前途多難なレコンシリエーション3
下へ向かうと、テーブル席が左右にどかされて出来たスペースに人が集まっていた。
店の外ではズィータが結界を張っている。
「ミーシャ! そろそろ結界が破られる!」
店のドアを開けてアルファが叫んだ。ミーシャが「もう少しだけ堪えて!」と間髪入れずに答える。
「おい、あれハーピーの群じゃないか……?」
ざわざわと騒ぎ出す店の中で、一人の男性がそう言うのが聞こえた。
その声に答えるように別の人が口を開く。
「ハーピーは他愛もないイタズラはするけど、滅多に人に危害は加えないはずなのに……」
「でも一度怒らせちゃうと大群で攻めてくるのよね……」
怒らせると、という言葉に先程の柄の悪い男性の肩が分かりやすく震えた。それを見つけたアルファが「おい、お前何か隠してんだろ」と男性に近づく。
迫ってくるアルファに、男は「何でもねぇって!」と暗幕で包まれた何かを背後に隠した。
「怪しいんだよ! さっさと見せろ!」
「あっ!」
アルファが男からそれを奪い去る。中から姿を現したのはハーピーの子供が入った鳥籠だった。怪我をしているのか、翼の付け根から出血している。
「おい……、お前……!」
「ひぃっ!」
鬼のような形相のアルファに、男は震え上がった。ミーシャが「ハーピーは狩猟を禁止されているはずですよね?」と冷たい声で問いかける。
「たまたま狩れたんだから、問題ないだろ! 事故だよ、事故! これは俺んだ!」
鳥籠をアルファから取り上げた男は、大事そうに両手で包んだ。檻の中でハーピーが高い声を上げると、外での攻撃がいっそう激しくなった。
「ハーピーの母親は子供に強い執着を示し、それを害するものを集団で襲います! 早く返してあげてください!」
「嫌だね! あんたらがハーピィの群をみんな殺せばいい話だろう!」
「犠牲者が出るんですよ!?」
「それはあんたらの力量不足だ! そうならないようにも早く俺らを転移してくれ!」
「そんなことしたら町に被害が行くだろうがよ! 馬鹿野郎!」
店の中で騒ぎが大きくなる。途端、外でバリィィン! と鏡が割れるような甲高い音がした。アルファが焦ったように叫ぶ。
「結界が破れた!」
ドゴォォン! と爆音が外で何度も響く。きっとズィータが一人であの大群を食い止めているのだ。
「きゃあああっ!」
店の壁を破って入った来たハーピーが近くの一般人にその鋭い鈎爪を向ける。
「くそっ!」
一般人とハーピーの間に、アルファは素早く滑り込んだ。愛用の大剣で攻撃を見事に防ぐ。
「ほら! 時間がない! 早く転移してくれ!」
焦った男性がミーシャの肩を強く揺すぶる。
「や、やめて下さい!」
「いいから早く魔法で俺たちを救ってくれよ!」
「勇者でしょう!」
ミーシャが拒絶を表すも、パニックに陥った人々は意に介さない。続々とハーピーが店に乗り込んでくる中、アルファと戻ってきたズィータが戦闘を続けていた。
その時、バキバキッ、と嫌な音が天井からした。
「! 店が……」
度重なる攻撃に店に限界が来ているようだ。その大きな音に怯えた籠にいるハーピーが鳴き声を上げる。
「!」
その声に一匹のハーピーが強く反応した。そのまま籠の持ち主である男性を大きな瞳に映す。
「ひ、ひぃっ!」
怯えた男性は咄嗟に籠を隠すように抱えてしまう。ーーそれが引き金になった。
「ーーーーッ!」
「うわぁあああ!」
怒りの声を上げてハーピーは男に襲いかかる。男は恥もなくその隣にいたミーシャの後ろに隠れた。先程のやり取りに気を奪われたミーシャは突然のことに反応しきれない。
世界がスローモーションに見えた。
煌々と鈍い光を放つ刃が
ミーシャの細い体を狙ってーー
「ーーーあ」
「危ないッ!」
気付けば僕はミーシャを突飛ばしていた。ザシュッ! と肉を裂く音が肩から発せられる。
「ジョージさん!」
ミーシャの叫び声が木霊した。ハーピーの攻撃はまだ終わらない。でも、僕には彼女の気持ちがよく分かる気がした。
ーー大切なものを、守りたいだけなんだ。
見れば彼女の体は僕なんかより傷だらけだった。きっと彼女が籠のなかの子供の親だ。
「ジョージに何してんだ! オラァ!」
彼女の後ろからアルファが大剣を降り下ろした。死角からの攻撃にハーピーは気付くのが遅れてしまう。
駄目だ! 咄嗟に思うも、僕ではその斬撃を止めることはできない。どうして……。どうして僕には力が無いんだ!
