前途多難なレコンシリエーション1
Reconciliation 和解
ヴゥゥン、と魔力の消滅する音が尾を引き終わると、僕たちは店の前にいた。
「転移魔法って便利だねぇ」
魔法を始めて一分と経たないうちに、馬車で何時間もかかる道程を移動したのだ。僕は感嘆の声を漏らした。
「こんなに便利なら、町のみんなももっと使えばいいのに」
馬車の窓から見た景色では、一般人の移動手段は主に徒歩、馬車、小舟が基本で、あまり魔法は出回っていないように思えた。
「一般人に転移魔法を扱うのは難しいと思いますよ」
僕の疑問に答えたのは『詠唱の舞姫』の二つ名を持つ少女、ミーシャ・エレスペルだった。転移の際に乱れた薄紅色の髪を直しつつ、彼女はその形の良い口を開く。
「転移魔法は魔力も沢山必要ですし、何より歪めた時空の再結合が難しいので」
「……えっと……?」
さらさらと紡がれる説明に僕は全くついて行けなかった。それに気付いたミーシャが「つまりですね」と説明を付け加える。
「下手に転移魔法を使おうとすると、時空の歪みに巻き込まれて意図していない場所に出てきてしまったり、逆に異空間から出られなくなったりするんですよ」
「それは思ったよりも危険な魔法だね……」
『でも俺たちが使う分には問題点ないですから』
「そーそー。才能が無いやつは使うなって話だからな」
ミーシャの説明に恐がる僕とは対照的に、『終焉の言霊使い』ことズィータ・ラングーストと『開闢の魔法戦士』ことアルファ・ソルジークは平然としている。
彼らの様子からも、勇者と民間人の間には深い溝があるということが分かる。いつかはみんなが分かり合える日がくればいいのだけれど……。
『俺たちはここで何をすればいいんです?』
ズィータの言葉で僕は我に返った。見るとズィータだけじゃなくて、二人ともじっと僕の顔を見ている。
「店に行ってしばらく帰ってくんなと言われたきりだからな、俺ら」
「何となくすぐには終わらない仕事なんだろうなとは思うのですが、正直見当もつきません」
「そうだったのか……」
アルファとミーシャの言葉に僕は頭を押さえた。アムダさん……あなたって人は……。というか、仕事の内容も聞かないでやって来ちゃ駄目だろう、普通。
「君たちにはこのお店の手伝いをして欲しいんだ」
『俺たちが』
「この店の」
「お手伝い、ですか」
僕の言葉を交代で復唱する勇者たち。そのままお互いに視線を飛ばし合うと、口々に意見を言った。
「ずばり、近くにいる魔物の総退治ですね!」
『それとも邪魔な木々の全伐採の依頼ですか?』
「いや、ライバル店を物理的に潰してこいって話だろ?」
「違うよ!? 何でそう何かを消すのが前提なの!?」
『「「なん……だと……?」」』
「物騒だね!? 君たち!」
ぜーぜーと肩で息をする僕に、彼らは「じゃあ何を……」と言いたげな瞳を寄越した。
「君たちには普通にお店の従業員をして欲しいと思ってるんだ」
「私たちが……」
「普通の……」
『従業員……』
「そう。食材の搬入とか、厨房で調理とか、お客様と対応とか……とにかく普通に働いて欲しいんだよ」
分かった? と念を押すけれど、返ってくるのは引きつった顔と無言の間。
「あ、あのぅ?」
「むっ無理です! 私には無理ですぅ!」
堰を切ったようにミーシャが喋り出した。
「みんなが普通にやるようなお仕事なんて、私には荷が重すぎるんです! 考え直して下さい!」
「ええええええ!?」
ガクッと崩れ落ちて泣き出すミーシャ。泣くほど嫌なの!? 驚きを隠せない僕にアルファが畳み掛ける。
「大体俺たちが接客なんてしてみろ! 世界が滅ぶぞ!」
「うっそぉ!?」
彼らだけじゃなく世界の危機だとでも言うのか。憤慨極まるアルファの代わりに、ズィータが前に出た。
