「本当かい、“くまのみ”。……おやおや、これはこれは。今日の天秤座の運勢はいいらしい。脳みそはまあまあ無事だし、眼も片方残ってる。何より死亡寸前というのが素晴らしい」

使えそう(・・・・)ですし?』

「使えそうだとも。見たところ生命力は後わずかで、魔力も使い果たしてるし、おかげで魂もまっさらだ。混じりっけのない魂の核(コア)が得られるだろう。きっとよく馴染む(・・・)に違いない。偶然の拾い物だけど、この男の子は最適なんじゃないかな」

『交番に届け出なくていいんですし?』

「はっはっはっ、くまのみ、この時代(・・・・)に交番なんてないよ!」

『それもそうですし! お前のものは俺のもの、拾ったものも俺のものなんですし!』

「その通りだね。よし、くまのみ、その子を研究所まで運んでくれ。さっそく計画を始めようじゃないか」

『運び出したいんだけど、下半身が色々引っかかってなかなか取れなさそうですし』

「上半身だけで十分だから、ちょん切っていいさ。じゃあ、僕は先に研究所で準備しているよ」

『アイアイサーですし』





『これからよろしくですし、リヴァイバル(・・・・・・)エルフ(・・・)さん』




エルフとTSっていいよね。

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