1)原点は多分ここ
あの人が「高校卒業と同時に結婚した」と聞いたとき、私の感想は「ああ、やっぱりな」だった。
しかも、所謂『できちゃった婚』、それに対しても「あの人なら、さもありなん」だった。
別に、その人に対して恋愛感情も何もない。
むしろ、あまり近づきたくない人。
でも田舎の近所付き合いを考えれば、多少なりとも関わりを持つしかないわけで。
いや、正直なところ、私にとってその人は、いろんな意味で「教師」だった。
頭に『反面』が付くが。
子供のいたずらも、夏休みの宿題も、遊びのルールも、その人から教わった。
そして『異性に対する恐怖』も、その人から教わった。
兄姉とか、少しだけ目上の人に、掛け値なしに猫かわいがりされる。
……なんか、すごくうらやましいじゃないか、このヤロっ(←最後某青っ鼻のトナカイ風でヨロ)
自分にも、そんなにかわいがられた時期があったんだろうなって、古い写真を見たら分かるよ。
見事に『お兄ちゃん』ばっかだったけどさ。
例えそれがほんのわずかな時期だったとしても、自分が集団のなかで異質な存在だったから、どう接したらいいか分からなかったなりの優しさをいっぱい。
多分、大事には、してもらったんだと思うよ。
でもね、
男集団の中に一人だけ女の子は、小学校に上がれば、一気に疎外感の始まりだよなぁ。
性別が違うだけで仲間外れ決定。
最初は仲間に入ってても、最後には仲間に入っていたことすら忘れられるなんてザラだったし。
身体能力の変化がすでにはじまってるから、みんなできてることが私一人だけできなかったらそれだけで『お前来んな』
両親が共働き、弟は保育園、だから私は学校終われば学童保育。
でもさ、あそこは、私にしてみれば上級生からいじめの標的にされる場所だった。
小学校であろうとも、そこは人間関係の小さな縮図で、子供は子供なりに自分よりも弱い立場に対して強く出たがる。
自分を脅かすと思った存在は、弱いうちにつぶしてしまえって、つぶすことで優越感を得たがる。
人間って、年代変わらず結局そういうものだよね~、ホント。
私は他の子たちより成長が早かったから、2年生で中学生?って間違えられるガタイだったし。
身長・体重だけは学年最先端だった分、6年になって、初めて他の誰かに背を抜かれて、やっとほっとしたっていうかね~。
身に覚えのない因縁なんて何度受けたか。
だから「絶対行かない」って言い張って。
親が自分を心配してくれているのは分かるよ。
でも、あんな目にあうのだったら、一人で居るほうがまだマシ、ってそれが最善だって思ってた。
かつて、私がまだ幼い子供だった頃、身体的に同年代の子供より成長が早かった。
田舎育ちで、野山を駆け回る生活だったのも関係あっただろう。
遠距離から学校へ通っていた分、足腰も鍛えられていたか、運動能力も高かった。
背の高さは学年一、体重は……言わずもがな、小学校2年生で中学生に間違えられる体型。
初潮もその頃さっさと迎えた。(なぜか、周囲に驚異的な目で見られた)
ただ、己の成長の早さを喜びこそすれ、それに伴う危機感はまったく認識していなかった。
周囲もまだ早いと思ったのか、それを教えてくれることもなかった
今思えは、そこが間違いの始まりだったのだと理解しているが、今更いってもしょうがない。
ねぇ、想像できる?
それまで信頼していた人に、襲われるなんて。
押さえつけられて、裸にされて、触られて……。
まだ10歳にもならない、子供だよ?
初潮来てても、まだ学校における『性教育』なんてかすりもしない年齢だよ。
そういう『大人の楽しみ』に関する知識なんて何も無いのに。
ただ、自分の身に降りかかったことが、「誰にも言うな」と脅されたことで、他人には言えないことだということはなんとなく分かった。
田舎によくある、けっこう広い学区の、数十メートル先は他の地区なんてこれまた外れな場所に住んでるから、すぐ近くに同じクラスの子なんていなかった。
学校終わって遊ぶってっいったって、わざわざ『学校から、自分の自宅より遠い場所』まで遊びに来る子なんて居なかった。
保育園時代に仲良かったすぐ近所の女の子だってクラスが違えば、二の次三の次扱い。
そもそも、何の知識もない子供相手に、助けを求めても何も解決にならないうえに、悪いほうへといじくられるだけだということは想像できた。
『お姉ちゃん』って呼べる人はすでに歳が離れすぎていたから、助けてって言えなかった。
『お兄ちゃん』って呼べる人は、途中から皆恐怖の対象になった。
近くに居た同級生も皆『男』だから、『弟』って思わないと怖くて近づけなかった。
家族にも、『知られる』ことが怖くて相談なんて出来なかった。
すがることのできる人がいないのって結構寂しいんだよね。
集団の中で、いつの間にか教えてもらえることを教えてもらえなくて。
世間知らずに育っちゃうんだよね。
だって、外に出ればあの人がいる。
怖いから近づきたくない。
だから、必要以外は外に出たくない。
他人に助けを求めることが出来ないことはとても寂しかった。
でも、それ以上に恐怖が私を動けなくさせた。
『あいつは女の子だから』と、何も知らない男の子たちは、それだけで近づかなくなった。
学校から帰ったら、家から出てこない私を、変だと思って気遣ってくれる人も、引っ張り出してくれるほどの友達も仲間も、私にはいなかった。
だから、結局、私の友達はテレビで、漫画で、テレビゲームで。
『怖い』『寂しい』を、それで紛らわせた。
「やりすぎだ」と母親に制約されても、取り上げられても、それしかすがるものが、現実逃避できるものが私にはなかったから、やめられなかった。
だから、私の世界は貧しいままだった。
そして、それは今も続いている。
そう『お兄ちゃん』も『男』も、今でも私の『恐怖』
自分自身が三十路を迎えた今現在。
何も知らない両親や周囲は、暗に『嫁に行け』『さっさと結婚しろ』と訴えてくる。
でも、私は男性が『怖い』
だから、近付かない。
過去、数人だったけれど、私のことを「好きだ」と言ってくれた男性がいた。
「一緒に居たい」といってくれた男性がいた。
こんな自分を好きになってくれる人がいるだけでも、嬉しかった。
けれど、同時に、私にはそれさえも恐怖だった。
私はその男性たちに、近づけなかった。
ありがとう。
でも、ごめんなさい。
ごめんなさい。
今でも、心の底から、その人たちに酷いことをしたと思っている。
自分の身勝手で、傷つけてしまうことになってしまってごめんなさい。
せっかくの『気持ち』に答えることのできない私でごめんなさい。
自分にとって都合のいい言い訳でしかないけれど、
その恐怖を克服しない限り、前には進めない。
私が、『お兄ちゃん』を恐怖の対象にし始めてから数年後、母親からあの人の話を聞いた。
「●△君、高校卒業したら、すぐ結婚するんだって。出来ちゃった婚みたい」
ああ、やっぱり。
あの人なら、さもありなん。
正直、心の底から呆れた。
ただそれだけ。
今でも、その感想は変わらない。