4)あだ名は「姉ちゃん」
中学時代、我が弟と私の同級生は仲がよかった。
と、いうのも、二人して学生寮に入っていたからというのもあるのだが。
学年上下関係あれど、一緒の建物で暮らしていれば、多少なりとも気心も知れると言うもので。
姉の私が言うのもなんだが、弟は人当たりがいいというか、容量がいいというか、良く出来た弟というべきか……。
老若男女関係無く、誰にでもうけは良く、可愛がられたようだ。
まぁ、姉が『怪獣』だったから、というのも多少なり影響があったのだろう。
男子と女子の生活空間はしっかりと区切られていたが、それでも共有する場所はあるのでやり取りが無いわけではない。
学校やら寮やら、用事があればヤツは私を呼ぶ。
気の抜けるようなテンションで「ねぇ~ちゃ~ん」と。
やめろと言っても、変わらない。
どうも、当時、弟が私を呼ぶ声は、寮の名物(?)状態だったらしい。
それは瞬く間に周囲に伝染した。
所謂、『怪獣』だった姉(私)をからかう絶好のネタにされた。
「ねぇ~ちゃ~ん」
「ねぇ~ちゃ~ん」
「ねぇ~ちゃ~ん」
「ねぇ~ちゃ~ん」
「……オイ、ちょっと待てやコラ」
最初に、私を「姉ちゃん」と言い出したのは、弟の同級生たちだった。
姉という立場から、どうしても弟の面倒を見ることがあり、そのつながりで他の子の面倒もみたことがある。
彼等がちびっ子の頃から知っている顔ばかりだったし、どうも、そこから懐かれたらしい。
この頃、私は恐怖を隠すために、男のような言葉遣いをしていた。
だからか、女を意識しないでいいと、男子諸君にはとっつきやすかったのかもしれない。
「姉ちゃん、ゼッケン付けて欲しいんやけど」
「お前の姉ちゃんは、●△さん(先輩)だろうが。そっち行け」
「姉ちゃん、数学教えろ」
「何様だ、テメェ。せめてどこが分からんか細分化してから持ってきやがれ」
「ねぇ~ちゃ~ん」
「ねぇ~ちゃ~ん」
弟が私を呼ぶとき、それに付随して、面白がってその同級生も一緒に私を呼ぶようになった。
下手したら、「ねぇ~ちゃ~ん」の合唱だ。
さらに、いつしか、私を姉ちゃんと呼ぶ人は増え、最後には私の同級生まで、私を「姉ちゃん」と呼ぶようになった。
「姉ちゃん、テスト範囲メモし忘れた~。同じクラスのよしみで教えて」
「誰が、姉ちゃんだ。どうせ明日も学校行くやないか」
「姉ちゃん、寮母さんが呼んでるよ」
「だから、誰が姉ちゃんだ。今行くって言っといて」
「姉ちゃん、掃除手伝え~」
「オレはお前の姉ちゃんじゃない。そこらの暇人つれてけや」
「ねぇ~ちゃ~ん」
「ねぇ~ちゃ~ん」
……………………
私は「姉ちゃん」という名の何でも屋か。
全くの余談だが、卒業後、所用で学生寮の弟を訪ねたときのこと。
呼んでもいないのに「姉ちゃんだ」と弟の同級生たちに取り囲まれ、更に私の知らない学年にまで「●●先輩(弟)の姉ちゃん」と珍獣が現れたかのように取り囲まれ、しばらくしてようやく我が弟がのんびり顔を出したことがある。
そして、あるとき気がついた。
あ、『弟』なら、怖くない。
最初、弟から始まった「姉ちゃん」
その延長線でやり取りをしていたせいか、やり取りが我が弟と同じだと気がついたのだ。
弟の同級生も『弟』の感覚で、恐怖も感じずやり取りすることができていたのだ。
私の同級生も、いつの間にか『弟』のようなものと認識していた。
彼等は『男』じゃない『弟』だ。
怖くない。
……解決になっているような、そうでないような。
私の高校進学後、同じ高校に弟も進学してきた。
成り行きで不良の一部を遠慮なくシメてしまって以来『珍獣』扱いされていた私に、結局中学時代と同じような現象が起こり、私のあだ名はいつの間にか「姐御」になっていた。
正直に当時の心境を言わせてもらう。
「姐御」なんて、「姉」ポジションなんて、大嫌いだ!
そして、弟も『弟』たちも、今も私を「ねぇ~ちゃ~ん」と呼ぶ。
結局、根本的な解決にはなっていない。