表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/21

乳母日傘のセイヴュアー8

「ジョージ、おっはよ~」


 そんな掛け声と共にお昼頃に現れたのはトーラだった。


「おはよ、ジョージ」


 彼女のプロポーションの良い身体の後ろからマティの金髪が覗く。


「もうお昼だよ二人とも。それより、マティは来てもいいの?」

「あそこはつまんない! 友達も呼んじゃ駄目って言われたし、だったらお店来た方がマシだよ」

「そっか……」


 何とも理由がマティらしい。苦笑いを浮かべる僕にトーラが豊満な胸を張った。


「マティは私が様子見るから大丈夫だよ」

「よろしくね、トーラ」

「うん。よろしく~」


 きゃっきゃと姉妹よろしく二人はじゃれあう。まぁ、この調子なら大丈夫かな? 昨日の今日だから、お店はあまり人がいないし。


「そういえばジョージ、いつも襟についてるバッジはどうしたのさ」

「あぁ、あれね……」


 僕は小さく笑みを浮かべた。


「しばらく身につけないことにしたんだ。今はカウンターの奥の方に飾ってあるよ」


 僕の言葉にトーラは「それって私のせい、だよね」と顔を曇らせた。「気にしないで」と僕はトーラの肩を叩く。


「トーラは悪くないよ。これは僕の我が儘だから」

「うん……」


 僕の言葉にトーラは曖昧に頷いた。依頼主が携帯を許されるあの金色のバッジは、実のところトーラの力を使う際の媒介になるものらしい。つまり実質彼女が全ての勇者を従える力を持っていることになる。ただ彼女も無制限にその力を使えるわけではなく、いわゆる『絶対命令』はトーラと依頼主の二人三脚で使用される力なのだ。昨日、予期せぬ命令を発して動揺する僕にトーラはそう説明した。


『ジョージの体に干渉して、強引に力を使わせてもらったの。そうしないとマティが危ないと思ったから』


 バッジを身につけていない限り僕は『絶対命令』を発動することはできない。彼女を責めるわけではないが、バッジを店に飾ることにしたのはそういう意味もあった。


「昨日の事件、どこまで分かった?」


 僕は話題を逸らすため口を開いた。「えっと、うんとね」とトーラも明るい口調で返事をする。


「何もわかってないよ!」

「分かってないんだ!?」


 トーラの言葉に僕はずっこけた。トーラの隣にいるマティも「無駄にバタバタしてたもんね」と他人事みたいに言う。


「それでいいのかなぁ?」

「ま、僕たちが気にしてもしょうがないんじゃない?」

「そうだよ~、きっと何とかなるよ」

「マティはともかくとして、トーラはもうちょっと危機感持ったほうがいいんじゃないかな……」

「えへへ、半分冗談だよ」

「え?」

「それどういうことさ、トーラ」


 はにかむトーラに僕は聞き返した。半分冗談ってなんだろう。マティも首を傾げている。


「本当は目星くらいはついてるの。でも国家秘密に指定されているから詳しくは言えないんだ。確証もないしね」

「そうだったのか……」

「回りくどい言い方するなぁ、もう」

「ごめんね」


 トーラは小さく笑ってむくれたマティの頭を撫でた。「ちょっとやめてよ」とマティがトーラの白い手を引き剥がす。そんなやり取りをする二人の姿は本当の姉妹みたいで見ているこっちが癒される気分だ。……しかし、本当にトーラって抜けていそうな見た目の割に仕事ができるんだなぁ。そろそろ僕の方でも認識を改めておかないと。


「それじゃあ二人とも着替えておいで」

「「はーい」」


 元気よく返事をして控え室へと向かう二人を、僕は暖かい気持ちで見送った。


 +++


 勇者となった俺を待っていたのはひたすら何もない孤独だった。

 勇者は正式に勇者と認められた時から故郷との縁を絶たなくてはいけない。それは一つの地域が勇者の独占を図ることの防止でもあり、ヒロニクルが勇者を各国に派遣する際のトラブル防止でもある。

 どんなことがあっても、あんたは私の息子だよ――母さんがあの時、どんな思いで言ったのか真の意味で理解するのにそう時間はかからなかった。俺はもう使者が文書を持ってきたその時から、村の一員ではなかったのだ。さらに言えば、俺は一般人が関わりを持っていい存在ではなくなっていた。

 昨日まで一緒に遊んでいた友達も。干した果実をおやつにくれる向かいのおばあさんも。井戸の近くの自慢話が長いおじさんも。もう誰も俺と目を合わそうとしなかった。下手に関われば要らぬ疑いをかけられるから。運が悪ければ知恵の働く上級の魔物に俺をおびき出す囮とされかねない。

 俺の故郷は一瞬で冷たい異質なものへと変わった。――いや、変わっていたのは元より俺の方だったのかもしれない。でもそんな中で、変わらないものも確かに存在した。


「おかえりなさい」


 扉を開ければ以前と変わらない声が出迎えてくれる。足元ですっかり大きくなったルナが甘えるように擦り寄ってきた。


「ただいま」


 俺は城から支給された訓練用の模造大剣を壁に立ててルナを撫でた。銀色に輝くルナの毛はいつ見ても月みたいで綺麗だ。額に三日月のような傷が残っているのは、血まみれで倒れていたあの時の名残である。


