転生に至る経緯とその結果
唐突ながら、転生する力を手に入れてしまった。何故とか、何時とか、どうやってとか、そんな事は些事である。
正直、俺は今の自分を取り巻く環境にうんざりしている。まずもって何も出来ない。三十路を超えて無職。就業経験無し。大学時代からぼっち。学生時代にアルバイトに応募したことはあるが、面接に行ったとたんその場でお断わり。大学卒業時に就職活動はしたが、矢張り面接に行ったとたんその場で罵声を浴びせられ、お祈り。両親共にその時期に交通事故で他界。唯一の受取人として、一応の保険金を受け取る事となった。その金で今までだらだらと細々と暮らし、そして、その金もついに尽きたのが二ヶ月前。各種料金の督促が始まり、ネット環境は取り上げられ、いずれ電気ガス水道といったライフラインは遮断されていくだろう。水道だけはある程度待ってくれるはずだが、払うあてがない。そうである以上、俺には死を待つ以外、取れる行動がない。そんな事情のため、遠慮なく躊躇なくこの力を行使しようと思う。最早、俺にはこの世界に居場所がないのだ。
旅立つ前に、ネット環境のあったころに読んでいた小説を思い返してみる。面白い小説であった。夢中になって読んだものだ。三十路過ぎても俺の心は少年なのだ。冒頭の部分、確か……
「トラックに轢かれると縁起がいい」
思い出した、トラックだ。そうと決まれば、早速トラックダイブを敢行せねばならぬ。俺は勇んで幹線道路へと自転車を走らせた。
案外、暴走トラックって無いものである。俺は道の脇で途方に暮れている。旅立ち損なうと、酷い事になってしまう。そんな事態は流石に御免こうむりたい。そんな理由で充分に速度の乗ったトラックを求めているのだが……。昼間から夕暮れ時、視界が悪くなるまで待ったが納得のいく暴走トラックは通らない。止むを得ず、日を改めることにした。そうと決まれば、今夜はご馳走といこう。なにせ、明日には金は必要なくなるのだ。さて、がっつり肉にするか久々の寿司にでもするか。そんなことに気をとられていたため、俺は背後から暴走してくるトラックに気がつかなかったのだ。空高く、跳ね飛ばされてから望みが叶った事に気づいた。すっかり夕飯を摂る気になっていたところでタイミングは悪かったが、この勢いならば「全身を強く打って」というやつだ。心配ない。
「こんにちは、異世界」
べしゃっと地面に叩き付けられ、アスファルトのに汚れを染み込ませながら転がって、ここに一個の肉塊と異世界のヒーローが誕生するのだ。
生まれ落ちて、まず目に入ったのは母親の顔である。あまり美人とはいえないし、かなり汚れている。赤ん坊の視力は頼りないが、周囲を見渡して状況の把握に努める。首が据わるまでは、目だけを動かして見える範囲でしか見渡せないのがもどかしい。時は中世くらいだろうか。母の着ている服装は西洋風で継ぎ接ぎだらけだ。産屋の壁は、大きく壊れており、入り込む風には家畜の臭いが混ざっている。寝床は藁が敷いてあるだけで、布の一枚もかぶさっていない。総合して評価すると、貧窮する農夫の家といった風情。これはうまくいった。初期環境の悪さも、俺のこれからを引き立てるのに一役買ってくれるだろう。マイナス環境からの、現代知識とチート能力での無双。貧農から皇帝に上り詰める「俺立志伝」は、今ここから始まるのだ。
俺の父親と思われる、くたびれた様子の男が横合いから覗き込んできた。父親は垢染みた野良着を着ていて、母親以上の悪臭を放っている。悲しげに落ち窪んだ目と、かさかさに乾いた土気色の唇。これ以上生きていくのは限界といった様子だ。このタイミングで俺の誕生とは、この男もついてる。少し待っていればたちまち皇帝の父上だ。
「さぁ、ちこうよれ苦しゅうない」
声は出せないが、そんな気分で俺は手を伸ばしてやった。このしかめ面をした父親のほうでも手を伸ばしてくる。その手は俺の首にかかり、男はそのまま体重をかけた。
こきん
あっけなく折れる、俺の首。
予想外だった。予想していても、新生児の身体能力では、避けられはしなかっただろう。消えていく意識の中で、俺は事態を把握した。これは「間引き」だ。
……思うに、近代以前の乳幼児の死亡率なんて酷いものである。俺の体験した間引きなんて楽なほう。餓死病死事故死に始まって、ファンタジーな世界なら想像を絶するようなのもあるんだろう。それらを全て回避して成長し、英雄となる転生者。その一方で、何千か何万か分からないが、俺のような即死コースの転生者が居るのだ。なんだ、要するに最初に居た現代と何も変わらない。類稀な幸運と、他を圧する才能と、倦むことも弛む事も無く積み上げた努力の上に、英雄は居るのだ。その英雄は、俺のことではない。俺のことではあり得ない。俺は、地面に転がってアスファルトを汚している肉塊よりも上等なものには、はじめからなり得なかったのだ。




