死体人形って、ご存知ですか?──ご主人様が好きすぎて死体になった私の、完璧で異常なメイド生活
実は私、一年半生きてません!
死体人形って、ご存知ですか?
存在固定魔術という魔術がですね、死んだ身体を常にサラサラに、元気一杯に保ってくれるので、本当に一年半死んでいても全く臭くならないし、ドロドロにもなりません。
しかも、もう死んでいるから労働法の範囲外。お金を払わなくていいから、コストパフォーマンスがどんどん良くなっていくんです。
私、サクラ・ベラドンナも、死体になってから大好きなご主人様に全身全霊でお仕えできるようになって、すっかり人生が好調になりました!
これ、本当にすごいです。
死体人形の素晴らしさを布教するために、従者生活を満喫する私のとある一日を紹介したいと思います。
◇ ◇ ◇
──朝
八時間の夜間巡回を終えたあと、日が昇る前までにご主人様へ供する朝食を用意いたします。本日の朝食は、ヤギウシのチーズとドレインレタスのサンドイッチ、それから水を予定しております。
多忙な中でも、ご主人様は毎朝朝食をお召し上がりになります。健康的で素晴らしい習慣ですね。
ただ、放っておくと備蓄の携帯食料三本で済ませてしまわれるのです。しかも水無しで。窒息死の懸念大なので、朝食の用意は何より重要でございます。
それから、生活動線上へ自然にご用意することも重要です。片手料理の乗った皿を持つ死体人形、食べ終わった指を拭く死体人形をそれぞれ配置します。ご主人様は朝食のためにわざわざ食卓へ就くほど暇ではありません。聖都でもトップクラスにご多忙な方ですから。
その他各所へ同僚の死体人形が配置についたことを確認して、ご主人様を起こしに向かいます。ご主人様が覚醒されるまでは十五分〜三十分必要ですので、朝の準備はスピード勝負です。
「おはようございます、ご主人様。現在の時刻は朝六時十五分、天気は曇り、出発時刻まではあと一時間を切っております。」
「あと三十分寝れ──」
「先日の遅刻で宗主様より苦情が入っておりますので、心苦しいですが二度寝は却下です。」
「うそだぁ……」
死体人形も従者も、主人の命には必ず従うもの。ですが、不敬を覚悟で進言する心意気も必要なのです。
寝起きのご主人様を同僚へ引き渡し、私は仕事用鞄の用意に取り掛かります。筆記具、ハンカチ、お弁当、三時のお茶菓子、読みかけの魔導書、密閉された毒薬、その他愉快な諸々。必要なものがきちんと揃っていることを確認して、出入り口までお運びします。
扱いを誤れば屋敷が吹き飛ぶ場合もありますので、他の死体人形には任せられません。私? 有識者ですから、行けます。この仕事を任されているのも、ひとえにご主人様からの信頼の証、と言えるでしょう。
荷物のご用意が完了した後は、鞄と一緒に玄関で待機いたします。本来であれば他の業務に当たるべきですが、危険物が入っているので以下略、でございます。
二十分ほど経って、ご主人様がいらっしゃいました。時刻は七時ちょうど、遅刻の可能性はないと言ってよいでしょう。完璧な時間調整、流石ですご主人様。
「お荷物はこちらに」
「あら、普段の鞄とは違うじゃない」
「入っていた指の断面から血液が漏れておりましたので、僭越ながら取り替えさせていただきました。底で散乱していたメモは手帳に挟んでおります」
「……気が利くわね」
「身に余るお言葉です。お気をつけて、いってらっしゃいませ」
先輩死体人形と共に聖堂へ赴かれるご主人様を見送り、門の鍵を閉めて、朝の業務は終了でございます。叶うのならば私もご主人様のお傍に置いていただきたいのですが、以前打診した際には、
『見せられないものが多すぎるの!』
と、にべもなく断られてしまいました。出過ぎた真似をしたと、今では反省しております。私の方が有能とはいえ、要所ではやはり勤続年数が物を言うのですね。
──昼
ご主人様が帰宅されるのは夜の二十時。それまでに済ませるべき仕事は山のようにあります。
床掃除、煙突掃除、洗濯、庭の手入れ、ベッドメイク、蝋燭の芯切り、銀食器磨き──数え上げればキリがありません。
幸いにも、ここは死体使いの屋敷。ご主人様謹製の死体人形もまた、数多く勤務しております。過酷な業務にも手を抜かない彼女たちの尽力によって、仕事自体はスムーズに終了する──するのですが。数が多い故の問題もまた、存在するのです。
死体人形には、基本的に単一の命令しか刻むことができません。命令系統の構築に十分な時間を費やせばその限りではないでしょうが、実用的な案とは言えません。命令の書き換え、追加もまた然りです。
既存の死体人形を改良するより、新しく仕立てた方が早い。その結果、仕事が増える度に死体人形も追加され、今では優に五十人以上が働くことになってしまったのです。
隅の埃だけを掃除する死体人形、庭の草という草を執拗に抜き続ける死体人形、たった一度侵入した野良猫を延々と探し続ける死体人形。そのような……個性的な役割を持った人形たちを適切に配置・稼働させるのが、私の主な業務なのです。
「今日も元気に動き回っていらっしゃる……」
見た目が面白いからそのままにしている、なんてことはありませんよ。業務上必要なことです、ええ。
それから、死体人形たちの点検。あぁ、肉体のことではなく、仕事着の話です。
