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乳母日傘のセイヴュアー9

 風の聖霊の加護を受けた僕たちを避けるように突風が横を凪ぐ。トーラの突き出した鱗を頼りにしがみつく僕らの下を物凄い速さで景色が通り過ぎて行った。


「見て、ジョージ……闇カラスがあんなに沢山」


 前に座るマティがとある一角を指差した。遠目から見える黒い粒子たちは、よく見れば一匹一匹のカラスだった。


「あそこにアルファがいるよ」


 トーラが迷いなく言い切った。魔物である彼女に見える景色は僕には分からない。


「何であそこに集まっているんだろう……」

「強すぎる光は同時に大きな闇を引き寄せるからでしょ」


 僕の言葉にマティが小さく答えた。その表情は苦虫を噛み潰したように渋い。


「マティは、どうしてついてきたの?」

「……はぁ?」


 アルファは魔物を好ましく思わない。お世辞にもマティとの折り合いがつくと考えられなかった。それに魔物に襲われる恐怖は先日に体験したはずである。

 マティは不快そうに顔を歪め、言いにくそうに口を開いた。


「そりゃあ、本音を言えば僕だって行きたくないよ。恐いし。でも、分かるんだ。癪だけど」


 そう言って視線を黒く群がられた、荒野へと突き出す岬へと向けた。


「勇者の本能ってやつーー僕こそがあそこに行かなきゃいけない」


 揺れる金髪から覗く琥珀色の瞳が激しい光を湛える。一般人でしかない僕は黙るしかなかった。


「ジョージこそ、何でそこまで僕たちはに入れ込むのさ」

「え?」


 彼女の煌めく猫目が僕を捉えた。


「過ぎた力の側にいたって厄を貰うだけでしょ。遠巻きから恩恵だけ受けるのがあんたみたいな取り柄のない一般人の常套手段だ。それこそ勇者の素質のある子供をヒロニクルに認められるまで育てきれない奴らは、自分の安全のために平然と赤子を森に捨てる」

「……マティ」


 語られる過去の暗示に僕は何て返すか少し迷ったけれど、本音を言うことにした。


「大した理由があるわけじゃないんだ。ただ、人が困っているのを放っておけないだけで」

「相手は勇者だよ?」

「勇者も魔物も関係ないさ。……そうだな、きっと僕は」


 低い位置を漂う雲を抜け、視界が晴れる。差し込む陽光に目を細めながら、僕は口を開いた。


「いつの日か人々が種族の違いなしに笑い合える時を夢見てるのかもしれない」

「……前々から思ってたけど」


 堪り兼ねたようにマティが呆れた声で言った。


「ジョージって見た目の割りにセリフがクサいよね。老けて見えるよ」

「はは、違いないや」


 彼女らしい辛辣な突っ込みに僕は苦笑した。トーラがタイミング良く口を開く。


「……そろそろ降りるね」


 高度が段々と下がっていき、目的地が大分はっきり見えてきた。


「アルファ……」


 不安と焦燥感に僕は思わず呟いた。向こうの空は暗く淀んでおり、何かの前兆のように思われる。それでも僕らは迷わず岬の先にある洋館らしき建物へと向かった。


「ジョージ、心の準備は出来てる?」


 茶化すようにマティが言った。……その握り拳は小刻みに震えている。


「大丈夫だよ。神経の太さだけが取り柄だからね」


 茶目っ気たっぷりに、僕は笑った。


 +++


「はぁっはぁっ……」


 これで何体目だろう? 肩で息をしながら俺は頬についた返り血を拭った。ぞろぞろと湧いてくる魔物たちは留まるところを知らない。

 度重なる連戦で体は重く、もともと全快していなかった魔力は今にも底をついてしまいそうだ。それでも不思議と自分なら目の前に広がる無数の魔物を全滅できる気がした。


「っ!」


 視覚からの攻撃に俺は咄嗟に大剣でガードする。しかし、それが迂闊な行動だった。突如脇腹に激痛が走った。


「くっ……!」


 痛みに顔を歪めながらも俺は自分に一撃を食らわせた魔物を燃やして灰に変えた。耳にタコができるんじゃないかと思うほど何度も聞いた断末魔が再び廊下に響く。


「くそっ」


 すぐに治癒の魔法を傷口に当てて治すがどうやらさっきの一撃で体内に毒が入ったらしい。ピリッと体が痺れて動きが鈍い。今を狙え、とでも言うように魔物の中の一匹が吠えた。一斉に飛びかかるそいつらの攻撃に避ける隙はない。だが――


「舐めてるんじゃねぇ!」


 身体能力を魔力で底上げし、剣を振るう。自分を球の中心として、その範囲に入った者を切り刻むイメージで。ドクン、とキャパ超えした動作に心臓が高鳴った。耳鳴りは周りの音をかき消す程に強く、目が鬱陶しいくらいにチカチカする。それなのに俺は今最高に気分が良かった。飛び散った肉片のクセになりそうな匂いにゾクゾクと背筋が震える錯覚を覚える。――今なら、きっと何でも出来る気がした。


