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在りし日に来い、心2

 ヒロニクルの領土はアムダさんがいるお城と、その城下町でほとんどを構成されていて、割と小さい。

 凱旋門(がいせんもん)を思わせる城下町の門をくぐれば、そこはもう別の国なのだ。


「ミーシャ……大丈夫?」

「だ、大丈夫です……」


 このやり取りも今日何度目になったことだろう。入店前は真っ赤だった顔色も出る頃には真っ青になっていた。カクカクとロボットみたくぎこちなく歩く彼女はもう見ていられない。


「あそこの喫茶店で少し休もう、ね?」


 ちょうど見つけた喫茶店を指差すと、ミーシャは「結構です」と言わんばかりに首を左右に振るが、顔面蒼白な様子でやっても全く説得力がない。強情なミーシャに僕は少しムッとした。


「いいから、行こう」


 袋を片手で持ち、もう片方の手でミーシャの手を握ると、さっきまで血の気の失せていた顔に朱が混じる。


「~~~!」

「うわぁ!?」


 声にならない叫びをあげてミーシャが手を振り払う。後ろにたたらを踏んだ僕はその拍子で袋からいくつかの缶詰めを落としてしまう。


「ご、ごめんなさい!」

「いや、大丈……うわ、うわわ!」


 缶詰めを拾おうと動いた僕だけど、足下に転がっていたものを踏んづけてしまいバランスを崩した。そのまま前方へと倒れーー


「………」

「………」


 ミーシャを路上に押し倒す形となってしまった。


「………!? …………っ!?」


 僕の下に仰向けに倒れるミーシャは口をパクパクとさせて目を白黒させている。耳まで真っ赤にさせた彼女の目は潤み、現実を受け止められていないようだった。


「……ご、ごめん」


 とてつもなく申し訳ない気持ちに駈られた僕はこの体勢のまま謝辞を述べる。我に返ったミーシャの口からーー悲鳴が漏れた。


「きゃーーーっ!」

「おぅふ!」


 甲高い声と共に放たれるボディアッパー。流石勇者というところか、華奢な体からは想像できない破壊力に僕はあっという間に彼女の上から退くことになった。


「ああっ! すみません! 大丈夫ですか!?」

「………大丈夫……げほっ」


 駆け寄るミーシャに僕は息も絶え絶えに無事を知らせる。遠くから「今の悲鳴は何だ!?」「憲兵を呼べ!」と不審に思った人々の声が聞こえる。……これはヤバそうだ。


「ごめん! ミーシャ!」

「きゃあっ」


 痛む体と良心に鞭打ち、僕はミーシャを両手で抱え込みその場を後にした。いわゆるお姫様だっこをされたミーシャが驚いて手足をバタつかせる。


「お、下ろして! 下ろして下さい!」

「駄目だって! このまま逃げるよ!」

「逃避行!? このまま連れ去って何をするつもりですか!?」

「君は何を言っているんだい!?」


 思わず突っ込みを入れるがミーシャは呆然とした様子で「まさか初のランデブーでお持ち帰りされるなんて……」と呟いている。というか、逢い引き(ランデブー)って……。パニクった彼女の言葉は理解に苦しむところがある。


