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大材なれば用為し難し2

「穣治、どうしても聞き分けてくれないの?」


 香り豊かな湯気が立ち込める厨房で、お袋は困ったように聞いた。


「……ごめん。どうしても自分の店を持ちたいんだ」

「お店って……うちだって立派な料亭でしょう?」

「うん。そう思うよ」


 僕は厨房の壁を撫でながら言った。生まれてから今まで慣れ親しんだ感触だった。お袋は肩に担いだ荷物を諦めのついた瞳で一瞥し、僕を見た。


「もうすぐ杏奈と庵も起きてくるわ。せめて別れの挨拶くらいどうなの」

「あいつらにはこれ以上悲しい思いをさせたくないから……」


 そこまで言ってから、僕は言葉を噤んだ。


「いや、僕が別れに耐え切れないだけだ。ごめん」

「そんな顔するなら、行かなければいいのに」


 無意識に下がった顔をお袋が両手で包んだ。


「心配だわ。穣治ってば、いつまでたってもうちの餡子よりも詰めが甘いのだもの」

「大丈夫だよ。――最後まで心配かけてごめん」

「全くだ、この馬鹿息子が」


 背後から急にかかった声に、僕とお袋は揃って目を丸くした。そこには包みを持った親父がそこに立っていた。


「あなた。今日は朝が遅いと言っていたじゃありませんか」

「そうだよ。だから」


 この日を選んだというのに。その言葉は口にされることはなかった。急に包みを渡されたからだ。


「取っていけ、ドロボー」

「……これ」


 仄かに暖かいそれは間違いようもない、父の作品だった。


「向こうの人に土産の一つもなければ、うちの品格が知れるわ。馬鹿もんが」

「……ありがとう」

「うちの跡継ぎはお前と決めておったのだぞ。技術まで盗っていきおって」

「うん。親父には、色々教えてもらった」

「あんなもの、たったの一部にしか過ぎんわ! 知った風な口をききおって……」


 最後の言葉は震えていた。


「とっととこの家を出て行け。せいぜい世間の厳しさとやらを味わってくるがいいわ! お前なぞうちの餡子よりも甘い甘ったれなのだからな!」


 その言葉に僕とお袋は目を合わせ、笑った。


「それじゃ、もう行くよ」

「行け行け! もう帰って来るな」


 ぷいっと顔を背けた親父の鼻は赤かった。「全くもう」とお袋は親父の背中をさすりながら、優しい声音で別れを告げる。


「正月には帰ってくるのよ。あと体調には気をつけて」

「うん」

「辛くなったら、いつでも戻ってきていいからね」

「うん」

「……お母さんは、待っているからね」

「……っ、うん」


 もう誰もが平静では居られなかった。終いにはお袋も声を漏らして泣き、親父の肩も震えを隠せていなかった。僕も申し訳ないなと思いつつ泣いた。


 ――それは昔々の、とある一人の旅立ちの日のこと。


   +++


「……うん」


 目を覚ますと、そこには模様の凝った天井と絢爛豪華な調度品が映っていた。


「ここは……」


 確か僕はアルファと呼ばれる少年の攻撃で気を失っていたはず。大の大人が子供の一撃で情けないと思うと同時に、手加減されていたとは言え勇者の攻撃を受けて生きていたことに喜ぶべきか迷うところだ。


「勇者って本当に勇者なんだな……」


 感想とも言えない感想を漏らすと同時に、部屋の扉が開いた。


「あ、目を覚ましたんですね」


 やってきたのは白地に緑を基調とした、裾の広がった衣装を着た女の子だった。確か名前はミーシャだったはず。


「いきなりで申し訳ないけど、ここってどこかな?」

「王宮内の看護室です。お体の調子はどうですか?」


 ベッドの近くにあった椅子に座って安否を気遣う彼女に「大丈夫だよ」と返す。少しぐらい体が痛みを訴えてもおかしくない衝撃だったのに、薙ぎ払われたのが嘘みたいにどこも痛まない。僕の言葉を受けてミーシャは「良かった」と安堵の息を漏らした。