 その時、爆音と共に天井が吹き飛ばされた。


「……?」


 良いところなのに。そんな思いを胸に緩慢な動作で俺は頭上を見上げた。開けた視界にあの日と変わらない曇り空が映る。


「アルファ、そこまでだよ」


 後ろからかかったのはトーラとか言った宰相の声だった。エプロンの外された制服姿の宰相の、いつもはどこか緩いはずの声がどこか緊迫さを孕んでいる。彼女の鋭い眼光に押されてか、魔物たちが遠くの闇へと下がってしまう。


「アルファ! 大丈夫!?」


 宰相の後ろからかけられたジョージの大声が耳に響く。その隣にはとんだ腰抜けの聖霊使いもいやがる。


「うるせぇなぁ」


 俺は不機嫌を露わにして顔をしかめた。せっかく高ぶっていたテンションが一気に白けた気分だ。放たれた俺の言葉にジョージが衝撃を受けました、みたいな顔をする。


「今さ、いいとこなんだ。話は後で聞くよ」

「その体で一体何をするつもりなの」


 すかさず宰相が口を挟んだ。本当に口うるさい……その首を今すぐに跳ね飛ばしたいぐらいだ。でも少し我慢したほうが後のお楽しみは格別なものになるから。俺はいづれくる遊戯に心を躍らせながら、笑みを浮かべて言った。


「殲滅さ。この世界の全ての魔物を俺が殺すんだ」

「っ! 狂ってる!」


 抑えきれなくなったのか、大して実力もない精霊使いが叫んだ。「そんな……」とひどく悲しそうな顔をして隣のジョージが呟く。おい、何だよその顔。まるで俺が間違っているとでも言いたそうだな。


「アルファ、もうやめるんだ」


 意を決したようにジョージが口を開いた。手に持った小さなバッジが、癪に障る光を放つ。……また俺はそんなちっぽけなもんに膝を折るのか? よぎった考えに俺は吐き気を覚えた。


「邪魔すんじゃねぇ!」


 怒号と共に斬撃を放つ。袈裟懸けに叩き込まれるはずのそれはジョージの直前で防御壁によって阻まれた。咄嗟に張られたそれは宰相によって発動された魔法であるということに気づくのにそう時間はかからなかった。


「依頼主に刃を向けるなんて、どういうつもり?」

「……やっぱお前から殺すわ」


 溢れる苛立ちに舌打ちを一つして、俺は剣を構えた。突如、宰相の後ろから突風が吹く。


「アルファ、ほんとアンタってダサいよ」

「マティ……」

「トーラ退いて、ここは僕が相手になる」


 手に携えるのは身長ほどある槍だ。どこから、と思うと同時に、精霊使いの背後に佇む風の精霊が見えた。なるほど、あの槍は精霊の力を具現したものってわけか。


「マティ、本当お前ってウザいな」


 何でもかんでも精霊や魔物に頼りきりで。勇者のくせに、居場所を持っている。


「いい加減操られてる自覚持てよ、馬鹿ッ!」


 まっすぐ突き出される刃。速さは精霊の力を借りているだけあって大したものだが、扱う人間がいかんせん弱い。


「お前こそ自分が弱っちいことの自覚持てよ」


 横に流してその小さな背中に剣を振るう。しかし、それが手応えを感じることはなかった。いきなり現れた盾がそれを防いだからだ。


「ちっ、どこまでも……!」


 再び出される突きを避け、俺は距離を取る。精霊使いの後ろには風の精とともに水の精が現れていた。あの一瞬で水の精霊までも呼び出しやがったのか。


「僕は弱い。……でも僕は独りじゃない」


 槍を構え直した精霊使いに降り注ぐようにして、今度は炎の精霊の加護が付加される。


「はぁっ!」


 熱風を纏った攻撃はそう容易く止められない。そう悟り、俺は咄嗟に地面を魔法で迫り上げた。気を取られた精霊使いの一瞬の隙を突いて懐に飛び込む。しかしまたもや剣撃は届かない。いくつもの亀甲の形をした可動式パネルの盾は思ったより厄介だ。


「今度こそ恐怖に負けないよ。僕が、あんたを止める」


 対峙する精霊使いの瞳は、昨日とは別人のように確固たる意志を持っている。何がこいつをそこまでやる気にさせているのか、少し興味が湧いた。


「面白ぇ、やってみろよ」


 目の前に立ちはだかる勇者に、俺は好戦的な笑みを浮かべた。


勇者だって人の子だから、闇落ちぐらいするよね(真顔)

次で最後。その次で後日談です。

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