「そこの怪しいやつ! 止まりなさい!」

「っ! 見つかった!」

「こら! 待ちなさい!」


 後ろからかかる声に僕は近くの角を曲がる。そのまま右折左折を繰り返し、腕の中のミーシャに話し掛ける。


「ミーシャ! どこか人が少ないところに転移できる!?」

「そんな、急ですね……! でも流石に私も外ではどうかと思っていてですね!」

「お願いミーシャ! 正気に戻って!」

「はっ……私は何を……!」


 空しさに涙腺が崩壊する一歩前、ミーシャが我に返った。……どうやら神は僕を見放さなかったようだ。僕は切れ切れの声でミーシャに言う。


「どこか、ここから離れたところに逃げたい」

「えっ! それって……」

「すいません今はそういうの勘弁して下さい」


 誤解を始めそうな彼女に僕は光の速さで釘をさした。


「いたぞっ!」

「!?」


 再びかかる憲兵の声。複数の足音が近付いてくる感覚に、ミーシャが小さく「行きます」と言い放った。

 瞬間、目の前が白く塗り潰される。ーー警察に厄介になることは、どうにか避けられたようだ。 


   +++


目を開くとそこには小さな沢が広がっていた。青々と茂る葉が日光を受けて木陰を大地に落としている。


「ここは……?」


 ミーシャを下ろした僕は辺りを見渡して聞いた。周りには人がなく、ただ水の流れる音と枝が揺れる音が耳を撫でるだけだ。


「勇者になって間もない私がよく人目を逃れて来ていた場所ですね」


 咄嗟に来ちゃいました、とミーシャが不規則に陽光を反射する水面を見つめながら答えた。その言葉に僕は首を傾げる。


「一般人から勇者になったの?」

「あ、いえ。そうではなくてですね……」


 僕の疑問にミーシャは苦笑した。


「勇者は生まれつき勇者なんですけれど、その才能が開花するまでには個人差があるんです。一般的にはヒロニクルの王、アムダさんから正式に文書が贈られると勇者として見なされるんですよ」

「そんな権限を持っていたのか、あの人……」


 見る限りはいい加減な感じが目立っていたけれども。ミーシャは「ああ見えて凄く偉いんですよ」と微妙にフォローしきれていないフォローをした。


「初めて自分が勇者であることを告げられた時も、驚いてここまで一人で逃げ込んだなぁ」


 懐かしげに微笑を漏らしてミーシャは近くにある大樹に触れた。


「ここってミーシャの実家の近く?」

「……そうです、ね」


 僕の言葉に答えるミーシャはその顔を少し曇らせた。


「故郷でした」

「でした?」

「勇者は国の、いえこの世界の共有財産ですから。勇者の信託を受けた日から、故郷とは縁を切らなくてはならないんです」

「そんな……」


 絶句する僕にミーシャは「そんな悲しい顔をしないでください」と明るい声を出す。


「望めばいくらでもあそこにいれたんです。ヒロニクルに移住したのは自分の意思ですから」


 それでも若くして親元から離れる寂しさは想像にかたくない。……僕なんて家を出る前から寂寥(せきりょう)感に泣いたものだ。暗い顔をしていると「ジョージさん、見てください」と手招きをされた。

 彼女の指が示す方向には釣鐘型の傘が特徴的なきのこの群がある。


「行きますよ……えいっ」


 掛け声と共にポンッと小さな火の玉がきのこ群の前に現れる。途端、火の玉に一番近いきのこの傘がむくむくと膨れ上がった。


「うわ、凄いな……」

「まだあるんですよ」


 そう言いながらミーシャは火の玉を接近させる。ジリ、と傘の先が焦げた。するとボンッ! と音を立てて膨れ上がった傘から綿毛のようなものが吐き出される。


「わっ!」


 綿毛の放出したきのこに呼応して、隣のきのこもボンッ! と爆発する。そしてその隣、その隣と連鎖が始まっていく。ボボボボッ! と群全ての傘から音が発せられ、辺り一面に雪みたいに白い綿が舞い散った。