「異世界の人にヒーリングを使ったのは初めてだったので、緊張しました。何事も無いようで何よりです」

「え、ヒーリング?」

「はい、ヒーリングです。回復魔法ですよ」

「……まあ、それは知ってるけど」


 RPGは弟がよく遊んでいたから、それなりに知識がある、はず。それにしても寝ている間に僕は魔法をかけられていたのか。それは嘘みたいに体がピンピンしているわけだ。何となく起きていなかったことが悔やまれる。


「肋骨とか折れてて、結構重傷だったんですよ。がっしりとした体つきをしているのに、意外と打たれ弱いんですね?」

「返す言葉もありません……」


 一応打たれ強いほうだと自分では思ってたんだけどなぁ。いや、単純に勇者がそれだけ強いということか。やっぱり起きてなくて良かった。起きてたら絶対痛いもの。


「アルファのこと、怒ってますか?」

「え?」


 顔色を伺うミーシャに、僕は驚いた声を出した。


「その、いきなり失礼なことを言って、しかも気絶させちゃったから……」

「そんな、怒ってないよ」


 御者の様子から彼らがあまりいい扱いを受けていなかったのは容易に想像できるし、そもそも間の悪いタイミングで話を止めにかかった僕にも原因がある。


「あ、でも痛いのは好きじゃないかな」


 怒っていないからといって殴られるのが好きかと言ったらそうではない。自慢ではないが痛いのはかなり苦手だ。昔はよく包丁で自分の指を切って泣いては、親父に「そんなことでいちいち泣くな!」と叱られ更に泣いたものだ。


「? どうかしたの?」


 ぽかん、と呆けた様子の彼女に僕は声をかけた。何か変なことを言ったかな?


「いえ。面白い人だなと思って」

「え!?」


 ミーシャの声に僕は大袈裟に反応してしまった。そのせいで彼女が慌てたように弁解を始める。


「え、あ、いや! 別に変人だなとか、頭おかしいんじゃないかとか、そういうことじゃなくてですね!」

「やめて! 体だけじゃなくて心も打たれ弱いの!」

『ミーシャ、また墓穴掘ってる』


 ガチャリ、とタイミング良く部屋に入ってきたのは濃紺のローブ姿の前髪が長い青年だ。そういえば彼だけ名前を知らないな。


『初めまして。ズィータと言います。怪我の方は大丈夫ですか?』


 ぺこりと控えめにズィータは頭を下げた。手に持った救急箱から察するに、多分包帯を換えに来てくれたんだろう。それにしてもやっぱり礼儀正しい青年だな。僕もそれなりに答えないと!


「うん。お気遣いありがとう」

『いえいえ、こちらこそアルファが不祥事を……』


 尚も頭を下げるズィータに僕も釣られて頭を下げる。


「そんな。あれは僕の不注意もあるから……」

『いえいえ……』

「そんなそんな……」

「いつまでやってるんですか? それ」


 いつの間にか平常モードに戻ったミーシャからツッコミが入る。はっ、つい。気恥ずかしさに苦笑いを浮かべると、それはズィータも同じだったようだ。僕は咳払いをひとつして、本題に入ることにした。


「君たちが僕の店に送られてきた勇者たちで合ってるよね?」

「えぇ。話自体は個別に聞いていますが、そのようですね」

『実際に俺たちが会ったのは店の前でした』

「そうなんだ」


 二人の言葉に僕は頷いた。多分、他の勇者も同じ命を受けていることを理由に誰かが拒否するのを防ぐためのものだろう。アムダさんならやりかねない。何たって『厄介払い兼社会勉強』なのだから。


「僕は(ひら)() (じょう)()、これからよろしくね」


 何はともあれ、元の世界に帰るまでは店で時間を共にするのだ。僕が挨拶すると、二人も順々に返した。


「ミーシャ・エレスペルです。こちらこそお世話になります」

『ズィータ・ラングーストです。精一杯頑張っていきたいと思います』


「あ、ジョージ起きたー?」


 挨拶が一区切りついた時、トーラが現れた。今日は何だかよく人に訪ねられる気がするな。


「何だい? トーラ」

「爺様……じゃなくて王様がお呼びです」


 いつもの口調で話そうとしたトーラだったけど、隣の二人の姿を見て、慌てて口調を直した。何かあるのかな?

