長女の場合-1-
思うところありまして、web拍手の分を連載という形にしました。
だってほら、改稿しやすいじゃん。あとで。
ぐらりと、自分の体が揺れた感覚で目が覚めた。無意識のうちに腹筋に力を込め、起き上がる……つもりが、気合が足りなかったらしい。崩れた。
同時に、派手な水音とちょっとしたパニック。
ちょっとした? いえ、大幅な、ね。
電車の中で居眠り中に倒れた先が水の中だなんて、普通ならあるわけナイでしょ。
救助される人の見本のように水を飲み、噎せ、手足を振り回して。すごく長い時間だと思ってたけど、きっとこういう時の定石なら、あっという間だったんじゃないかな。
手を当たった先の硬いところに突いて体を起こす。前髪を作ってないロングボブはこういう時にひどく面倒。だって掻き上げたはしから髪が落ちる。
涙と鼻水を手で拭って、咳のために揺らぐ体を床で支える。人魚のように足を斜めに投げ出して。
そうして、ぜぇはぁと荒い息をしながらようやく目をあけた先には、私の、姉妹が小奇麗なドレスを着て優雅に座っていましたとさ。
あらまぁアンタたち、顔がマンガみたいに面白いほど『驚愕』になってるじゃないの。
「ね、…………ねぇ、さん?」
「だいねぇ?」
呆然と呟かれて、それで私にもこれが現実なんじゃないかって疑う気になった。まぁね、水が冷たいし、溺れて苦しかったから。
なんて、嘘だ。そんなことなんて、考えつきも出来やしない。
必死になって頭を回転させる。この状況が何かなんて後から考えればいい。大事なことはこの子たちが私の目の前にいて、健康そうで、色艶がいいってこと。
聞くべきことは? そう。
…………そう、ね。
「太陽と月はいくつ、いいえ、望めば帰れる、いいえ、…………幸せであるはず。そう、それは?」
口を突いた質問のうち前の二つは、言いあげる前に答えが閃いた。太陽と月がいくつかなんて、それはどうでもいい。ここが何時の、何処か。そんな些細なことはどうでもよかった。私は、そのくらいにはこの子たちを探してる。望んであの暮らしから離れたかなんて、聞くようなことでもない。
帰れるようなら、この子たちだって帰ってきてたはずだもの。
これだけ見た目が健康そうなら、後は確認すべきことなんて自ずから出て来るでしょう?
「「幸せです」」
「そう。では、…………私が言えることはないわね。ねぇ、こちらにはなにか、私にできそうな仕事はあるかしら。当面の、こちらでの住処は? あと、その、…………そちらは」
喜びが一周回って淡々としている声。私が感極まってると、この子たちだけがわかってるみたい。私がこれからも自分たちの傍にいてくれるんだって、短い言葉で理解してくれたんでしょう。
両手で口を覆った妹たちが悲鳴を押し殺して一気に泣きはじめる。合間に体をじたばたと動かして、それぞれの隣にいる男の人に表情と些細な身振りで伝えた。察するに『何か拭くものを』、『着替えを』『温かい飲み物を』かしらね。
二人いた男の人は血縁関係を如実にうかがわせる顔立ちで、ほんの少しだけ動揺を見せた。うん。一瞬。
それからすぐに片手をあげながら振り返り、誰かに合図する。端的な指示。それを出すことに慣れていることを示すような流れ。
手を差し伸べられてる、と気が付いたのはメイドさんらしきお仕着せを着た女の子たちが何人か走ってきたときだった。
何も考えずに手を握り、ようやく噴水から立ち上がる。
スーツはびしょ濡れで、控えめに言ってもみじめな格好。そんなアレさなのに妹たちは抱きついて来ようとする。ダメよ、と身振りで留めても引きそうにない。
しょうがない子たち。
勢いよくジャケットを脱いだ。シャツも。ぎゅっと絞って迷う。キャミソールまで一絞りしようかどうか。膝丈タイトの下はストッキングだから、こっちは脱げない。さすがにそんな破廉恥さは…………考えようかしら。
メイドさんたちが持ってきてくれたのは、どこからどう見ても高級タオル地のバスローブ。噴水しかりこの生地しかり、私の妹たちはずいぶんとラッキーな場所で保護してもらえてるらしい。
「ねぇ、ちょっと悪いんだけどストッキングまで脱ぎたいの。ここにいる方たちに回れ右をお願いしていいかしら」
「っあ、はい! ごめんなさい、ねぇさん!」
「だいねぇ、っていうか恥じらいは?! ココ人前!」
あわあわしてる子たちの反応が、記憶にあるままの通りで。一気に泣きそうになった。歪んでないって事実がこんなに嬉しい。良くも悪くも、この子たちはこの子たちのまま、受け入れてもらってる。なんて、なんて幸運なの。この子たちも。
再会できた、私も。
続きは、web拍手で。
あっちは簡易版ですね。毎度のことながら。