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大材なれば用為し難し1

 ガタンガタン、と馬車が揺れる音は、多少の違いはあれど電車のそれと大差ない。いづれにせよ、定期的な振動は人を眠くさせるのだ。


「………ん」


 衝撃的な目覚ましを受けたとはいえ寝不足なのは変わらない。僕は好機とばかりに目を閉じた。落ちていく思考のなかで、さっきまでのやり取りが思い出される。


「では、何人かの勇者そっちに送り込んでおこう」

「ゆ、勇者!?」


 簡単な自己紹介も終え、帰る僕にさらりと王様(アムダと彼は名乗った)は突拍子もないことを言った。


「ここは勇者が国民の大半を占める国なんだから当然だろう。……言ってなかったか?」


 確かに宰相(彼女はトーラと言うらしい)からはそんな話をきいていたけど、勇者ってそんなに沢山いるものだっけ? いやいや、勇者って呼ぶだけで実際は普通の人かもしれない。


「勇者って……普通の人ですよね?」

「そうだな。普通の勇者だ」


 頷く彼に僕は安堵の溜め息をついたが、それも束の間のことだった。


「魔王倒してー、世界とか救っちゃう、ごくごく平凡な勇者だよ」

「全然普通じゃない!」


 本当に勇者だった。救世主たる器を持つ人のことだった。


「む、無理です! 恐れ多いです!」


 千切れんばかりに首を振るもアムダさんは難色を示した。


「勇者などと言うが道理も知らぬ子供だよ。気にかける必要などないさ」


 勇者相手に何て物言い! よくあるRPGの王様なら絶対に言わないだろう。


「出来れば普通の人がいいんですけど……」

「駄目だ。君は異世界からの来訪者なのだから、ぞんざいに扱うと国の威信に関わる」

「そんな……」


 不安を隠せない僕にアムダさんは「それに」と言葉を続けて言った。


「なまじ大きな力を有するばかりに人から避けられてきた子たちだ。戦いだけじゃない、普通の生活を体験させてやりたい……」


 その言葉に僕は言葉を失った。彼の申し出は国や僕だけの為じゃなく、彼らの為でもあったのか。


「……分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」

「こちらこそ、宜しく頼むよ」


 多少ワガママで気分屋に見えても、やっぱり彼は一国の王様なんだな。よく国民のことを考えている。


「トーラやったな! これで調子に乗ったアホどもの厄介払いアーンド社会勉強先の確保を達成だ!」

「感動が! 台無し!」


 こういう流れになるだろうなという危惧はあったけれども!


「ばんざーい!」

「トーラもそこで喜ばないの!」

「「えぇ~~?」」

「えぇ~~?、じゃありません!」


 ………アムダ王に全幅の信頼を寄せてはいけないと悟った瞬間だった。


   +++


「大変です! 起きてください!」


 切羽詰まった声に揺さぶられ、僕は目を覚ました。見れば馬車の御者が焦ったような顔をしている。


「モンスターがあなたの店の近くを包囲していんですよ! 今すぐ引き返しましょう!」

「も、もんすたぁ?」


 素っ頓狂な声を上げてから、僕はここが異世界であることを思い出した。勇者がいるのだから魔物なりモンスターなりいてもおかしくない。

 狭い窓から覗くと、鳥の上半身に獅子の下半身をした生物(グリフォンかな?)が店のある付近を滑空していた。


「あれはランクAAですよ。一般人の私にはどうにもなりません。勇者を待ちましょう」

「……勇者ってこのように頼られるのか」


 一般人の隠された一面を垣間見た気持ちだ。ってそんなことはどうでもいいか。


「困ったなぁ」

「困りましたねぇ」


 御者の男と一緒に言い合っていると、突然ピシャーン! と雷鳴が青空に響き渡った。


「勇者だ!」


 御者が興奮したように叫んだ。青天の霹靂に続いて轟音がいくつも鳴り響く。


「急いで向かいましょう!」

「え、いいんですか?」

「勇者がいるなら死人は出ませんよ。なら見物しない方が損ってもんでしょう?」


 室内に押し込まれ、鞭打たれた馬が歩を進めていく。


「……なんだかなぁ」


 薄情というかなんというか……。勇者というのも楽ではなさそうだ。

 駆け足で去っていく風景を見送りながら、僕はこれから会うであろう勇者たちを想像した。 


+++


 たどり着いた僕たちを待っていたのは宙を舞う橙色の火の粉だった。


「何が起きているんだ……?」


 煤を撒き散らす大火のさらに上を先程の魔物が飛んでいる。


「何とか間に合いましたな!」


 戸惑う僕とは対照的に、御者は満足そうに言った。


「ほら、あそこにいるの、よく見なよあんたさん!」


 指の向こうには剣を振るう少年の姿があった。群がる犬型の獣を背丈に似付かわぬ大剣で凪ぎ払う様子に御者は感嘆の息を洩らす。


「……まだ子供じゃないか」

「なぁに、勇者に年齢は関係ないよ! ほら、向こうにもいる!」


 反対側には民族衣装を着た少女が舞踊のような華麗さで蜂に似た形をした小さな標的を光の球で打ち落としていた。


「これは運がいい! アルファとミーシャの共闘が見られるなんて滅多なことだからね!」


 感動冷めやらぬ様子の御者に僕は心ここにあらずと言った風に曖昧に頷いた。目の前で繰り広げられる生死を懸けた戦いも、それを娯楽のように観戦する民間人も、すぐには受け止めることが出来ないと思った。

