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乳母日傘のセイヴュアー7

「おはようございます」


 翌朝の定時、控え室の扉から姿を現したのはミーシャだった。いつもより元気のない彼女は物憂げな瞳で頭を下げる。


「あぁ、おはよう。ミーシャ」


 掃き掃除をする手を止めて挨拶を返すと、ミーシャの閉めた扉から新しく人影が現れた。ミーシャより大きい人影の顔は前髪で半分隠れている。


『おはようございます』

「おはよう、ズィータも」


 ズィータもミーシャと同じく覇気がない表情を覗かせている。そして、それは僕も同じだった。挨拶も終わり、僕たちは黙りあう。話題もなく部屋に沈黙が流れた。


「あの、さ」


 ようやく開いた僕の口に二人が反応する。きっと後に続く言葉が分かっていたのだろう、二人の顔は若干強ばっていた。


「アルファの様子はどう?」

「……今はまだ眠っているようです」

『日が落ちる頃には意識が回復すると思いますよ』


 昨日の騒動の後、マティはトーラに城の救護室へと、アルファはズィータに寮へと運ばれていった。マティはもう回復しているとのことだが、大事ないように今日一日安静にさせると朝にバッジから連絡が入った。映像の向こうの城内は何だか騒がしくて、アムダさんたちが昨日の事件の処理に追われていることは明らかだった。トーラも昼頃に出勤をするとのことである。

 聞くところによるとヒロニクルの勇者専用の寮はまずランク順(魔物と同じく、勇者もその実力によってランク分けされるらしい)で区域分けされ、その後に女子寮、男子寮と区分される。よって共に最高ランクのズィータとアルファの部屋は同じ寮の中という事になる。


「そっか、午後には目を覚ますんだね」

『えぇ。医療に特化した勇者の見立てですから間違いないかと』


 ズィータの言葉に僕は安堵の息を漏らした。というか、医療に特化しても勇者は勇者なのか。……まぁ、この世界で勇者という言葉は何かしらの才能に恵まれた者を指す代名詞的な扱いだからな。正確に言うと世界に愛されている者を指すらしいのだが、一般人の僕にはその違いは分からないので暫定的に前者の理解をしておく。


「良かった」


 ズィータの言葉にミーシャも胸を撫で下ろした。寮が違くてアルファの様子を見に行けないから、彼女も心配していたに違いない。


「やっぱり、魔力を空にされるのは辛いことなのかな……」


 僕は意識を失う前のアルファの顔を思い出した。トーラに言わされたとは言え、僕のしたことは彼を生死の境に追いやることだ。


「……いえ、あの状況でしたら仕方のないことです」

『あのままだったらマティの命が危なかったと思います』


 僕の言葉に二人はきっぱりと否定を入れる。仕方のないことだ……頭ではそう分かっていても、僕はどうしても自分の行動が受け入れられずにいた。


「私たちの力は強大だから。取り返しのつかない過ちを犯さないためにもどうしても手綱が必要となります。どうか気を病まないでください」

『俺たちは勇者で、ジョージさんは依頼主です。国がその肩書きを認める限り、俺たちにとっての正義はあなたですから』

「二人とも……違うんだ」


 僕は首を振った。そして制服の襟に付いた金色のバッジを外す。


「決めた。このバッジはしばらく身につけないことにするよ」


 二人は僕の行動を見て驚きを呈す。僕は視線を外したまま口を開いた。


「……僕はね。君たちを勇者としてじゃなくて、一人一人の人間として向き合っていきんだ。普通の人同士は自分の生命や価値観を他人に預けたりしないし、肩書きなんかで接し方が変わったりしない。僕はそう思うんだ」


 このバッジは言うなれば勇者と一般人に引かれた線引きの証だ。国が依頼者の適正無しと判断を下すか、依頼が完遂するまで絶対的な力を持つ服従の証。これが無くなれば僕は彼らの圧倒的な力の前に成す術無く地に伏せる結果となるかもしれない。恐怖はあるけれど、それでも本当に分かり合うためには無くすべきものに思えた。


「僕はこのお店の店長で、君たちは僕が雇った従業員。ただ、それだけだよ」


 そう言って僕は机にバッジを置いた。室内の照明を跳ね返してバッジが「それでいいのか」と問いかけてきたような気がした。


「……ジョージさんは」


 ミーシャが少しの逡巡の後口を開いた。ズィータが彼女の言葉の続きを文字を浮かべて表す。


『俺たちが怖くないんですか?』


 それは以前、アルファが僕に対して問いかけた言葉だった。あの時僕は確か分からないと答えた。それは今も同じだ。いや、アルファの様子を目の当たりにして僕は確実に彼らに恐怖を覚えたのかもしれない。でも――


「怖がって遠ざけるだけなら、誰でもできる」


 僕はしっかりと二人の顔を見据えた。


「分かり合いたい。きっと、本当は誰も争いや差別なんて望まないから。僕たちはただ、どうしようもなく怖がりなだけなんだ」


 理解の果てに誰も悲しまない未来があると信じている。その考えを胸に僕は思いの丈を彼らに伝える。二人は、口を固く閉ざしていた。僕も言葉を紡ぐことなく押し黙る。そんな中ふっと二人が笑った。


