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契約者と熱望する!  作者: るなふぃあ
プロローグ
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プロローグ

「師匠! どうして、どうして僕なんかを……」

 凍てつくような寒さの中。

 僕は涙を流しながら、大木の根に横たわっている男性を見下ろしていた。

「僕、なんかじゃねえよ。自分を卑下するんじゃない。俺は……お前だからこそ、助けたんだ」

「僕だから、こそ?」

 予想外の言葉に目を丸め、師匠を見つめる。

 全身が古傷だらけの身体。彼が何度も死線を潜り抜けてきた証。

 そんな彼の背中にはとても無事では済まされない傷が新たに加わっていた。

「そうだ」

 師匠は優しく微笑むと、ゆっくりと僕の頭へ手を伸ばした。

「お前には俺を超える才能がある。それにお前は――」

 わしゃわしゃ。

 言葉にはせず、代わりに僕の頭を乱暴に撫でる師匠。

 大きな手。

 どれほどの鍛錬を積めば、豆だらけになるのかわからないほど逞しい手。

 そんな彼の手のひらには、鉄臭くて赤い何かがべっとりと付着していた。

 血。

 そう。師匠は……僕の唯一の家族と呼べる師匠は、あいつから僕を守るために自分を犠牲にしたのだ。

「ほら、見てみろよ。さっきの一撃で満足したのか、高みの見物をしてやがる」

 あごで憎き存在を示す師匠。

 そちらへ視線を向けると……確かにあいつは木の上で優雅にくつろいでいた。

「ほんと、猫見てえな自由気ままなやつだ」

 姿形はまさに虎。全身を灰色の毛で覆い、頭部には細長い角。鉤爪は鋼鉄で、尻尾の先には数本の毒針。

 ファントム・ファング。

 この世界――いや、この地域を縄張りとしている危険種だ。

 気性が荒く、人間を見たらすぐに襲いかかってくる厄災。

 そう。僕たちは、不運なことにその厄災に遭遇してしまったのだ。

 拳を強く握りしめると、師匠がポンポンと優しく僕の頭を撫でてきた。

「なぁ、ユウト」

「……なに?」

「悔しいか? 悔しいよなぁ、俺だって悔しいさ。まさか俺が、あんなわかり易い仕掛けに掛るなんて――ゴホッ、ゴホッ」

「師匠!?」

 吐血した師匠に手を差し伸べる。

 まずい。早く師匠を手当てしないと。

 咄嗟に自分の背中へ手を伸ばし、鞄の中に入れてある救急セットを取り出そうとする。

 しかし、

(そうだった……)

 今日に限って僕は大事な鞄を家に置いてきてしまったのだった。

 ファントム・ファングの襲来。

 急でなければこんなミス――いや、あいつさえ来なければこんなことにはならなかったのに!

 と、憎悪の炎を燃やしていると、師匠が僕の拳に手を重ねた。

「お前は、強くなりたいか?」

「……え?」

「お前は、俺よりも強くなりたいか?」

「―――」

 師匠を超える。

 それは僕が師匠と出会ってから今日までずっと掲げてきた目標。

「それは、もちろん……」

「だったら北にある街へ行け」

「北にある、街へ?」

「一度だけお前を連れていったあの街だ。あそこに俺の親友がいる。明日からお前はディアの下につけ」

「なッ!?」

「何を驚いている。別にこれは当たり前のことで――」

「師匠こそ何を言ってるんですか! 師匠を見捨てて、自分一人だけ逃げるなんてできるわけないじゃないですか!」

「バカ野郎、この状況で何言ってんだ!」

「ッ」

「現状把握。それが戦闘において何よりも重要だと教えただろうが」

 唇を強く噛みしめる。

 敵は一体だけじゃない。

 あのファントム・ファングが襲ってくる気配はないが、人間の血の匂いに誘き寄せられたのか、複数の気配がこちらへ近づいていることは知っていた。

 おそらくファントムと呼ばれる人間の敵だろう。

 この世界を実質支配している存在。今もなお木の枝に座って僕たちを見下ろしているファントム・ファングの下位に相当する危険種。

「囲まれたら終わりだ。そうなる前にお前は早く行け」

「でも」

「いいから!」

 ドンっと背中を突き飛ばされた。

「お前は俺よりも強くなる。お前に足らないものはきっとディアが教えてくれるだろう。今はただ、その悔しいという気持ちを内に宿して前を向け」

「…………」

「わかったらこれを持っていけ」

 一枚の封筒を渡された。

 いつも師匠が持ち歩いている封筒。中にどれほど大切なものが入っているのかはわからないけど、肌身離さず持ち歩いているということは師匠にとって相当大切なものが入っているのだろう。

「これは?」

「それをディアに渡せ。あとはあいつが判断する」

「…………」

「わかったらさっさと前を向いて走れ!」

「……はいッ!」

 僕は地を駆けた。

 本当は師匠を置いて行くことなんて絶対にしたくないけど、師匠の教えに従い、最後まで反抗することなく、僕は地を駆けた。

「それでいい、それで。お前なら俺にできなかった契約者をきっと手に入れるはずだ。そして、いずれお前は――」

 師匠の声が遠のいていくと同時にガサガサと草木をかき分ける音が近づいてきた。


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