「夏に雪が見られるなんて、驚いた」

「ふふっ、そうですね」


 茶化すように言うと、ミーシャも笑って答える。スノーグローブの中にいるような景色を二人でしばし見つめた。


 全ての綿毛が床に落ちると、辺り一面が白く染まっていた。

 先ほどまでパンパンに膨らんでいたきのこ群の傘はすっかり萎み、その形を杯状に変化させていた。その姿はまるで人を驚かしたことに万歳をして喜びを表しているようで。


「あははっ」

「ふふっ」


 それが可笑しくて僕たちはまた笑い合った。


「あっ! 思い付いた!」


 突如として沸き上がった新作のイメージに僕は思わず声を上げた。ミーシャが驚いたように「何がですか?」と聞いてくる。


「次のメニューはこのきのこを題材にしよう! ミーシャ、これ何ていうの?」

「冥府の悪夢です」

「凄く物騒だね!?」

「綿毛を食すと(うな)されながら衰弱死するので気を付けて下さいね」

「ええええ!? じゃあさっきまでの爆発って実は危なかったんじゃないの!?」

「……てへ」

「可愛くしたって誤魔化されないからね!?」

「そんな……可愛いだなんて……」

「やだこの子ポジティブ!」


 うーん。流石にこのきのこをそのまま題材にすることは出来なさそうだけど……。でも、今なら何か良いものが出来上がる気がする!


「ミーシャ、急いでお店に帰ろう!」


 僕は居ても立ってもいられずにミーシャの手を引いて走り出した。ミーシャは驚きながらも着いてきてくれる。


「……………」


 後ろで何かを呟く気配の後、ミーシャが喜色を滲ませて言った。


「そうですね。帰りましょう」


   +++


「ただいま」


 お店に戻ると、そろそろ夕飯時だからかアルファとズィータさんが揃って『「遅い!」』と嗜めの言葉と共に出迎えてきた。「ごめん!」と謝罪もそこそこにジョージさんは上へと上がっていく。きっと自室でイメージのメモを取りに行ったのだろう。


「全く、たかが買い物にどんだけ時間をかけてんだよ」

「……あ」


 アルファの言葉に私は自分たちが手ぶらで帰ったことに気付いた。


『ところで、缶詰めは?』

「……忘れてました」

「はぁ!?」

『……ミーシャ』


 私の言葉に二人が信じられないといった顔をする。……うん、自分でも何をしてるんだろう。


「お前ジョージと一緒だからって浮かれすぎだろ!」

「ご、ごめんなさい!」


 謝るも後の祭り。ズィータさんが『仕方ないから、後で袋に買いに行かせよう』と文字を浮かべてくれた。こう言う時、物を自在に操れる言霊は便利だなぁと思う。……まぁ、だからと言って自分の失敗が無くなったわけではないのだが。


『でもこれだけ遅くなったと言うことは、それなりに進展があったんじゃないか?』

「あ、それもそうか」


 ズィータさんの言葉にアルファは頷いた。二人の好奇の目に、私は今日あったことを思い浮かべる。まず真っ先に思い付くのは町でジョージさんに押し倒された後、抱き抱えられたことだった。


「そうですね……大胆でした」

『なん……だと?』

「あのジョージが?」


 二人がまたまた信じられないといった顔を浮かべる。


「人のいないところにいきたいと言ってくれましたし」

『「アウトー!」』


 私の言葉を二人はタイミングよく遮った。そのまま「マジかよ……とんだ狼だぜ」だの『普段温厚そうに見える人のほうが……』だのと二人だけで会議を始めてしまう。


 その後ろ姿を眺めながら、私は先ほどジョージさんに言った言葉を思い出していた。


「私、ここで働けて良かったです」


 勇者である私に居場所をくれるあなたのもとで働けて、本当に良かった。過去を思い出して嘆く日々に、ようやく終わりが迎えまれそうだから。

 ジョージさんの広い背中を思い出し、私は頬を緩めた。


「ミーシャ、これからはジョージに近付くなよ!」

『近付く時は相応の覚悟を決めるんだ!』

「え、ジョージさんは優しいですよ?」

『「お前は騙されている!」』


 私の言葉に二人は同じタイミングで糾弾した。たまに二人はとても息が合うんじゃないかと思う。


 こうしてとある一日が終わる。

 好きな人への恋慕の情を染み渡らせ、幸福な過去となって。

余談ですが、この後数日ジョージは二人の嫌疑の眼差しに晒されることになります(笑)


区切りがついたのでタイトルの説明をば。

在りし日……過去のこと

来い、心……恋心と過去に縁がある地にジョージが来て、ミーシャの心を温かくさせる、というのを若干かけてます

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