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乳母日傘のセイヴュアー5

 夕刻。鮮烈な赤が世界を照らす。迫り出す崖の上に細長い影法師を作る者がいた。


「ヒロニクル――人類が傲慢の果てめ」


 広がる目下の景色。そこには夕の陽を返すお城を中心として広がる城下町と、それらを囲む高い壁が見えた。それを忌々しそうに男は睨みながら「出てこい」と呟くと、一筋の影が幾つもに枝分かれを繰り返し、立体に伸びる。


「お前たち、首尾はどうだ」

「問題アリマセン」


 主の言葉に影は恭しく答えた。下がれ――男の命令に音もなく彼らは消えていく。


「厄介な所に目標ターゲットを送ってもらったものだよ、アムダ。だが、勇者を二人も減らしたのは失敗だったな。――出来るな?」


 男は振り向いて問いかける。誰もいなかったそこには全身をフリルがふんだんに施された黒のゴスロリを着る少女が静かに控えていた。


「……仰せとあらば」


 返事を返す少女の瞳は黒く濁っている。しかし、その奥には鋭い殺意が秘められていた。


「それで良い。後は任せたぞ」


 満足げに男は微笑んだ。そのまま溶けるように居なくなる。


「……店ノ回リニ結界ガ」


 残された少女に影が下から話しかける。


「如何致シマショウ」

「人に取り憑いて入れ。ヒロニクルの勇者は一般人の行動に制限を加える魔法は使えない。転移は明日、私が行う」

「了解」


 もうすぐ、完全に日が落ちる。


   +++


 『アルファが暴走するかもしれません』――ズィータの危惧は、早い内に現実味を帯びるものとなる。それはミーシャとズィータが依頼に旅立ってから三日目の午後のことであった。


「すみませんねぇ、うちの子が」

「い、いえっ……大丈夫、です……よね?」


 小さなコウモリ型の魔物に群がられているアルファは無言でプルプルと震えている。すみませんと言う割には全然子供たちを窘めようとしない母親に僕は顔面蒼白になった。


「うーっわ、マジでアルファじゃん」

「やべーモノホンだ!」

「だぁあーっ! うぜぇええっ!」

「きゃーっ! 退治されるーっ!」

「逃げろーっ!」


 ブチッと血管の切れる音が聞こえてくるようだ。アルファは手の平で子供たちを追い払おうとするも、彼らはどこ吹く風で少し距離をとってから再び群がるの繰り返しである。

 ああ、買い出しに行ってしまったトーラが恋しく感じられる。トーラはこういうお客さんの対処が上手いのだ。トーラ、帰って来てぇー!


「おいジョージ! 剣返せ!」

「だ、駄目だよ! 返したらみんなやっつけちゃうでしょ!?」

「当ったり前だろーが!」


 アルファの言葉を僕は却下した。

 暴走を防ぐためとして、彼の愛用の大剣(いつもは背中に掛けてある)をここの数日没収してある。彼の実力なら別に剣がなくても十分魔物たちを倒すことはできるのだが、それはこの際見て見ぬ振りをする。剣を返せと言うあたり、アルファも一応自制はしているようだ。


「ほら、お前たち。あんまり勇者をからかうと後が怖いよ」

「「「「はぁーい、ママ」」」」


 母親の言葉に子供たちは素直にアルファから離れた。っていうかからかっているという自覚はあったんだ……。


「すみませんねぇ、うちの子が」


 先程と同じ言葉を残して母親コウモリとその子供たちは去っていく。僕は微妙な気持ちを抱きながらも頭を下げた。


「ご来店ありがとうございました」


 隣のアルファも動きが硬いながらも頭を下げる。うんうん、勇者として仕事をするだけあって公私はきっちりと分けて――


「……後で皆殺しにしてやる」


 いなかった。そんな物騒な挨拶がお店にあるわけがない。


「こら、アルファ!」

「うるせぇ!」


 説教は聞かん! とでも言うようにさっさとアルファは踵を返した。いわゆるアホ毛と呼ばれる彼の部位が荒々しく揺れている。


「ストレス溜まってるなぁ……」


 二人に忠告されたこともあり、僕は不安になった。でもこのまま何事も怒らなければ、アルファもきっと魔物はそこまで危険な存在じゃないって分かってくれるはずだよね。

 そう思った矢先、ドゴォオン! と破壊音を立てて店の壁に穴が空いた。


「な、何だ!?」


 粉塵が舞う中、僕は驚きの声を上げる。もしかしてハーピィの時のようにまた魔物の襲撃を受けたのか!? 錯綜する疑惑はその後に放たれた声によって杞憂であったことが分かった。


「何だとは随分な言い分ねェ! 軟弱のくせにィ!」

「……リージェ?」


 煙が収まり現れたのはマティに仕事を教える日(結局あまり教えられなかったが)に一緒にやってきた、ヤギの角を持つ鷲の魔物のリージェだった。その鋭い足にはどこかで狩ってきたのか、兎(に姿が似ている魔物)がしっかりと捉えられている。


「あー、リージェ! どこ行ってたのさ」


 二階から降りてきたマティが嬉しそうにリージェに駆け寄る。「ちょっと野暮用があってねェ」とリージェは優しい声音で言った。


「ホラ、これあんたにやるわ。感謝しなァ!」

「えっ?」


 ペイッと投げ出される兎。まだ体は生暖かく、新鮮であることが伺える。「良かったじゃん」とマティがそれを見て口を開いた。


「狩った獲物をくれるなんて上も上の友好の証だよ」

「それは……ありがとう」


 いわゆるハーピィにおける傷口を舐めあうようなものだろうか。余談だが、彼女たちは生き物の血肉ではなく魂を食すらしい。「面白い心」と表現された僕はその事実を知って血の気が引いたものだ。

