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舟は帆任せ帆は風任せ

 梅雨明けの朝は草木の薫りがする。

 そんなことを改めて思ったのは、目が覚めてすぐに新緑の立ち込めたのを感じたからだろう。


「ふぁ~~、今何時だろ?」


 目覚まし時計を確認すると、どうやら搬入の前には起きられたようだ。


「昨日久しぶりに新しくメニュー考えてたから……眠い………」


 やけに重くのし掛かる頭を掻きながら、眠気覚ましにカーテンを開けーー僕は目を疑った。

 見慣れた並木通りの代わりに広がる大木の郡はまるで大きな森のなかにいるような錯覚を覚える。僕は目を見開いたまま頬をつねった。……痛かった。


「ごめんくださーい」

「! あ、はい!」


 下からの言葉に僕は咄嗟に返事をするが、閉まったままの窓は自分の声をやんわり跳ね返すだけだった。


「誰かいませんかー?」

「い、いますいます!」


 慌てて窓を開けて下を覗くと、玄関に女の子が立っていた。


「いい天気ですねぇ」

「そうです、ね?」


 ほのぼのとした口調だけれど、今はそれどころじゃない気がする。「ここはどこ」とか、「何が起きたの」とかもっと聞くべきことがあるような……。


「あのー、お話いいですかー?」


 下からの声に僕は現実に戻った。幸い沈黙に彼女は気を悪くしていないらしく僕の返事を待っていた。


「あ、ちょっと待っててください」


 急いでクローゼットに向かい、寝巻きから着替える。手についたYシャツとズボンを身につけ鏡をチラ見。……まぁ、もとがあれだからどんな服着ても変わらないか。映る寝惚け顔の自分は二十歳の後半になってもパッとしない。ちょっぴり凹む。

 屋根裏部屋の梯子を降りれば広がるのは大きなテラスが自慢の解放感ある二階。窓からの景色と裏腹になにも変わらない室内を断って階段を降りると、ドアの向こうに彼女が見えた。


「どうぞ、お待たせしてすみません」


 内鍵を開けると同時にチリリンとベルが鳴った。


「いいんですか?」


 中へと促す僕に彼女は首をかしげた。肩で切り揃えられた癖のない茶髪がさらさらとそよぐ。


「立ち話もなんですし。試作品で良ければケーキ出しましょうか?」

「ケーキ!」


 キラリ! と彼女の翠色の瞳が輝いた。随分と綺麗な色合いをしているけど、どこの国の人だろう。……日本語上手いからハーフなのかな?

 一階のカウンター席に案内して、昨日作っていた試作品をひとつ取り出すと、待ちきれなさそうに彼女は足をバタつかせた。


「美味しい~~!」


 蕩けるような笑みでミルフィーユを頬張りうっとりする彼女にハーブティーの入ったカップを差し出すと、目が伺うように僕を見た。


「サービスです。美味しそうに食べてくれるので」

「なら遠慮なく!」


 一口で半分ほど消えていく様子に、僕は軽く苦笑した。こうしていると何も変わっていないみたいなのに、窓の向こうの景色は変わらず青々と繁っていた。


「……どうなってるんだろう?」


 思わず零れた独り言に、彼女の尖りぎみな耳がぴくんと跳ねた。


「そういえば」

「?」


 紙ナプキンで口元を拭く彼女は、何とも事も無げに驚きの事実を言ってのけた。


「王様がお呼びです」

「……へ?」

「私、宰相の仕事として来てたんでした」


 てへっ、と舌を出す彼女の言葉に僕は血の気が失せていく。


「王様って……」

「この国で一番偉い人。逆らったら大変! あ、このつぶつぶ美味しい!」


 思わずカウンター席のテーブルに手をつくと、不思議そうな顔が向けられた。


「つかぬことをお聞きしますが」

「はい、何でしょー?」

「ここってどこです?」


 僕の言葉に、彼女は最初質問の意味が分からないのかきょとんとしたが、次第にその整った顔立ちを崩して当たり前なことを言うように答える。……何だか嫌な予感がした。


「人類の聖国ヒロニクルーー勇者の国と人々は呼びます」


   +++


「遠路はるばるご苦労だった」


 馬車で揺られること数時間。どうやら僕は本当に森の奥地に居たようだ。

 左右に揃う兵士たちは銀色の甲冑を纏い、煌びやかな玉座に座る男性(きっと彼が王様だろう)には威厳というものをひしひしと感じた。


「爺様ただーいまー」

「ちょ」


 宰相がそんな感じでいいの!?


