夢
寂しく響く足音は、コツコツと断続的に続く。ここはトンネルか何かだろうか、エコーのように硬質な音が反響していた。一寸先は闇と言っていいほどの黒がそこら中を覆っている。霞んで見えるほどに遠くには、切れかけの蛍光灯がパカパカと点滅しているようだ。しかし、こちらの足元までは明るくてらしてくれない。コツコツ、コツコツ。歩みは止まらない。その内に、蛍光灯の下へと到達していた。そこでやっとのこと、歩くという作業を止めた。ふと、頭上を吹き抜ける風が頬を撫でる。その瞬間に寒さを思い出してしまった。気づくと、地面は雪で真っ白に塗りつぶされていた。肩に、雪が舞い降りる。が、瞬く間にそれは溶けて服の中に染みこんでいく。星明りが影を濃くして不気味さを醸しだしていた。ここは何処だ?そんなことが頭の中を駆ける。いくら考えても答えは出ない。そうか、私は夢を見ているのだろう。そんな結論を出した時、厚い雲に顔を隠していた三日月が現れた。月の中にいる兎が笑っているような気がした。もし、兎がお餅を突いているとしたら何時か食べさせてもらおう、そんなことを思いながらもまた歩みだす。辺りには建物らしきものは全く見えてこない。代わりに巨木が何本か見え隠れしている。知らないうちに足元は、柔らかい腐葉土に様変わりしていた。狼の遠吠えめいた音が聞こえたような気がした。周りには生き物の気配など微塵も感じないが、何故か視線を感じて仕方がない。カサカサ…カサ…。私は不意に振り返った。だが、そこには何も無かった。気のせいかと思い、もう一度前を向くと驚愕した。すぐそこは奈落の底にでも通じていそうな、崖になっていた。下を覗き込んでもやはり漆黒だけが潜んでいた。道はない。一度、目を閉じた。ここに橋があったらな。そんな取り留めもないことを呟き、目を開いた。すると、目の前には今にも千切れそうなロープで架けられている桟橋があった。恐怖を感じることなく、私はコツコツと軽快に動き出した。桟橋が落ちるかもしれない。そんなことは毛の先も思わなかった。しかし、終わりは突然だった。プチ……。そんな音を出して、桟橋は奈落へと落ちていった。これで、夢は終わったのだろう。そう、私は思ったに違いない。だけれど、悪夢はこれからだった。底の無いように感じられた崖は案外浅く、痛みも何も感じなかった。身を起こしてみると、複数の赤い目の大群がこちらを凝視していた。中には獰猛さを隠しきれていない、うめき声のような獣の音を出しているものもいる。だが、私は躊躇なく二本の足で立ち上がった。忽ち、血走った目の獣達が私目掛けて走り寄ってくる。そして、私の手、足、胴、頭ありとあらゆる所に噛み付いて肉を剥ぐ。ミシミシ…。腕から白い骨が見え始めた。死んでしまいたい程に痛いはずなのに、何も感じることができない。そうこうしているうちに、私は内臓までしゃぶり尽くされ骨だけになっていたようだ。獣達は満足したのだろう、トボトボと自分たちの住処へと帰っていく。私は念じる。このままで終わるのは癪だ。刹那、世界は光に塗りつぶされた。