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再開

「んー、ちょっと早かったかな」

 午前十一時。

 約束の時間より十分も早く集会場へ来てしまった僕は、目印である木造の看板の横で静かに佇んでいた。

 世界第三位の人口を誇る大都市、サシャーナ。

 師匠の指示通りこの街へやってきた僕は運よくディアさんの知り合いと出会い、彼女に時間をつくってもらう約束を取り付けてもらったのだ。

(それにしても……)

 きょろきょろとあたりを見渡す。

 やっぱり僕が住んでいた村とは全然違うなぁ。建物一つ一つの構造もそうだけど、何よりも人の数が段違いだ。

 それにみんなの恰好も……。

 不意にクスクスという笑い声が聞こえてきた。

「…………」

 急に恥ずかしくなった僕は無言のまま俯いた。

 なんでこんなに差があるんだろう。

 差というのは決して自分と周りの裕福度についてではない。

 住む世界の格差というやつだ。

 この世界はファントムという人間の敵が大量に存在している。

 すなわち、僕たち人間はそいつらから自分の身を守らなければならない。

 だから僕は常に戦闘できる恰好をしている。師匠から譲り受けた剣は肌身離さず持ち歩いているし、いつ何時怪我をしてもいいように救急セットを鞄の中にしまっている。

 でもどうだ。この街に住んでいる人たちは。

「じゃあ次どこいこっか?」

「あそこの喫茶店でゆっくりしようよ」

 きゃっきゃうふふと人前であることを忘れてイチャつくカップル。

 見てよこの現状を。武器なんて一つも持っていないし、服装なんてファッション重視だ。どうぞファントムさん、無防備な自分たちを襲ってくださいと言わんばかりの恰好だぞ。

「はぁ……」

 そこまで考えて溜息をついた。

 これが村と街の格差だ。

 外壁という強固な盾に守られているからこそ、この街に住む人たちはみんな安心して暮らせている。敵という存在を忘れ、好きな人と遊ぶことができている。

「おーい、ユウトくん」

 こうして憧れの街へ再びやってくることができたことは嬉しいけど……なんだかなぁ。

「ユウトくーん」

 とんとんっ。

「ひゃい!?」

 不意に肩を叩かれたせいか、声が裏返ってしまった。

 すぐに声がした方を向くと、そこには懐かしい顔が――。

「あ、ごめんごめん。驚かせちゃったかな?」

 そう言いながらいたずらな顔をしている女性の名はディア。

 金髪碧眼で尚且つスタイル抜群。誰もが振り返ってしまうほどの美貌を持った彼女は師匠の親友だ。

「でも気づかなかったみたいだから……って、どうしたの? 顔が赤いよ」

「い、いえっ、何でもないですっ。ちょっと考え事をしていたもので。それにしても今日はなんだか暑いですねー」

 手を横に振って顔のほてりを覚まそうとする。

「暑い? こんなに寒いのに君は変わってるねー」

「うぐっ……そ、それよりもディアさん」

「ん? 何かな?」

「突然無理を言ったのに融通をきかせてくれてありがとうございました」

 深々と頭を下げる。

 ディアさんは情報収集家を生業としている。

 彼女のスケジュールは知らないが、毎日忙しくて大変だという話は彼女の知り合いから聞いていた。

「ううん、そんな畏まらなくていいよ。なんといってもギリアの頼みだからねー」

 にこっと笑顔を作りながら手を横に振るディアさん。

 ちなみにギリアというのは師匠のことだ。

「ところであいつはこっちに来てないの?」

「えっと、それについてなんですけど――」

 ズキリ。

 急に胸が痛んだ。

 街の華やかさに中てられて忘れていたわけじゃないけど……この街へ辿り着くのに一週間もかかったんだ。

 そう。一週間。

 外敵に襲われながら過ごしてきた一週間だ。

 そりゃあ簡単に決別なんてできないけど、ずっと過去を悔やんでいる余裕なんてなかったのも事実だ。

(でも――)

 冷静さを欠くな。

 不意に師匠の声が脳内に響き渡った。

 ……これも師匠の教えだったよなぁ。

 忘れもしないあの出来事を無理やり頭の片隅へやる。そして久々にディアさんと出会ったことで込み上げてきた感情を押し殺しながら彼女の目を見つめた。

「どうしたの? 急にまじめな顔をして」

「お願いします。僕を弟子にしてください!」

 勢いよく頭を下げ、師匠から渡された封筒を彼女へ差し出す。

 あまりにも急すぎてディアさんは訳がわからないだろう。

 ここへ来た理由も言っていないし、先ほどの質問にすら答えていない。

 でも、きっとディアさんなら――。

「……あはは、それは冗談きついなぁ」

 数秒後に発せられた返答は、明らかに動揺したものだった。

 声が震えている。

 今の一言で察したのか、はたまたこの封筒が示していることを理解したのか。

 ディアさんは封筒を受け取らずに、

「顔を上げて私の目を見て。今からする質問に嘘偽りなく答えてほしいの。いい?」

 僕は無言のまま顔を上げ、再びディアさんの目を見つめる。

「ファントム・ファングがミッフェル村を襲ったという噂。それは本当なのかな?」

 こくり。

「じゃあ、さっき君が言ったこと。この差し出された封筒の意味は……そういうことで間違いないんだよね?」

 こくり。

「そっかぁ……」

 ディアさんは目頭を指で押さえながら深く息を吐いた。

 そして数秒後。

「おかえり。ユウトくん。よく生き延びてここまで来てくれたね」

 ディアさんはにっこりとほほ笑んで、僕を抱きしめてくれた。

 そう。強く優しく、僕を抱擁してくれたのだ。

「ディアさん……ディアさぁぁあん!」

 結局、込み上げてきた感情に抗うことができず、僕は人目を憚らずに号泣してしまった。

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