 二人を見ると、王様を爺様と呼んでいることに驚いているようで、どうやら表向きにはさっきの口調を隠しているみたいだった。


「うん、分かった。今行くよ」


 ベッドから降りた僕は、二人に「また後でね」と残して看護室を後にした。


   +++


「うちのしょうもない勇者たちが派手にやらかしちゃったみたいだね」


 すまないなと朗らかに笑うアムダさんに僕は「ははは……」と乾いた笑いを返した。


「お詫びと言ってはなんだが、お店の設備をこちらの世界に合うように変えておいたよ」

「? どういうことです?」


 首を傾げる僕にアムダさんは「鈍いな」と口を尖らせる。


「世界が違うのだから設備を動かす動力が異なるだろう。それらの設備を一式こっちの世界風に改造したということ」

「あ、そうか……」


 彼の言葉に納得しつつ、「あれ?」と僕は疑問を口にした。


「朝トーラにケーキを出したときは、冷蔵庫の電気は通ってましたよ」

「あー、それはだな」


 アムダさんは指先で髪をいじくりながら事も無げに言った。


「君が飛ばされてきてからすぐに現状維持の結界を組んでいたんだよ。本来なら機能を停止するはずの器具がそのまま動いたいたのはそのせいだ」

「それは凄いですね」


 そんなことができるなら、わざわざ改造しなくてもいいんじゃないかな?という僕の考えは、次の言葉に過りだと判定した。


「だがあれ組むのにかかる費用って莫大でな。三日間張るだけのお金で豪華な家が庭付きで建てられる」

「そんなに!?」

「そう。だから全部の設備を魔法具に改造した方が安上がりってわけさ」


 寝ている間にかかったであろう費用に僕は目を白黒させた。きっと僕のような庶民には高すぎる金額が動いたことだろう。


「ま、かかった費用のことは置いといて。君に渡しておきたいものがある」

「僕に……ですか」

「ああ。問題児をよろしくと言った矢先だけれど、やはり荷が重いかなと思ってさ」


 そう言ってアムダさんが差し出してきたのは一枚の紙だった。


「まずは店の営業と土地の管理を正式に認める利権書。あと、これ」


 加えて渡されたのは小さなピンバッチ。小麦色に輝く直径三センチほどのそれに描かれた紋様は繊細だ。


「それを持つものに勇者は逆らえない魔法がかかっている」

「……え?」


 物騒な言葉に僕は思わずアムダさんの顔をまじまじと見た。特に変わった様子もなく彼は「この国は他国への勇者の派遣で生計を立てていてね」と言葉を紡いだ。


「それは契約の証と言って、本来は依頼者に一時的に貸す代物だよ。それにかかった魔法の内容も依頼の完遂と依頼者とその周りへの危害防止に留めてある。……だけど君に渡したものは契約というより一種の呪いに近い。彼らが勇者である限り、君の言葉には絶対服従させる力を持っているんだ」

「どうしてそんなものを……」

「言っただろう? 一般人の君に彼らは手に余るからさ。かと言って彼らをあのまま放っておくわけにはいかない。今は従順でも、ゆくゆくは国に害する存在になるかもしれないしーー」


「違います!」


 アムダさんの言葉を僕は思わず遮った。


「どうしてそんなものを作ったんですか!? これじゃあ彼らは道具か何かだ! どうして同じ感情を持った人間として接してあげないんです!?」


 アルファの積年の怒りに混じった寂しさも、ミーシャの純粋な驚きに孕む諦めも、ズィータの礼儀正しく取られた距離に裏打つ悲しみも、きっとこの国は無関心なのだろう。ーーそれが納得出来なくて、僕は激昂した。


 アムダさんは何も言わない。そうして無言のまま、手を挙げた。途端、後ろの扉からトーラとミーシャ、ズィータが入ってきた。


「……これって」


 驚く僕に、アムダさんは申し訳なさそうに言った。


「ごめんね。君を試してたんだ」


 どうやら今のやり取りは聞かれていたらしい。トーラは嬉しそうに、二人は驚きと戸惑いが混じった表情をしていた。


「やはり生意気とは言え大事な国民だからね。任せる相手は選ばないと。……で、どうだった? アルファ」


 アムダさんの言葉に反応して、アルファがズィータの後ろからしぶしぶと出てきた。……ズィータの背が高いこともあって、小柄な彼に全然気が付かなかった。


 気まずそうに目を合わせない彼の代わりに、アムダさんが茶化すように話始める。


「いやぁ、この子ってば自分が怪我負わせたくせに凄い気に病んでてだね! 挙げ句の果てに一般人の下につくのは嫌だとか駄々こねちゃうのよ! ただ単純に気まずいだけだろ! みたいな~!」