「訓練、辛くない?」

「平気だよ」


 母さんの心配そうな声に俺は笑顔で答えた。本当は筋肉痛で死ぬほど辛いけど、勇者がそれくらいで弱音を吐いてはいけない。


「アルファはまだ子供なんだから無理をしちゃ駄目よ……」

「心配しすぎだよ。俺勇者だぜ?」


 幼い年で勇者と認められるケースは少なくないが、それでも十になったばかりの俺みたいなやつが認められるというのは珍しいらしい。いつ、誰が勇者となるのかはひとえに言ってヒロニクル王のご機嫌次第だ。


「明日も早いから、今日はもう寝るよ」

「そう。くれぐれも無理しちゃ駄目だからね」

「分かってるって!」


 母さんの言葉に照れくささを感じつつも、俺はその時嬉しさを感じた。俺は勇者になっても独りじゃない。帰る場所がここにあるんだ。そう思えたから。


 ――その時俺は失念していたんだ。


「…………ルナ?」


 地平線の向こうに沈みきった太陽の残光がおぼろに部屋を照らす。興奮冷めやらぬ鼻息が、冷たく静まりきった空気を揺らした。


「母、さん」


 床に広がる赤い水溜り。鼻につくのは鉄の匂い。血の化粧を顔面に施す巨大な狼に見える三日月模様。


「嘘だ……」


 どうしてさっきまで笑っていた母さんが倒れたきり動かない? どうして腰辺りの大きさしかなかったルナがいきなり倍近くになっている?


「嘘だッ!」

「ガァァァアアアアッッ!」


 俺の叫びを塗りつぶすようにルナが雄叫びを上げた。これが現実だ、とでも言うように。


「魔物だ! 魔物がいるぞ!」


 外で誰かの声がした。もう、何もわからない。へたりこむ俺を一瞥してそれは悠々と去っていく。


「待てよ……」


 俺の言葉にそいつは足を止めた。獰猛な瞳が俺を睥睨へいげいする。


「返せ……返せよ! 俺の居場所を返せッ!」


 その時、そいつは笑った。それは俺を嘲っているかのようで。


 お前に居場所なんて無いだろ?


 ――世界の愛子まなごは生命の忌子いみごでしかなかった。


「あぁ……あぁ」


 俺が開けた扉を堂々と潜っていく姿を、俺は呆然と見送るしかなかった。ぐんぐん小さくなっていく姿を見つめて、俺は心に誓った。


「うああぁぁぁぁあああああああッッ!」


 殺してやる。この世に息づく魔物を、全て。


 だってあれは――


「生をみ、情を汚す、滅ぼすべき悪だから」


 気がつくと俺は自分でも知らない所に迷い込んでいた。これは夢だろうか? 足取りが嫌に軽くて、頭がぼんやりとする。

 古びた洋館の中。手にはいつも使っている愛剣ヴァイロードがあって。一体俺はどうやってここまできたんだろう?


 ギィイ、ガタンッ


 物音に振り返ると、そこに見えるのは上級モンスターの……名前はなんだっけ。いいや、どうせ魔物だ。


「ははっ」


 俺は嬉しさに顔を綻ばせた。気付かれたことを悟ってか、奴らが奥に逃げる音がする。


「殺さないと」


 殺して俺は――居場所を取り戻す。


 +++


 ガシャンッ! と食器が乗っていたトレーごと床に落とされた。銀のスプーンが転がり、グラスが粉々に割れる。


「トーラ?」


 虚空を見つめて動かない彼女の様子に、僕はただならぬ気配を感じた。彼女の翠色の瞳がしばしの間の後に僕を捉えた。


「……アルファが危ない」


 ポツリ、とトーラは零す。その言葉に僕は身の毛がよだつ思いになった。


「早く行かないと!」


 トーラが僕の手を掴んで外へと引っ張り出そうとする。


「ど、どういうこと!?」

「説明している暇はないの! お願い、一緒に来て! あとバッジも持って!」

「何事なのさ、ジョージ」


 騒ぎを聞きつけたマティが二階から降りてきた。焦った形相のトーラから何かを感じ取ったのか「事件なの?」と真面目なトーンで聞く。


「アルファが危ない! このままだと死んじゃう!」

「なんだって!?」

「一大事じゃん!」


 トーラの言葉に僕たちは固まった。「ジョージさん!」とカウンターからミーシャの声がかかる。


「これを!」


 投げられたのは金色のバッジだった。まさかこんなに早く再び身につけることになるなんて思いもしなかったな。


『お店は俺たちに任せて下さい』


 厨房からズィータが顔を出す。


「今しがたアルファが行方不明であると王都から連絡が入りました」

『行くんでしょう?』

「みんな……」

「ジョージ、僕も行く」


 僕の制服の裾をマティが掴んだ。彼女も何か思うところがあるのだろうか。


「行こう」


 小さく言って、僕は店の外へ出た。でも、肝心のアルファの居場所が分からない。


「アルファのところまで、私が案内するね」


 制服のエプロンを外しながら、トーラが言った。みるみるうちに彼女の真珠のような肌が褐色へと変わり、茶髪が色素を失い透明になる。濃霧が立ち込め、彼女の影が肥大した。


「トーラ……?」


 隣にいるマティが驚いた声を上げた。そこにいるのは、一匹の銀色の鱗を持つ竜だったのだ。翡翠の双眸が僕たちを見つめる。


「実はね、私ドラゴンだったの」


 紡がれる声はあくまでトーラだ。僕たちは唖然としつつも、この事実を受け入れるしかなかった。


「行こう。アルファの居場所は風や大地――世界が教えてくれる」


 長い首を空へと向けて、トーラが言った。その姿はまるで世界の声に耳を傾けているようだった。


「ジョージ、ほら早く乗って」

「……うん」


 マティに急かされるまま僕はトーラの背中へと乗り込む。アルファ、無事でいてくれ……!





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