 僕の言葉にリージェは満足そうに「全くだよォ」と言った。居なくなった数日はずっとこれを取るために費やしてくれたのだろうか。……なんだか初対面の時に怯えてしまったことが申し訳ないな。


「これで何か料理を作るから、リージェも一緒に食べよっか」


 自分にできることと言えば料理である。そう提案すると、リージェもマティも「「いいわねェ(じゃん)」」と同意してくれた。


「それにしても、魔物たちに襲撃されたかと思ったよ」


 安堵の溜息をついて僕は心情を吐露した。「馬鹿だねェ」とリージェが呆れる。マティがリージェに続くように口を開いた。


「この周りは悪意を持った魔物が近づけない結界が張ってあるから大丈夫だよ」

「そうだけど……。僕には見えないからなぁ」


 通常、魔力を孕んだものというのは魔法として具現していていなくても、程度の差はあれど薄く発光しているらしい。しかし魔力が皆無の僕は魔力を感じ取ることすらできない。


「どんな感じなの?」

「どうってねェ」

「どうって言われてもねぇ」


 僕の質問に二人は揃って首を傾げた。


「本能で悪意を持てば近づけないって分かる感じねェ」

「見ればすぐにそういうもんだって分かるんだよ」

「ふ~ん」


 魔法の世界はまるで分からない。本人たちからすればそういうもの、なのだろう。

 納得していると、近くに人の気配を感じた。


「あ、何かご用ですか?」


 いつ現れたんだろう? 近づいてくる気配は無かったのに。慌てて僕は返事をした。しかし、お客様からの反応はない。


「?」


 疑問に思って僕は相手を見つめた。目の前に立つ男性はどこか薄汚れた服装をしていて、目は異様に血走っていて、鼻息も荒くーーこれはどう見ても普通じゃない――いや、でもこのお店には悪意を持った魔物は入れないはずで――いやいや待てよーー魔物ということはつまり――


「人間なら、入れる?」

「危ないッ!」

「ガァァァアアアアッッ!」

 

 外からの力に回転する視界と店内に迸る咆哮。男性の影が幾つもに分かれ、そこから影武者のようなものが鉤爪をもって襲ってくる。ーーただマティだけを狙って。


「っ!」

「その子に触れるんじゃないよッ!」


 バリバリバリと激しい電撃音を立てリージェはマティに最も近い影を攻撃した。対するマティは恐怖で青くなり、へたりこんでしまっている。

 

「ジョージ、剣返して貰うぜ!」


 厨房からアルファが大剣を担いで現れる。厳重に隠しておいたのに、と思うと同時に僕は安堵した。勇者がいるだけで、こんなにも人は安心するものなのか。フロアを見ると、一般客たちも同じ気持ちらしい。とばっちりを防ぐため、二階に移動する逞しい人もいた。

 ちなみに一般客とは離れたところに魔物客も一つに身を寄せている。……どうやら彼らはこの魔物襲来と関わりが無さそうだ。


「退けぇぇええッ!」


 小さな体から発せられたとは思えない素早い剣撃。瞬き一つの間に幾つもの敵の命を刈り取る一閃に、影たちはマティから離れた。


目標ターゲットヲ抹殺……」


 影武者のうち誰かがそう呟いた。途端、彼らが分裂を始める。


「おい、立て」


 アルファがマティの腕を掴んだ。「ひっ」と怯えた声をマティは上げる。


「ちょっと、アルファ!」

「ジョージは黙ってろ!」


 一喝され、僕は押し黙った。その間も彼らは等比的に数を増やしていく。


「精霊を呼べ」

「……え」

「勇者ならその力今使わなくてどうすんだよッ!」

「っ!」


 マティの瞳が揺らぐ。アルファが「時間は稼ぐ」と大剣を構えた。それを合図に、影が襲いかかる。


「斬撃を飛ばせ、ヴァイロード!」


 アルファの言葉に大剣が白く光った。大振りに振られたそれから弓なりの斬撃が発せられる。ザシュッと音を立てて斬撃が敵の体を二分する。

 一体がアルファの横を通りマティを狙おうとするも、その体がアルファの後ろを通過することはなく、横を通った時点で燃え尽きた。同時に、遠くで様子を伺う数体も青白い炎に包まれて灰になる。


「地獄へ誘えーーヘルファイア」


 ボボボッ! と複数の火の玉がアルファの近くに現れる。


「死にたいやつはかかって来い。来ない奴は、俺から殺す」


「マティ、大丈夫!?」


 アルファが影たちと対戦する中、僕はマティの肩を揺さぶった。リージェも机の上から心配そうにマティを見ている。呆然とした様子の彼女の焦点が徐々に合う。


「……怖い」


 ポツリ、と呟かれたそれは紛れもない勇者の本心だった。勢い強くマティは僕にしがみつく。


「怖いよっ! 怖い……」

「マティ……」

 

 胸の中で震える彼女に、僕はかける言葉が見当たらなかった。それはそうだろう。どうしてこんないたいけな少女に命を賭けた戦場を強いるのか。しかし現に今アルファはその戦場にいる。僕たち一般人が安寧に胡座をかいている中で。


「チッ! おい早くしろ!」


 前方のアルファが焦れたように声を上げた。見れば影たちは個体としての姿を無くし、一つの塊となって弾丸を休みなく放っている。

 アルファの防ぎきれなかった攻撃がこちらに向かってきた。


「っ!」


 咄嗟にミーシャから貰った手鏡を前にかざすと、眩い光を放って鏡は影を溶かしていく。……凄いな、これ。


「そこまでよっ!」


 このままじゃジリ貧だ――そう思った矢先、リージェが破壊した壁から、鋭い静止が入った。


続きは12時間後となります

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