3.
「停滞なく、とは言いがたいでしょうな。だが少なくとも、彼女たちは落ちてきたときに我らの目前に落ちてきた。不安はありましたでしょうし、苦労もしたでしょうが」
「ねぇさん、この方は」
「口をきくのなら、まず泣き止みなさい。落ち着いて」
彼の言葉を遮った上の妹の言葉をさらに遮る。おっと、といった感じで男の人たちはそれぞれに苦笑した。私に命令された妹たちはびくっと背筋を伸ばす。それぞれの胸に手を当て、必死で息を整えて。
お茶を飲んで、間断のないしゃくりあげをどうにか落ち着かせた。
「この人は、私の婚約者です。私たちが今いる、この国、ドエルテの辺境領主の婚外子にあたる男性なの。場所の説明は後でゆっくりさせてもらえるとして、辺境の領、そのさらに辺境に当たるこちらの神殿で神官をしているんだけど……何ていえばいいのか、その、武闘派の神官なのね。だから、少なくとも『おっとりさん』じゃないわ。去年、こちらに落ちてきたときから私の庇護者をしていただけてる。まぁ、最初から仲良しではなかったんだけど、結局は明菜の旦那様につられるようにして接点が多くなって……って流れかしらね。素性のしれない人間に対して、破格に寛大な庇護をもらったって理解してる。明菜の相手は」
「だいねぇさん。こちらは私の婚姻相手です。ちゅうねぇさんの婚約者様の兄さんになるの。神殿の関係者なのは一緒なんだけど、武僧ではない神官ね。首座様の筆頭補佐官で、実質の五位。あ、五位ってわかるかな?」
「こちらでの言葉で結構よ。説明を続けて」
「うん。今日は私の結婚式についての最終確認で集まってたの。彼も婚外子だし、しかも三番目だから出世はしないけどいいのかって。武僧の二位だから実質的にはもう一番上だし、私も別に楽をしたいわけじゃないんだから、いいのに」
それぞれが言いあげたあとで派手に息をついてるのは緊張と、それからしゃくりあげるのを抑えるため、かしらね。この子たちが説明してくれてる間、等分に男の人たちを見たけどゆったり頷いてるだけだったし。ここは本当のよう。
だったら、少しだけ問題じゃないの? この子たちの態度って。
「……あなたたち、こちらの方たちが神殿関連における位置付けとして二番とか五番とかって言ってるけど、そんな方たちの隣にいるための教養は身につけたの?」
「「……はい?」」
姉妹そろってきょとんとなるなんて。ため息をついた私は不躾にも立ったままだけど、ローブの格好で気取ってみてもしょうがないものね。でもせめて、の気持ちで妹たちの旦那さまたち、兄弟に向かって深く頭を下げる。腰の角度は90度。
「愚昧たちがご迷惑をかけ続けているみたいで申し訳ありません。恐ろしく差し出がましい上に厚顔無恥な問いになりますが、この子たちに専門の教育係は現在、いらっしゃいますでしょうか」
「……まぁ、いると言えば、いるな」
「姉さん?」
はっと気が付いたように姿勢を正すのは上の妹。それでようやく気が付けるほどに鈍いのは下の妹。
私の、かわいいお馬鹿さんたち。
「…………いい、良く聞いて。この場所における神殿の位置がどこにあるのかは知らないけど、こんなお屋敷に住めるのなら推測はできる。あのね、上の立場の人の横に立つってことはね、あなたたちにも、そのレベルを要求されるってことなの。朝起きてから夜眠れるまでの立ち居振る舞い、とっさのときの態度。私は、あなたたちを庶民としては最低限で仕込めたけど、上級編は無理。ね、実際に、たとえ生き別れたとしても自分の姉に対してなら、人前でこんな態度を取っちゃダメなのよ? だけど教育係さんがいらっしゃるのなら安心できる。私は今からできるだけ急いで独立するように頑張るから」
「っえ、待って」
「姉さん、待って」
もう、思い残すことなんて何もない。この子たちが幸せなら、私だってそれで幸せなんだもの。この庭を見れば彼らの財力も理解できる。このレベルが下層階級だとしても……相続争いとか神官職がどんな職層にあるか知らないから断言はできなくても……この子たちが笑えてるなら。
この家の人たちに心配されるほどに受け入れてもらえるなら、それでいい。
「……ずいぶんと、聞いていた方と違うようだが」
「そうですね。ふわふわおっとり、癒し系マスコットと。…………ええ、でも確か、『スイッチが入ったら怖い』って言ってませんでしたか?」
「……言ってたな。そうか。これが、そうか」
「でしょうね。……さて、義姉上と呼ばせて頂いてよろしいでしょうか。義姉上、どうか落ち着かれてください。そもそも彼女たちは、立ち居振る舞い、心配りに置いても最初から合格点でしたよ。教育係もたいへんに褒めておりまして」
「そうだな。細かい作法はやはり違ったようだが覚えもよく、何よりその性根がいいと評判だ」
「大体、私たちが伴侶の姉を庇護しないという選択肢はあり得ませんよ。義姉上に置かれましてはまず、お風呂に入っていただいて、冷えた体を温めてくださるようお願いします。着替えられましたらまた、お話しさせていただく時間を取りますので。まずは」
下の妹の旦那さまは良く口が回る方らしい。つらつらと言いたてられ、反論する隙なんてなかった。上の妹の旦那様が私の濡れそぼった衣装を土の上から拾い上げてくれる。受け取ろうとした私の腕より早く、見覚えのない腕が私の右後ろから出てきた。
「俺が。……案内する」
「兄さん?」
「おっと珍しい。……義姉上。紹介が遅れましたが、彼も私たちの身内です。一番上の兄でして」
……あら、まぁ。だわね。すると何かしら、私は妹の旦那様たちの目の前で長兄さんにケンカを売り続けていたってこと?
「いえ、そうではなく。兄は確かに私たちの護衛をして下さってるのです。少しややこしいのですが、実兄ですが長兄は婚外子ではなく」
「その辺りはあとだ。風邪を引いたらどうする」
水が滴るような衣類を右肩にかけた彼は私の手を取って自分の左腕に載せた。右手は開けたままで歩き出す。弟たちの意見なんて聞きはしないし私の妹たちの視線もきれいさっぱりの無視。…………誰もがぽかんとしてるところを見ると、きっと、珍しいんでしょうね。
本当に、どこまでが。
これでストック切れですね。以降はちょっと遅くなります。