『あなたはいつも俺たちが考えもつかないことをあっさりと言ってのける』

「ジョージさんはきっと、勇者のための勇者ですね」

「……なにそれ」


 首を傾げるも二人は我知らぬ顔だ。むぅ、言うだけ言うのはずるいと思う。軽快な足取りで更衣室へと向かおうとするミーシャが何かを思い出したように立ち止まった。


「あ、依頼といえば」


 そのまま彼女は振り返った。胸あたりまである毛先がカールした桃色の彼女の髪がたなびく。


「あのガイアウルフ、なんだったんでしょう?」

「? なんのこと?」

『それはですね』


 僕の疑問にズィータが金色の言葉を浮かべる。ふよふよと宙を浮かぶ文字が彼の青い髪をやんわりと照らす。


『依頼をこなしている最中、ずっと俺たちを遠くから見ているガイアウルフが一匹いたんですよ』

「ガイアウルフ……」

「その名の通り狼の姿をした魔物です。普段は数匹で群れを作って生活しているのですが、あの時見かけたのは一匹だけでした」

『最近外に遠征する勇者の前に現れると噂になっているんですよ。特に攻撃をするわけでもなく、ただ見つめて姿を眩ますんです』

「ふぅん、なんだろうね。それ」

「それは私たちにも分かりませんが……そもそもガイアウルフは姿こそ狼ですが大地から活動のエネルギーを分けてもらうため食事はほとんど必要ありません。せいぜい縄張りに入った者を追い払うくらいでそこまで気性も荒くありませんし、何故あのような場所にいたのか不思議です」


 二人の言葉に僕は首を傾げた。まだこの世界の詳しいことについてはよく分からないけれど、このことがおかしいということだけは雰囲気で分かる。遠征した勇者にだけ姿を現すのは、ヒロニクルの周りに強力な魔物避けの結界が張られているからだろう。

 しかしそのガイアウルフの行動はまるで。


「誰かを探している、みたいだね」


 僕の言葉に二人は「そうですね」『言われてみれば』と納得の様子を見せる。まぁ、結局真相は分からずじまいなのだけれども。


「それじゃあ、店開きと行きますか」


 僕の言葉に二人は頷いた。……大丈夫。机の上でなおも輝くバッジに僕は心の中で答えた。


 +++


「アルファが、勇者に選ばれた……?」


 ヒロニクルから派遣された使者の言葉に、村長は愕然とした声で呟いた。


「はい。アムダ王より正式に文書が届いております」


 広げられる金の装飾が施された紙に、回りの者が驚きと感嘆の息を漏らす。


「そんな、うちの子が……」


 アルファの母親が悲しげにアルファを抱き締めた。幼いアルファの子供心にも、母がこの事実を嘆いていることが理解できた。


「……俺、何か悪いことしたのか?」


 アルファの言葉に母親は何も答えない。代わりに使者が「とんでもない」と大仰に手を広げる。


「君は世界に選ばれたんだ。弱きを助け悪を挫く、正義の味方になるんだよ」

「……正義の味方」

「そうとも」

「本当?」


 期待に満ちた瞳でアルファは母親に真偽を問うた。彼女は変わらず答えない。ただ、アルファを抱き締める力を強くした。


「……? 母さん?」

「どんなことがあっても、あんたは私の息子だよ」

「奥さん……」


 母親の言葉に使者が非難がましい声を出した。使者をキッと睨み付け、母親は言い放つ。


「決まりは守る。でもね、この子は私の息子だ。愛しい、家族なんだよ」

「……お好きに」


 使者は肩を竦めた。空は相変わらずどこまでも均一なグレーだった。上空を吹く乾いた風が村を通りすぎていく。アルファは母の温もりに包まれながら、家に留守番させてきたルナのことを考えていた。


 +++


「………う」


 目を覚ますと、見慣れた天井が広がっていた。……ここは俺の部屋か。どうやらジョージに『制裁』を受けて気を失った俺はあの後ここに運ばれたらしい。メンツ的に考えてズィータが運んでくれたんじゃないだろうか。


「心臓に悪いんだよな、これ」


 俺は勇者だからこれしきじゃ死にはしないが、かといって死にかけていることに変わりはなく。また動けない無防備な状態を晒しているので寝込みを襲われれば間違いなく死ぬ。つくづくこの国の王様の趣味は悪い。……流石元勇者といったところか。勇者が嫌がるコツを心得てやがる。


「丸一日、ってとこか」


 窓から見える太陽は傾き始めている。固くなった身体を伸ばしてベッドから起き上がると、扉がノックされた。


「はい」


 俺の部屋を訪ねてくるような人は少ない。誰だろう、と疑問に思いながらも返事をして扉を開ける。そこにいたのは全身黒づくめの少女だった。黒い網目のヴェールから覗く瞳が妖しく揺らめく。廊下の向こうに、医療班と思わしき白衣を着た人物が倒れているのが見えた。


「……誰だ、お前」

「悪く思うなよ」


 警戒心を露わに問いかけるが、取り合われることなく病的なまでに白い指がいきなり顔に近付けられる。……ヤバい! そう思い距離を取ろうとして、身体が魔力で出来た鎖で縛られていることに気付いた。


「く、そ!」


 引きちぎろうにも万全でない身体が言うことを聞かない。この鎖、呪いも籠められていやがる! せめてもの反抗に睨み付けるもそいつはどこ吹く風だった。


「暗い闇へようこそ」


 バチン! と視界がブラックアウトする。方向感覚を失って身体が崩れていく。意識が途切れる直前、店のみんなの顔が浮かんだ。


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