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在りし日に来い、心1

番外編1

ミーシャが赤面し、アルファとズィータが砂を吐く話

 最近ミーシャの様子がおかしい。そう思ったのはとある日の昼下がりだった。


「あ、ミーシャ」

「ひゃいっ!?」


 濡れたお皿を布巾で拭いているミーシャに後ろから話かけると、彼女は甲高い悲鳴を上げて持っていたそれを床に落とした。パリーン! と近頃は鳴ることの減ってきた音が店内に響く。


「だ、大丈夫……?」

「大丈夫でひゅ!」


 僕の言葉に真っ赤になってミーシャが答える。うん、どう見ても大丈夫じゃない。フロアの見回りを頼みたかったんだけど、やっぱりやめたほうがいいかな? 心配する僕の肩を、アルファが叩いた。


「俺がやるよ。何すればいい?」

「あ、じゃあフロアの見回りよろしくしていいかな」

「おう」


 出ていくアルファを尻目に、僕とミーシャが取り残された。僕たちの間に気まずい空気が流れる。


「………」

「………」


 ……取り敢えず今は床を掃除したほうがいいかな。ちりとりと箒を取り出そうとする僕の手をミーシャが止めた。


「そんな! わ、私がやります!」

「駄目だよ、危ないもの」


 その言葉にミーシャは更に顔を赤く染めた。あわあわと何を言っていいか分からないかのように狼狽える彼女は正直のところ、危ない。


「あのっ、あの!」

「な、なにかな?」


 勢いよく話しかけてくるミーシャに思わず僕は軽く距離をとった。


「何か仕事、ありますか!?」

「え? う~ん」


 そわそわと落ち着きのない彼女の言葉に僕は首を傾げた。今のところは特に何もなかったような……。


『ジョージさん、果物の缶詰が無くなったので補充して欲しいのですが』


 頭の中であれこれ考えていると、見計らったタイミングでズィータが倉庫室からやってきた。


「じゃあそれの買い出しをして来てもらっていいかな?」

「はいっ!」

『あの、それについてですが』


 元気よく返事をしたミーシャを引き止めるように、ズィータが文字を浮かべた。


『ジョージさんもミーシャの買い出しに同行してはいかがですか?』

「えぇ!?」


 ズィータの言葉に真っ先に反応したのはミーシャだった。そうあからさまに反応されると僕としても少し複雑な気分だ。僕、ミーシャに何かしたかなぁ?         

一方ミーシャはと言うとズィータに『ジョージさんに失礼だろう』と(たしな)められていた。


『最近新しい女性向けメニューで悩んでいるみたいですし、ミーシャと一緒に色んなところを買い出しのついでに回れば、何かアイデアが浮かぶかもしれませんよ』

「……それもそうだね」

「ジョージさんまで!」


 僕の呟きにミーシャが困ったように言う。う~ん、この様子じゃ一緒に行くのは諦めたほうが良さそうだけど、新メニューの件はどうにかしたい。


「駄目、かな?」

「うっ」


 駄目もとでお願いしてみると、ミーシャは突如胸のあたりを抑えて顔をそらした。


「大丈夫!?」

「だ、大丈夫です、けどやっぱ大丈夫じゃないです……」


 それは結局のところどっちなのだろうか。どうしていいか分からなくてオロオロしていると、視界の端でズィータが呆れたような笑いを浮かべた気がした。


『俺はフロアにいるアルファと合流してきます』

「え、珍しいね? ズィータが表に出るなんて」

『今はちょっと……、出て行きたい気分なんです』

「そっか……」


 再びミーシャと二人取り残され、妙に気恥ずかしい沈黙が流れる。


「………」

「………」


 このままじゃ埒があかない! 僕は意を決して口を開くことにした。うう、緊張して喉が渇く……。


「……あの、さ」

「……はい」

「買い出し、行こっか」

「そうです、ね」


 ぎこちないやり取りの後、僕たちは顔を見合わせる。居心地の悪さから、僕は引きつった笑いを浮かべた。


「はは……」

「っ!」


 バッ! とミーシャは僕から顔をそらす。……僕、本当にミーシャに何かしたかなぁ?

