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乳母日傘のセイヴュアー6

 ヴゥン、と音を立てて一般客や僕の周りに結界が張られる。


「ミーシャ……」


 入ってきたのはミーシャとズィータだった。アルファも「お前ら……」と強ばった表情を緩めた。――その隙を狙って影が弾丸を飛ばす。


「っ!」

「動くなッ!」


 ミーシャの後ろから男性の声が飛んだ。……もしかして、ズィータ? 疑問に思うも束の間、直線に飛んでいた黒い球がピタッと動きを静止する。対して僕たちの体には何も変化が起きない。きっとミーシャが張った結界のお陰だろう。


「グ、グウ……」


 黒い塊は唸り声を上げて小さく痙攣を繰り返す。……必死に体を動かそうとしているみたいだった。徐々に丸い塊から、一人分の上半身が出てくる。


『よく抗う』


 金に輝く文字を横に、ズィータが塊から出てきた男の影に顔を近づけた。


「動くな」

「…………」


 ズィータの言葉に影は今度こそ動かなくなった。これが言霊……。結界の中にいるというのに、体が反射に言うことを聞いてしまいそうになる。


「言え。誰の差金だ?」

「ガ、ガア……ッ!」


 影が目に見えて苦しみ始めた。きっと言霊の膨大な圧力に抵抗しているのだ。


「アァァァアアアアアッッ!」


 この世の終わりを思わせる金切り声を上げて、影はドロドロと形を溶かし始めた。


『自滅を選んだか!』

「勇者ァ! 世界ノ歪ミ! 滅ボス! 人類ノ傲慢ンンンンッッ!」


 紡がれる呪詛に長い前髪の奥が不快に歪む。


「目障りだ。消えろ」


 その言葉に影がゴキュッバキッとおぞましい音を立てて小さく圧縮されていく。「ギャアアッアァッハハァアアッハアァッアアァァァァアアッ!」――断末魔とも笑いとも取れる声を最後に、影は跡形もなく消えた。その後に取り憑かれたと思わしき気絶した男性が倒れている。同時に役割を終えた結界が解かれていった。


「終わった、のか……」


 日当たりがすっかり良くなった店内にへたりこみながら、僕は呟いた。「遅れてすみません!」とミーシャが駆け寄った。


「どうしてここに?」


 近づく二人の姿に僕は疑問を口にする。お陰で助かったのだけれど、二人は今遠くで任務をこなしていたはず。


「向こうの魔物の群は罠だったんです。彼らの本当の目的はマティでした」

『トーラさんが直接来てくれなければ、遅れていました』

「え?」


 ズィータの文字に僕は目を見開いた。買い出しに行っていたはずのトーラがまさか二人の所に行っていたなんて。


「ジョージ、大丈夫?」

「トーラ……」


 壁に空いた穴の向こうから、トーラの顔が覗いた。「戦い終わったみたいだね」とあっさりとした感想を口にしながら、彼女がやって来る。手には買い出しを頼んでいた品物が入ったバスケットが握られている。