『ジョージなら大丈夫だよ』
「!?」
バッチが鋭く光り、トーラの声が頭に響く。
『ジョージなら、その証を正しく使える』
何のことだろう、なんて考えている暇はなくて。
思考より先に、身体が動いていた。
『あなたに、力を』
「止まれぇぇえええええええーーッッッッ!」
バッチから放たれた眩い光が辺りを塗りつぶす。
強く、強くーー祈りを乗せて。
+++
「はぁ、はぁ……」
訪れたのは、痛いほどの静寂だった。
あれだけ騒いでいた民間人も、激しい戦闘をしていたみんなと魔物たちも、呆けたように動くのを停止している。
「何で……」
静寂の中心に立ちすくむ僕は、震える声で叫んだ。
「どうしてみんな分かり合おうとしないんです!?」
一度口を開けば、自分でも驚くくらいの怒りとやるせなさが溢れてくる。一つに集まる民間人に、僕は怒鳴った。
「あなたたちはいつだってそうだ! 勇者だから、魔物だからと言って理解を拒み、自分の価値観を人に押し付ける! それが数え切れない悲しみを生み出していることが分からないのか!」
そしてアルファたちに向かっても叱咤する。
「君たちだってそうだ! 勇者であることを理由に他者と自分への思い遣りに欠けている! 世界は君たちが思うほど単純なものじゃないんだ!」
何をしているんだろう、自分は。もっとすべきことがあるというのに、頭がうまく回らない。
「みんな、もっと……。もっと寄り添って生きるべきなんだよ……」
ポツリと溢した言葉に、「店長さん……」と男性が顔をあげた。
「俺が間違ってたよ……、ごめん」
そう言って彼はハーピーの入った籠を僕に渡す。僕はその鍵を外し、ハーピーの子供を手のひらに乗せた。
なすがままになるハーピーは、僕の目をまじまじと見ると、一度だけ「ピイ」と鳴いた。
「僕たち人間が、あなたの大切なものを傷つけ、あなたから遠ざけてしまったこと、心から謝ります」
親ハーピーの元に子供を差し出すと、彼女はつぶらな瞳で僕を見つめ、それから鈎爪のある指をを優しく操って受け取った。ピイピイと鳴く我が子を舐めて彼女は愛情を表す。
「君も、怖かったろう。ごめんね」
子供ハーピーに話しかけると、ピイピイと手招きをされる。
「?」
誘いのままに顔を近づけると、鼻を横に分けるように鋭い痛みが走った。
「これで許してあげるわン」
「!?」
突然の痛みと、そして何より彼女が喋ったことに、僕は二重の驚きを呈した。
「え、えぇ……?」
唖然とする僕に親ハーピーがケラケラと笑う。
「アラ、人が話すなら私たちだって話すわン」
そうして鼻に出来た真新しい傷を彼女は一舐めした。
「いたっ!」
「ハーピーの友好の挨拶よン。アナタ面白い心してるワ」
ふっ、と優しく笑ってから、親ハーピーは後ろの男性を見やる。
「今日はこの人に免じて命は助けてアゲル。次にやったら容赦はしないワ」
そう言うと、彼女は踵を返した。
「サヨウナラ、異世界の来訪者。面白いお店もあったものねン」
「オジさんサヨナラ~」
+++
バサッバサッとハーピーたちが森に帰ってゆく音が遠くに響く。
「お店、また壊れてしまいましたね」
「ミーシャ……」
あの後一般人の人々は無事に町に転移され、店に残るのはいつものメンバーだけになった。
西日に横顔を照らされるミーシャの顔はいつもより元気がない。無理はないだろう。セクハラされた挙げ句に馴れない衆前に立たされたのだから。
「ジョージさんには迷惑かけてばかりですみません。やっぱり駄目ですね、私……」
「今日は色々なことがあったから、疲れているんだよ。今夜はゆっくり寝た方がいい」
「違うんです! 私……!」
焦ったように口をパクパクさせる彼女に、僕は押し黙った。言葉を必死に探す彼女の瞳が、僕の肩に吸い寄せられる。
「……傷、ごめんなさい」
「これは……僕が勝手にやったことだから」
「でも、私がもっとしっかりしていれば……!」
「いいんだ」
制服のスカートの裾を強く握り締める彼女を、僕は抱き締めた。その際に肩の傷が痛むが、それはこの際我慢だ。
「泣いていいんだよ、ミーシャ」
「うっ、うわぁぁああん…………!」
張り詰めていたものが切れたように、彼女は泣きじゃくる。勇者として今までを生きてきた彼女には、このように弱さを見せられる相手がいなかったことだろう。そんな中で自分が何か失敗する度にただ自分を叱咤し、他人との関わりをいつの間にか拒絶するようになった結果が、彼女の悪癖なのかもしれない。
勇者とは言え、彼女はまだ若い。……それはもちろん、アルファやズィータにも言えることだった。
いつか幼い勇者たちが真の意味で世界に立ち向かえる日が来るまで。
彼らを支えてあげられる場所にこの店がなれたなら。
そう、思った。
次は番外編を挟んでの本編になるかと。