 ぼんやりと何をするでもなく立っていると、急にゴゴゴ……と地鳴りが響いた。


「な、なんだ!?」

「おおっ、始まる!」


 突如、世界が白光に包まれた。失われた視界の中で、魔物たちの断末魔が響く。



 次に目を開けたときには、全てが終わっていた。全身を紅く照らす火炎も、おぞましい姿をした魔物も、朝までは健やかに生い茂っていた木々もーーそしてもちろん僕の店すらも跡形なく消えていたのだ。


「じゃ、あっしは戻らせてもらいますよ。いやぁ、いい土産話が出来た!」


 戦いが終わって興味を無くしたのか、御者はそう言い残して去っていった。なにも残っていない荒野に放り出されるのは嫌だなと思ったけれど、彼を呼び止める気にはならなかった。


 とりあえずいつまでも遠巻きで見ているわけにもいかないだろう。そう思い店があった場所まで歩いていくと、つい先程まで死闘(と言っても彼らの方が圧倒的に強かった)を繰り広げていた少年たちがすでに集まっていた。

 一人はアルファと呼ばれた大剣を携えた少年、もう一人はミーシャと呼ばれた軽やかな衣装を纏う少女。そしてもう一人、物陰からは見えなかったけれど長い前髪で目元を覆った青年だった。


 彼らは僕の姿を認めると、こそこそと何かを小声で言い合い、短い談義の末にミーシャが「あのう」とおずおず話しかけてきた。


「もしかしてこのお店のオーナーさん、ですか?」

「ええ……まぁ」


 その答えに三人とも「しまった」とでも言いたげな表情になる。中でも焦ったのはミーシャだった。


「すみません! 破壊するつもりは無かったんです! ちょっと戦闘が激しくなっちゃって!」

「だ、大丈夫だよ。落ち着いて」


 宥めようとするも、彼女は完全にパニックに陥っていた。


「ここのところ雑用ばかりやらされていたから鬱憤溜まっててヒャッホー! とか浮かれてお店のことすっかり忘れてた訳ではなくてですね! はい!」

「あるぇー?」


 思わぬ告白に僕は心が折れそうだ。


『ミーシャ、墓穴掘ってる』


 あわあわと平常心を失っている彼女を諫めたのは先程は見えなかった青年だった。彼の言葉の代わりに宙に金色の文字が漂う。……これ、何で出来てるんだろう? ふよふよと浮いている言葉に僕はそんな疑問を思った。


『お店、今すぐ直します』

「え、そんなすぐに直せるものなの?」

『俺たちにかかれば』


 瞳の隠れた彼の顔が緩やかに微笑を浮かべる。何だか謎の多そうな子だけど、いい人なんだなと思った。


「つーかアンタが空気読んで俺たちが証拠隠滅した後に現れればよかったのに!」


 今まで話を聞いていたアルファが憮然とした様子で言った。


「アルファ! ミスしたのは私たちでしょ!」

「はっ! どうせ俺たちがいなきゃ十秒と生きられない連中だ。少しぐらい日頃の恩を返してくれてもいいじゃんかよ」

『そんな言い種は良くない』

「はぁ!? 何だよ一般人の前だからっていい子ぶりやがって!」


 二人に責められてアルファはますます不機嫌になっていく。このままじゃ喧嘩が始まりそうな雰囲気だ。


「大体お前らだってーー」

「ストップ!」


 その台詞を言わせてはならないーー瞬間的にそう思った僕は、彼と二人に割って入った。しかしそれが引き金となったのか、アルファは「うるせぇ!」と激昂した。


 同時に襲いかかる横凪ぎの圧力。自分が彼の剣に弾かれたのだと理解したのは砂利だらけの地面を滑り終わる頃だった。


「アルファ!」


 悲鳴にも似たミーシャの声。すぐに『大丈夫ですか!?』と青年に抱き起こされた。向こう側に見えるアルファの顔は自分が犯したことに後悔しているようで。


「気に、しないで……」


 掠れた自分の声はちゃんと彼に届いただろうか? 僕は意識の白濁に抗えずに目を閉じた。……何か格闘技とか習っておけば良かったなぁ。

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