 どうもこの後の買い出しが順調に行く予感が全くしない。僕は再度苦笑いを浮かべるしかなかった。


   +++


 どうも最近の私はおかしい。

 そうはっきりと認識したのは遠くはない日のことだった。


「おや、ミーシャ。今日は随分と早いんだね」


 たまたま早く目が覚めてしまい暇をもて余して店に向かった私にジョージさんの驚いたような声がかかった。彼は店の外に置かれた植木鉢に水をやりながら「何かあったの?」と尋ねてくる。


「いえ、何だか今日は早く起きてしまって……」

「あ~、たまにあるよね」


 私の言葉にジョージさんはうんうんと頷いた。


「あの、何か仕事とかってありませんか?」


 やることがない時間というのは落ち着かない。問いかける私にジョージさんは「うーん」と困ったように眉尻を下げる。数秒して「あ」と何かを思い付いたようだ。まるでイタズラを考え付いた子供のように楽しそうに顔を綻ばせる。


「制服に着替えたら二階においで」

「? 分かりました」


 仕事があるなら先に言ってくれればいいのに。そう思いながらも、ジョージさんの嬉しそうな顔が頭を離れない。私は足早に更衣室へ向かった。あの日ジョージさんの前で泣いて以来、私は彼の前で変に落ち着かなくなっているような……。


「ううん、そんなこと考えたってしょうがない」


 うじうじ悩むのは私のいけない癖だ。気を取り直して上に向かうと、広く開放的なテラスにいるジョージさんが手招きをした。


「?」


 ガラス張りのドアを開けてウッドテラスに出た私は、思わず感嘆の声をあげた。


「これ、凄いですね……」


 三段のハイティースタンドには色とりどりのマカロンやキャンディー、ミニケーキが並び、注がれたばかりの紅茶は華やかな香りとともに湯気をあげている。


「最近頑張ってくれてるから、そのお礼だよ」

「そんな……悪いです」


 私は申し訳なくなって遠慮した。だっていつも店を燃やしたりして迷惑をかけているもの。その言葉にジョージさんは分かりやすくしょんぼりとする。私は慌てて言葉を繋げた。


「で、でも折角用意してくれたんだし、いただこうかなぁ?」

「本当っ?」


 パッと顔が華やぐジョージさんの様子に私は笑いを溢した。ジョージさんが得意気に言う。


「今回のはね、糖分を控えめにしてあまり胃にもたれないようにしてみたんだ。朝に食べるのにもぴったりだよ」

「そうなんですか」

「うん。本当はみんなが来てからおやつに出す予定だったんだけど、ミーシャにだけ特別に先に出してあげる」


 そこまで言って、ジョージさんは人差し指を口に当てた。


「内緒だからね?」


 瞬間、世界がパアッと輝いたように見えて。

 ーーあぁ、これが好きってことなんだなぁ、なんて。


 その日確かに、私は異世界の人に恋をしたのだ。


   +++


「……よう、ズィータ」


 ジョージの店(ジョージーズハーモニーとか言ったっけな)はぶっちゃけ昼過ぎになると人がぐっと減る。まあ、普通の飲食店はそんなもんだってミーシャとかは言うけど、暇なものは暇である。

 モップの杖に顎を乗せていると、珍しくズィータが厨房から出てきた。


「珍しいじゃん、追い出されたのか?」

『自主退出だよ。失礼な』


 疲れたように溜め息をつくズィータに俺は「あぁ」と同感した。


「ミーシャってもうあれだよな」

『ああ』


 俺の言葉にズィータが文字と一緒に頷く。


『「完全にジョージ(さん)に惚れてる」』


 俺は自分の言葉と同時に現れる文字を見てから、ズィータと一緒に苦笑いを浮かべた。


「しかしあれだけ分かりやすくしてんのになんで気付かないかな、ジョージのやつ」

『仕方ないだろう、あまり色事には聡くなさそうだし』

「夢しか追って来なかった感ありまくりだもんなー」

『そんなところも彼の魅力だけれど、ね』


 そこまで言ってから、ズィータはまた溜め息をついた。


『流石になぁ』

「……だよなぁ」


 あれだけの惚れてるオーラを総スルーされるミーシャは見ていてこっちがやきもきするぐらいだ。全く! 柄じゃないってのに!


「俺、今度ジョージに恋愛とは何かを教えてくるわ」

『そうしたいのは俺もやまやまだけど、きっと徒労に終わる』


 ……確かに。あの鈍ちんジョージのことだ、のほほんとイラつくぐらいの笑顔で「そうなの?」とか聞いてくるに違いない。


「……何か想像したらムカついてきた」


 このストレスをどうしてやろうか、と考えていると、ミーシャが外に出ていくところが見えた。ーーしかもジョージと一緒に。


『……どうやら上手くいったようだな』

「ズィータ、お前……」


 俺の言葉にズィータはグッと親指を立てた。


「グッジョブ!」


 そう言って俺も親指を立てる。


「何か進展あるといいな」

『そうだな』


 同じ勇者としてミーシャには幸せになってほしい。……きっとズィータも同じ気持ちだろう。


「早くジョージたちが」

『円満にくっついて』

『「お店に平穏が戻りますように!」』


 ミーシャがジョージに惚れて以来、あいつはジョージの前では全く使い物にならない。そしてそのツケはというと、いや全ては語るまい。

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