『ジョージさん……』
「ズィータ……」
『……信じていたのに』
「えっ、これ僕が悪役になるんだ!?」
『俺たちは勇者ですよ!?』
「勇者だからって何!? 勇者って何!?」
前髪の奥に覗く瞳は悲しみに濡れている。僕も年甲斐なく泣きたい気分だ。どうしよう……、と途方に暮れていると、突然空から光が降ってきた。
僕の目の前にやってきたそれは、ふっと音となく消えてしまう。
『やぁやぁ、お困りだね? ジョージくん!』
「うわぁ!?」
突然どこからともなく声が響いた。
『まったく、君たちは争い事に事欠かないね』
「!?」
いきなり現れた声に僕は驚いた。他の三人も同様のようで、辺りをキョロキョロと見渡している。
『ジョージくん、ポケットポケット』
「え? あ、はい」
謎の声に言われるまま僕はポケットをまさぐる。『あ、それ。それ取り出して』との声に従い外に出たのは、アムダさんから貰ったピンバッチだった。
『もう、ずっとポケットに入っていたから外の景色が見えなくて退屈だったのだからね』
ヴゥンとバッチから、アムダさんの小さな幻影が写し出される。映像のアムダさんは人差し指を上げて僕に言った。
『次からこのバッチは常に襟に付けているか、お店のなかで一番見通しの良い場所に保管しておくこと。いい?』
「は、はい」
「つーかお前、何しれっとしてんだよ!」
僕とアムダさんの会話に割り込んで来たのはアルファだった。王様をお前呼ばわりするあたり、やっぱり勇者なんだなと変なところで感心してしまう。
「聞いてねーぞ! こんな話!」
『そもそも聞かなかっただろう。人のせいにするのはよしなさい』
「ぐっ……! だからって、こんなことあるか!」
アムダさんの言葉にアルファは言葉を詰まらせた。まぁ、アムダさんが相手だからなぁ……。アルファを丸め込めたアムダさんは次に泣きじゃくるミーシャとそれを宥めるズィータの方向を向く。
『ミーシャもズィータも予想外のことで驚いているかもしれないけれど、引き受けたからにはきっちり終わらせてくること。いいね?』
「でもぉ、私無理ですぅ……」
嗚咽混じりにミーシャが苦情を言った。アムダさんは『やれやれ』と溜め息をつく。
『何事もやらないで決めつけるのは良くないことだよ、ミーシャ。それにこれを通じて君の悪癖も直るかもしれないだろう?』
「うぅ……」
悪癖、という言葉にミーシャは目に見えてしょぼくれる。続いてアムダさんは口を開いた。
『去年一年でかかった修繕費用、よもや忘れていないよね?』
「……分かりました」
最後の一言が決め手になり、ミーシャは弱々しくも頷いた。
『ズィータも、君らしくないんじゃない?』
『アムダ王も、あなたらしくない決断だと思いますが』
バチバチと両者の間に火花が散る。ズィータの瞳の強さはアムダさんに引けを取らない。僕たちが固唾を飲んで見守る中、ついにアムダさんが口を開いた。
『散髪』
『必ずや完遂させます』
「早っ!」
めっちゃ早かった。二人の比じゃなかった。ズィータ……そんなに散髪が嫌なのかな……。
『良かったな、ジョージくん。これで従業員確保できたじゃないか』
「ありがとうございます……」
多少、というかかなり強引な手段だったけれども。それでも事態がまとまったことには変わりがない。……凄く恨めしそうな顔で見られているが。
『みんな、ジョージくんの言うことをよく聞くように。バッチを通して見ているからね』
アムダさんの言葉に三人は渋々ながらも頷く。
「ははは……」
対する僕は苦笑いしか浮かべることができなかった。早くも勇者たちの信頼が崩れ落ちる音が聞こえてくるようだ。
「これからよろしくね……」
彼らと分かり合える日は果たして来るのだろうか。気づけば森の奥に夕日が沈もうとしていた。