青年の旅立ち
大昔の偉人は、万有引力を発見した。
現代の科学者は考えた。
万有引力があるのなら、万有斥力もあるのでは、と。
「ふぉおおおおおおおおおおおおお」
とある実験室で、とある青年が宙を舞っていた。
航空宇宙軍の技術仕官として働く彼は、子供の頃からの夢、「空を飛ぶ」という事を実現すべく、実験と研究を繰り返してきた。
そして今日、引力という法則から開放される事を期待して装置を起動したものの、本当に開放されるとは思っていなかったが故に、宙を舞う自身を制御できない状況に陥った。
装置を停止させればよいのだが、制御用コンソールまでのわずか30cmを
移動する事が出来ない。
「はぁはぁ・・・空気中じゃあバタ足しても進まねぇ・・だれかーーーー」
助けを期待して叫んでみるも・・
音波遮蔽と電波遮蔽が完璧に成された実験室では、叫び声は少し反響するばかりで外には届かない。
「あれ・・詰んだ?」
当初こそあまり危機を感じていなかったが、いろいろ試すうちに焦りが出てくる。
「いや・・まだ何か方法があるはずだ・・そうだ!」
彼はおもむろに着ていた白衣を脱ぎ始めた。
「要は慣性を生めばいいだけだ。質量は軽いが、白衣を振り回せば、
どこかの壁に着けるはず」
焦っていた彼は、自分がどのような場所に居るのか、すっかり忘れていた。
周りには、電圧電流を制御するコンソール、音波や電波を制御するコンソールなど、スイッチ1つで状況が大きく変わるものが沢山設置されていた。
「よし・・・おりゃああああ!」
カチン
ビリッ
「お?・・これマズイ・・ぶべっ!」
運悪く電流を操作するコンソールに触れてしまい、電流を上げてしまった。
ちょうど0Gとなるよう調整されていた『斥力発生装置』が設計通りに出力を上げる。
結果として、彼は天井に叩きつけられ、『どこかに着地する』という目的は達成したものの、コンソールには完全に手が届かなくなってしまった。
「うーん・・これは・・ホントに詰んだな」
コンソールを見上げると、さらに絶望的な状況が目に入る。
研究所やデータセンタ等、ケーブルを頻繁に弄るような所は、床を簡単に
剥がしてケーブルを収納できるようになっている。
そして今まさに、床が剥がれて中に収納されたケーブルが垂れてきていた。
その中に、1本だけ野太いケーブルがある。それは・・
「幹線ケーブル!何で固定されてないんだよ!電法違反だぞ!」
大きさに比例し、質量も大きいケーブルは、他のケーブルよりも比較的早く垂れてきていた。
「やめろ!来るな!それが装置に触れたら・・!」
分厚い被膜に覆われているケーブルでも、全力全開で稼動している装置に触れれば、いずれ被膜が溶けて中身がむき出しになってしまう。
「いや、大丈夫だよな・・?きっと、漏電検知かなんかで主電源から落ちるよな?」
そんな希望を抱くも、ケーブルの固定すらされていない実験室にセーフティが設置されているはずが無かった。
かくして、ケーブルは装置の放熱部に触れ、被膜を融解させ始める。
「うお・・なんつー匂いだ・・あーショート始めやがった。これはもうダメだな」
放熱フィンとケーブルの間にスパークが発生するのを見て、青年は諦めた。
天井に座り込み、目線を下げたとき、希望が目に飛び込んできた。
そこにあったのは、余った予算で作った携帯式ハンドレーザー。
軍から支給される一般的ではない資材で作られたそれは、厚さ10cmの鉄板すら貫通する。
「あれでケーブルを切断すれば!」
すぐに手に取り、射光口をケーブルに向けた瞬間、装置を中心として漆黒の空間が広がった。
「なんだあれ・・・クラフトマンフィールドか!」
斥力と引力が互いに空間を引っ張り合い、空間膨張限界を超えた時に発生する、空間の穴。俗にワームホールと呼ばれるモノである。
フィールド内部には時粒子すら存在しない為、『観測』という行為そのものが無効化されてしまい、詳細は一切分かっていない。
装置がフィールドに飲まれ、斥力が無くなった為、彼の体は自由落下を始める。
同時に裂けていた空間が元に戻ろうと、集束を始める。
「うお!飲まれる!!誰か記録しろおおおおおお!貴重な実験記録だぞおおおお!」
こんな状況でも彼は科学者だった。