「うむ」

「いいんだ!?」


 思わず突っ込んでしまった。王様とその宰相に。今更のように冷や汗をかく僕に、王様は「構わんよ」と鷹揚に頷いた。彼の品のある銀髪が微かに揺れる。


「気を楽にせい」

「は、はあ……」


 僕は曖昧に返事を返した。あまり悪い人ではなさそうだけど、やっぱり一国の王に向かって気楽には接しづらい。

 そんな気持ちを察したのか、王様は大きな溜め息をついた。


「本音を言うとだね、君。こっちが肩凝るのだよ」

「へ?」

「少しばかり王様やっているからといって抱かれる幻想というやつがだね。重いんだよ。それを君は分かってくれるのかい?」

「……えぇ~~?」

「何若干引いてんだよーコイツゥ」

「こいつぅ!」


 王様の言葉を宰相が復唱した。国王の宰相の割には幼すぎるのではと思っていたが、その考えは改めなければいけないらしい。

 回りの兵士たちを思わず見やると、本当にこれが彼の素なのか「また始まったよ」とでも言いたげな苦笑いをそれぞれ浮かべていた。


「それよりだ、聞きたいことがあるだろう?」

「え、あ、はい」


 唐突な話題に僕はどもった。愉快そうに細められている彼の瞳は言葉の続きを求めているように見えた。


「僕は……もとの世界に帰れますか?」


 どうしてここに迷い混んだのか。そもそもこの世界は何なのか。聞きたいことは沢山あったけど、最終的には帰れるかどうかが一番疑問だった。


「帰れると言えば、帰れる」

「本当ですか!?」


 王様の言葉に僕は食い気味に聞いた。その様子に彼は申し訳なさそうに「でもね」と続けた。


「帰れないと言えば帰れない。もとの時間に戻れる保証はないよ」

「……それって」

「もしかしたら君が生まれるずっと前かもしれない。あるいは何百年も先の未来かもしれない。君がいた世界に帰すことはできるけど、君がいた時間に帰すのは難しい」

「………そんな」


 目の前が真っ暗になった気がした。思えば両親にはあまり孝行をしてやれなかったし、弟や妹にももっと構ってやれば良かった。最近店の方が忙しくて旧友にもあまり会えていなかったなぁとか思うと、凄く悲しい気持ちになる。


「爺様、意地悪は良くない!」


 宰相の言葉に僕は俯いた顔を上げた。ぷんぷんと怒っている彼女は「ずっとじゃないよ! ね?」と王様に同意を求める。対して王様はと言うとイタズラがバレた子供のようにばつの悪そうな顔をしていた。


「いや、まあ、今日転移するのは無理だという話なんだけれどな」

「……どういうことです?」

「異なる世界、つまり君のもともといた世界とこの世界の時間軸がピッタリ重なる時が来た日に転移すれば、元の世界元の時間に帰れる、ということさ」


 嘘は言ってないからな!と不貞腐れる王様をよそに、僕は嬉しさに心踊らせた。


「安心した?」

「……うん、ありがとう」


 顔を覗き込むように屈む彼女に、僕は笑みを返す。彼女も嬉しそうに「ケーキのお礼だよ」と笑った。


「何、ケーキ!? ズルい!」


 彼女の言葉を聞いて王様は年甲斐なく(というか地位甲斐なく?) 駄々をこねる。


「意地悪を言う人にはあげません」


 ピシャリといい放つと、ぐっと言葉に詰まった。そのままぐぐぐ、と喉の奥で唸り、いきなり指を突きつけた。そのまま荘厳な口調で宣言する。


「貴殿に店一帯の土地管理権を与えてしんぜよう」

「え、いいんですか?」


 あまりに突然な申し出に驚きを隠せない僕に、王様は高らかに言葉を続けた。


「ただーし! 見返りとして私に料理を貢ぐこと! 拒否権はない!」


 今度こそ僕は開いた口が塞がらなかった。その様子を満足そうに彼は見ると、真面目な口調に戻って言った。


「いきなり異世界に飛ばされて不安もあることだろう。元の世界に戻れる時が来るその日まで、困ったらいつでも来るといい」

「っ、ありがとうございます!」


 僕は勢い良く頭を下げた。「あ~よいよい」と煙たそうな声が頭上からかかる。ゆっくりと顔をあげると、王様はお茶目な笑みを浮かべてウインクした。


「謁見の際は、献上を忘れずに」

「……ははっ」


 堪えきれずに笑みが零れた。それを見た王様が釣られて笑い、宰相も嬉しそうに笑った。



 人生、何が起こるか分からないけれど、それでも何とかなるらしい。

 こうして僕の異世界開業が始まったのだった。

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