「ごめんね、遅れちゃった」

「ううん。それはいいんだけど……」


 というか買い物は済ませてくるんだ。……仕事に忠実というか、危機感がないというか。何ともトーラは不思議な子である。

 何だかなぁ、と思っていると頭にポコッと紙を丸めたものが当たった。


「?」


 疑問に思い、後ろを振り返るとそこには紙を投げたと思わしき老婆の姿が。


「出て行け……西の魔物姫!」


 老婆の視線は未だ僕の胸にしがみつくマティに注がれていた。なんのことですか――そう問いかける前に、老婆の後ろの女性が口を開く。


「ここから西の、そのまた向こうにある山岳地帯……そこには魔物に育てられ人間を憎む勇者がいる」


 彼女の言葉に騒ぎが伝播した。老婆がいきり立ったように口を開く。


「魔物姫は人類に破滅を招く、悪魔の愛子いとしごだ! 火炙りにしろ!」

「この魔物も……お前が呼んだんじゃないのか!」

「ち、違う!」

「どこが違うんだ!」


 マティは怯えたように否定したが、周りの人は聞く耳を持たない。


「黙って聞いてりゃ勝手な事ばかりィ!」


 傍に控えていたリージェが激高した。バリッと角に電気がほとばしる。


「お、抑えて! リージェ!」

「軟弱は黙ってなァ! 愛しいこの子があんたらに何をした!? 害をなすのはいつだってあんたらの方さァ!」


 風を切ってリージェが彼らに突進する。――その軌道を一陣の斬撃が割いた。「アァッ!」ーー弾かれたリージェが壁に叩きつけられて意識を失ってしまう。


「リージェ!」

「っ! アルファ……」


 僕の腕の中でマティが悲鳴を上げた。大剣を構えた彼は僕らと対峙するように立っている。


「なぁ、ジョージ……」


 少しの沈黙の後、アルファが俯いていた顔を上げた。


「もう我慢の限界だ」


 その目に見えるのは鮮烈な殺意だった。フッとアルファの姿が消える。と同時に「ギャアッ!」「ウグゥ!」と人間のお客さんとは反対側に固まっていた、魔物のお客さんの体に切り傷がみるみるうちに増えていく。


「やめてアルファ!」


 ミーシャが咄嗟に魔物客の周りに結界を張った。ガキィイン! と音を立ててアルファの斬撃を防ぐ。結界に阻まれる大剣を忌々しそうにアルファは睨み、咆吼した。


「邪魔を、するなぁッ!」


 大剣が赤く熱を帯びる。同時に結界がみるみるうちに溶けていった。


「ヒィィイイイッ!」


 近づく死に魔物客が悲鳴を上げる。アルファの向こうで一般客のだれかが「いいぞ、殺ってしまえ!」と声を出した。


「アルファ、止めろ!」


 ズィータが言霊を使った。ピタッと動きを止めたアルファが目だけを動かしてズィータを捉える。


『こんなことをして何になる?』


 諭すようにズィータは文字を浮かべてアルファに近寄った。アルファの固く結ばれた口がゆっくりと開く。


「………だ。どうして分からない?」

『……?』


 小さく呟かれた言葉にズィータは疑問符を浮かべた。一歩、また一歩とアルファに近づく――瞬間、爆発したようにアルファが動いた。


「魔物は悪だ! 存在が罪だ! どうしてそれが分からないッ!?」


 横凪に振るわれる大剣がズィータの体を捉える。「……ッ!」――小さな悲鳴を上げてズィータがカウンターに叩きつけられ、そのまま動かなくなる。


「ズィータさん!? しっかりして!」


 ミーシャが慌てて駆け寄る。それを一瞥したアルファは再び互いに身を寄せ合ってただ丸くなる魔物客に冷ややかな殺意を向ける。


「……まるで死神だ」


 先ほどの安堵とは全く違う、絶対的な力に対する恐怖が僕の体を支配した。味方でいる限りは彼らほど心強いものはないけれど、いざ敵に回るとこれほど恐ろしいものだったなんて。

 張り詰めた緊張に誰もが動けなくなる中、今まで僕にしがみついていたマティが動いた。ゆっくりと、しかししっかりとした足取りで、アルファと魔物たちとの間に入る。


「……なんのつもりだ」

「見たまんまだけど?」


 鋭く向けられる荒々しい眼光に、マティは平然と答えた。「冗談はよせよ」――大剣の切っ先がマティの細い喉に突きつけられる。


「お前、精霊使いだろ。何もかも人任せのくせして俺の攻撃が防げるわけねぇ」

「……そういう割には攻撃しないんだ?」

「テメェ!」


 グッ!とアルファの腕に力がこもった。マティの喉から一筋の赤い雫が垂れる。


「魔物が悪なんて、だっさいこと言うよね」


 それにも怯まずマティが口を開いた。


「そんなこと言って一般人に媚でも売ってるつもり? やっすいご身分だこと!」

「黙れ!」

「黙るのはそっちのほうだ! 今更人間の群に混ざろうとして何になるのさ!? 勇者として生まれたその日から! 僕たちは魔物でも人間でもないッッ!」

「黙れぇぇえええッッ!」

「駄目だ、アルファ!」


 叫びと共にアルファが突きを繰り出そうとする。僕は瞬間的に走り出してアルファを突き飛ばそうとするけど――間に合わない! 駄目だ、このままじゃ……駄目だ、駄目だッ!