「うっせぇ腹黒国王! ちょっとは空気読めよ!」


 唐突に始まったマシンガントークにアルファは真っ赤になって怒鳴る。彼の朱色の瞳が僕を見据えた。


「アンタ、俺たちが怖くないのか」


 偽りを許さない双桙に、僕は少し考えてから正直に答えた。


「……分からない。でも、悪い人ではないと思うよ」


 その言葉にアルファは決まりの悪い顔をした。


「……勇者なんだから、正義に決まってんだろ」

「そうかな?」

「そうだよ。あーもー白けた!」


 居心地の悪さに耐えきれなくなったのか、アルファが跳ねっ返りの強い黒髪を乱雑に掻いた。


「しょーもないこと考えるのはやめだ! 信用できないと思ったときにぶった斬る!」


 ぶっきらぼうに言ってアルファは踵を返す。その姿が廊下に消える寸前。


「だから今だけは信じてやんよ!」


 そう言い残して消えて行った。


「凄い、アルファに認められるなんて……」


 バタン! と勢い良く閉められた扉を見つめてミーシャが呟く。……あれは認められたと受け取っていいのかな? さらっと殺人予告をされたと思うんだけど。


「じゃあ、この話はこれで終わりね。二人とも、アルファを捕まえて外で待ってるように」


 アムダさんの言葉にミーシャとズィータは頷いて、続いて部屋を出た。


「あの、これはどうすれば……?」


 手の中で輝きを放つバッチに戸惑いの言葉を漏らすと、アムダさんは「持っておきなさい」と肩を竦めた。


「それは持ち主が正式な依頼者であることを証明ものでもあるからね。ま、お守りだとでも思ってさ」

「でも……」

「そんな心配しなくても、絶対命令は強く願わない限り発動しないよ」

「それでも、みんなに申し訳ないです」


 そう言ってバッチを返そうとする僕に、トーラは「大丈夫だよ」と言った。


「ジョージなら証の扱いを間違えないから、大丈夫!」

「トーラ……」

「それに、その証を持つことはあの子たちにとっても大切なことだしね」


 トーラに続いてアムダさんが口を開く。


「君はそうではないかもしれないが、あの子たちはまだ心の準備ができてない。この世界じゃ勇者と一般人の間にはそれほどの壁があるのだよ」

「……そうですか」

「そう。だからお守り」


 アムダさんの言葉に、今度こそ僕は頷いた。


「分かりました。お言葉に甘えて」

「こちらこそ、出来の悪い勇者たちをよろしく。あ、あと忘れてたけどこれ、彼らの調書」

「ありがとうございます。…………えぇ!?」


 渡された紙に書かれた内容を見て、僕は目を丸くした。


《国内総合ランク一位》開闢の魔法戦士アルファ・ソルジーク


《国内魔法構築力ランク一位》詠唱の舞姫ミーシャ・エレスペル


《国内魔力ランク一位》終焉の言霊使いズィータ・ラングースト



 ……詳しいことは分からないけれど、彼らがとんでもなく凄いってことだけはよく分かる。


「やはり異世界からの来訪者には相応の勇者が必要だろう。大丈夫! 彼らの能力はお墨付きだ!」

「みんなすっごく強いよ! 普通の勇者の比じゃないくらい!」

「いやいやいや! 能力がありすぎるのも問題ですよ! 僕しがない一般人ですよ!?」

「君を信じてのことだよ」

「厄介払いとか言ってたくせに!」

「大丈夫! 骨は拾うから!」

「トーラ、それ全然大丈夫じゃない!」


 お店、大丈夫かな……。これから始まるであろう異世界での生活に、早くも僕は不安を隠せない。

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