肉体はご主人様の完璧な魔術によって完璧に保たれているのですが、服は日々劣化、汚れを蓄積していきます。ホワイトブリムを落としたままであったり、埃まみれの服で歩き回るのは日常茶飯事です。
手入れ用の死体人形を用意していただけないかと日々期待しているのですが、研究に没頭するあまり自分の身なりにすら無頓着なご主人様にとって、死体人形の服装など、目に留まることもないのでしょう。仕事熱心って素敵ですね。
屋敷での業務がひと段落した後は、夕食に使う食材を買うために、市場へと向かいます。屋敷の中で、会話機能が実装された死体人形は私だけですから、必然的にお鉢が回ってくるというわけですね。
屋敷内で食事が必要なのはご主人様のみ。それゆえに、食材管理には頭を悩まされます。鮮度の落ちた食材をお出しするわけにはいきませんから。知ってますか? 生肉に存在固定魔術を使うと、スライムみたいに跳ね回るようになるんですよ。
「生魚がこんなに安いなんて、女神様の奇跡かしら。でもまだ鶏肉が食糧庫に残っていますね、悩ましい。そうだ、乾燥させれば保存が──」
「泥棒よー! 誰か捕まえて!」
「……私の買い物の邪魔をするとは、いい度胸ですね」
聖都の治安を乱すもの、すなわち、ご主人様の敵。このような小物の存在が、回り回ってご主人様の手を煩わすことになるのです。治安維持部隊の到着など待っている暇はありません。あんな雑魚、道端の石ころ一つで十分です。
「店主さん、この魚、キープでお願いします」
「え? あぁ、分かったよ」
店から出て、手ごろな凶器を拾い上げれば、準備は万端です。
「照準よし、風向きよし、遮蔽物の確認よし──喰らいなさい、メイドストリィームッ!! (投擲)」
着弾確認、盗人の右腕にクリーンヒット。奪った荷物を取り落として悲鳴を上げていますね、ナイス私。
そうこうしている間に、通報を受けた騎士がようやく到着したようです。あ、犯人がこっちを指さしています。
「あの女が俺に石を投げやがった! 痛くて動けねぇよ、クソが!」
「あの女とは……あぁ、サクラさんですか。治安維持へのご協力、いつもありがとうございます。ということは、こいつが通報にあった盗人ですね」
「こちらこそ、お勤めご苦労様です。さすがは騎士様、話が早くて助かりますわ。買い物が残っているので、私はこれで」
「承知しました!」
週に一度はこういうトラブルに遭遇してしまうため、巡回の騎士とはもはや顔馴染みです。部署は違うとはいえ、彼らもご主人様と同じ聖堂勤め。恩を売っておいて損はないでしょう。感謝するのですよ、ご主人様に。
それから、捕り物の礼として、魚はタダでお譲りいただけました。一石二鳥とはこのことですね。
──夜
「肉と魚、メインはどちらがよろしいでしょうか?」
「両方」
ご主人様の素晴らしき一声によって、食材管理の問題はきれいさっぱり解決いたしました。 今は食後の紅茶を準備している最中でございます。
ご主人様は夕飯の後、早々に書斎へと入られてしまいました。研究の邪魔をしてしまうやもしれませんが、他の要件もございますので、意を決して突入いたしましょう。ノックはしますが返事は聞きません。返事を返されることはございませんので。
「失礼いたします。食後の紅茶をお淹れしました」
「………………」
「それから、本日届いた手紙をお持ちしております。宗主様からの書簡もございますので、お早めに確認いただけますと幸いです」
「……ん」
この後は、ご主人様の研究が終わるまでお傍で待機。就寝を確認してから、夜間の巡回へ戻ります。二十四時間年中無休の死体人形生活、素晴らしいと思いませんか?
それでは皆様も、よき死体人形ライフをお過ごしください。
<宗主からの手紙>
──親愛なる巡礼者 ネクロス・ケリーへ
大鷲の羽搏きが強まり、冬の訪れを感じる良きこの日、いかがお過ごしだろうか?
同じ聖堂で働いてはいるが、忙しない君を捕まえるのは、なかなか骨が折れる。最近は家に帰ることも多いらしいじゃないか。いっそ外を通した方が早いと、こうして筆を執った次第だ。
緊急、とまではいかない要件なのだがね。君、新しい死体人形の管理申請を忘れていないかい? 屋敷に抱えておくだけならともかく、外に出すなら早めに報告がほしい。一年以上も先送りにされて、内務官が頭を抱えていたよ。
先日も、街に侵入した魔獣を件の人形殿が拿捕したそうじゃないか。騎士たちが称賛を送っていたと、彼女に伝えてくれたまえ。
──エレフィネー教宗主 セラヴィス・ドゥ・エレイダス
<さる屋敷の主人が出した返答>
──拝啓、聖都一の色男殿
忙しくて捕まらないんじゃなくて、逃げてるのよ。あんたと、あんたの顔を信仰する連中からね。家に手紙を送りつけるのもやめて。要するに関わってこないで頂戴。
死体人形の件に関しても、報告漏れはないはずよ。あの堅物が確認すべきなのは、住民登録の方ね。自由意志を持った死体人形って、物なのかしら、それとも人間なのかしら。内務官殿にぜひ聞いてみたいわ。
話は変わるけど、ファンに押しかけ女房されたって、前言ってたじゃない。振った女がメイドを名乗って屋敷に居座って、気づいたら家政婦長になりあがってた場合って、どうすればいいのかしら?
──返事はいらないわよ ネクロス・ケリー
本作は現在連載中の作品
『“実力だけはある”若き巡礼者と拾われ獣人の旅──魔王の影を踏む魔界巡礼譚 』と同一世界観の短編です。よろしければあわせてお楽しみください。