 ビカッ! とバッジが光った。『ジョージ……』とトーラの声が頭に響く。――訪れる既視感。あの時は、ハーピィを助けようと必死だった。しかし、その後に続く言葉が、あの時と違っていた。


『ごめんね』


 ――それはどういう意味? 気づけば僕の口は、僕の意思とは関係なしに動いていた。


「契りを違えし者に、制裁をッ!」

「っ!?」


 途端、アルファの体から力が抜け落ちる。膝から崩れ落ちる彼の体は、淡く金色に発光していた。支えをなくした彼の大剣が無様に床に転がる。


「……ジョージ」


 ゆっくりとアルファがこちらを向く。


「っ」


 その顔は怒りと疑問と、悲しみでぐちゃぐちゃになっていた。そのままアルファが気を失い、床に倒れる。


「はっ、ダッサ……」


 その一連を見届けたマティも、張り詰めていた糸が切れたように気絶した。僕は急いで二人ののもとに走る。……良かった、ただ眠っているだけのようだ。


「トーラ……アルファに何をしたの」


 後ろでただ立っている彼女に、僕は振り向かずに聞いた。帰ってくるのは無言の静寂。


「何をしたって、聞いてるんだ!」

「……アルファの魔力を、今空っぽにしたの」

「……どういうこと」


 振り返って聞くと、トーラは悲しそうな顔をしていた。


「ジョージはそうじゃないかもしれないけど、本来人も魔物も、みんな少なからず魔力を持っている。そしてそれは少なからず本人の生命とリンクしてるの。だから、魔力を一気に無くしたアルファは意識を保てなくなったんだよ」

「それって……」


 トーラの言葉に僕は青くなった。しかしトーラが首を振る。


「急に魔力が無くなると人は最悪死に至るよ。でもアルファは勇者だから、とどめを刺さない限り世界はアルファを殺さない」


 トーラの言葉に僕は眉をひそめた。世界がアルファを殺さない? 何を言っているんだろう。ズィータの隣にいるミーシャが口を開いた。


「私たち勇者は、世界に愛されています。ですから絶対的な死――例えば他者から完全に息の根を止められたり、生きる余地のない完璧な自殺を行わない限り、死にません」

「僅かでも生きる可能性があれば、世界は勇者を生かすんだよ。ジョージ」

「だからアルファは死なない、と」


 僕は震える体を抑えて声を振り絞った。「そうです」「そうだよ」――冷酷なまでにあっさりと、二人は肯定する。だけど、死なないからと言って生死の境にアルファを追いやっていいという理由にはならないはずだ。『魔物でも人間でもない』――僕はマティの言葉が更に重くのしかかった気分になった。

 しかしトーラに怒りを覚える一方で、僕は彼女の行動の正しさをひしひしと感じていた。ああしなければ、今頃マティは……。でも、どうしてもあんな強引な手段しか取れなかった自分が悔しくて情けないし、何よりアルファの闇に寄り添えなかったことが悔やまれる。


「あ、アルファ様が……」


 先程まで猛威を振るっていたアルファが倒れたことで、一般客が動揺に包まれる。同時に魔物客が「よくもさっきは……!」と憤怒に飲まれ始めた。


「黙ってください!」


 行き場のない感情に、僕は声を張り上げた。こんな時まで……!


「ミーシャ、お客様をそれぞれ安全な所に転移させて」

「……分かりました」


「おいおい、待てよ! この魔物たちを生かしてどうすんだよ!」

「またこのようなことが起きたらどうするの!?」

「ふざけんなッ! 俺たちは何もしてねぇぞ!」

「勝手に責任押し付けんじゃないわよ!」


 僕たちのやり取りを聞いていた一般客や魔物客からブーイングが来る。僕は苛立ちに言葉を失った。代わりにトーラが口を開く。


「みなさん、静粛に!」


 一同の視線がトーラに注がれる。大衆の前で彼女は堂々と口を開いた。


「この案件はヒロニクルが処理をします。……みなさん、どうかお引き取りを。従わない場合、それは我が国に反抗するも同義ですよ」


 彼女の翠色の瞳が冷たく締まる。トーラの言葉に気圧された民衆が口を噤む。「……転移を始めます」ーーミーシャが静かに言って一般客の方に歩いて行った。


「今日はもう、お店閉めよう?」


 お客さんが転移されていく中、トーラが僕の隣に来て言った。


「……そうだね」


 差し込む西日に目が染みる。僕は自分がしがない一般人であることの無力さをらだ噛み締めるとともに――勇者である彼らの心境を思った。



まだ一波乱あるんですよ(白目)

最後はちゃんとハッピーエンドです

ジョージと勇者たちが、メイビー成長する

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