ずっと握りたかったその手はもう冷たい
僕は昔から、この小さな世界で過ごしてきた。外の世界は変わらず、ただ天気が変わっていくだけだった。
身体も起こすことも、唐揚げみたいな固形物を食べることもできないほど、僕の身体は弱かった。
ベッドに横たわった腕は非常に細く、指先を曲げることすらできなかった。
だけど、この世界にも幸せなものがある。昔からの幼馴染の今村紗香の存在だった。
家族ぐるみの付き合いと言うこともあって、よくこの世界に来てくれて、僕の世話とかをしてくれた。
その時の彼女の温かい手のことは一生忘れることはないだろう。
だけど、こんな生活が数年以上経っても変わることがなかった。強いて言うならば、身体を起こすことはできるようになったことぐらいだった。
そんな変わり映えのない僕なのに、彼女は今日も僕の部屋に来ていた。
「最近、身体を起こせる時間が増えたよね」
「まあ、あの時に比べて年齢も上がったし、そりゃあ、体力ぐらいはつくだろう」
僕たち二人はいつものように会話をしていた。毎日、話しているもんだから話す内容はほぼ変わることがなかった。
「あっ、そうそう、悠。」
急に紗香の表情が真面目な顔になって、僕の方を見てくる。
「どうした?紗香が真面目な顔をしてらしくもないな」
僕は少し心配しながらも、少しだけからかったような言い方で返す。
「私だって、真面目な顔ぐらいします〜。それは良いとして、手術は来週なんだよね?」
紗香は怒ったような心配しているような感じの顔と声色で返してきた。
「そうだよ。来週の火曜日にあるよ」
僕がそう返すと彼女は僕の手を掴んで、
「絶対に成功してきてよ」
この時、自分の指が動かせないことをここまで恨んだことはなかった。
手術が成功して数年が経った。俺はある程度の固形物を食べれるようになり、身体を少しだけ動かすことができるようになっていた。
ここまでのリハビリで多くのことができるようになったが、以前として指を動かして、何か物を持つと言う動作はできなかった。
それでも、紗香や両親などのサポートを受けて、少しずつではあるが指を動かせるようになった。
「少しずつ指が動いてきたね」
紗香が俺の指を触りながらそう言ってきた。この時に彼女の手を握れるほどの握力があれば良かったのにと思ってしまう。
だが、俺はある計画を立てていたのだ。それは、紗香以外は知っている。
なぜなら、彼女の誕生日があと二ヶ月後にくるのだ。彼女の両親に無理を言って、午前中だけ二人きりになれる時間を設けてくれたのだ。
その時の誕生日プレゼントは紗香の温かい手を握ることだ。
俺はその日が来るのを楽しみにしながらmリハビリに専念していた。絶対に紗香の手を握るためにー。
二ヶ月後。
ついにこの日がやって来た。今までのリハビリで物をしっかり持てるよになり、指先も自由に動かせるようになった。
まだ、病気が完治しているわけではないから、この場所に留まらないといけないけど、このまま良くなれば、この場所を出ることも夢ではないらしい。
このこともまだ紗香には伝えてない。それに指先が動かないと思わせるために演技もしてきた。
全てはこの日のためにー。
だから、紗香が来るのを待った。待って。待って。待ち続けた。
十一時になっても、紗香が来ることはなかった。
連絡しても出ることはなかった。
どうしたんだろうと心配していた時に、
「松浦さん。少し来てほしい場所があるのですが……」
いつも俺のリハビリを手伝ってくれた女性が気まずそうな雰囲気で話しかけて来た。俺はリハビリの相談かなと思って、
「大丈夫ですよ」
すると、女性は深く頷いて、ついて来るように促してくる。
俺はその様子を見て、女性の後について行く。
しばらく歩いた後、あんまり見ないような部屋の前で止まった。この時、俺は嫌な予感がした。この部屋の中を入ると後戻りはできないような気がした。
「ここからは松浦さん。一人で行ってきてください」
俺は先ほどの嫌な予感は気のせいだと思うことにして、女性が言ったことに深く頷いて、その部屋の中に入る。
「えっ……」
部屋の中に入った時、俺は声を失ってしまった。
部屋の真ん中にベッドが置いてあり、その上で寝ているのは、紗香だった。
俺は紗香の方まで恐る恐る近づいていく。この時、時間はとてもゆっくり流れているように感じた。外からの音は全く聞こえてこなく、自分の心臓の音と足音しか聞こえなかった。
紗香の姿がすぐ目の前にあるところまで来ると彼女に状態がよくわかった。
下半身が存在していなかった。俺には何が起きたなんてわからなかった。
紗香の下半身がなくなるようなことを知らないからだ。
「どうして、こうなったんだよ……答えてくれよ。紗香……」
呼びかけても反応がない。
俺はもしかしたら彼女の温かい手を握れば起きるかもしれないと思い立ち、彼女の手を握った。
でも、その手は……
冷たかった……




