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銀の伝承  作者: 銀の伝承
第四章「ザラハート王国編」
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第75話「刻まれた代償」

静けさが流れる療養室の扉が、再びノックされた。


「失礼する」

再びヤシーンが入ってきた。

だが、その背後には、包帯を巻いた一人の男がいた。


端正な顔立ち、だが鋭く研ぎ澄まされた眼差し。灰色の肌と頭から伸びる角。

その背に漂う気配は、異質だった。


魔族。


ブリシンガーの目が、即座に鋭く細まる。

一瞬でその気配を感知し、彼は反射的に腰の剣へと手を伸ばしかけた。


その空気が、室内を緊張で満たす。

だがブリシンガーは、次の瞬間には手を止めた。


その男の立ち姿に、敵意がなかったからだ。

むしろ、そこにあるのは、疲労と戦火をくぐり抜けた者特有の静けさだった。


彼は目だけで、ブリシンガーを見つめた。その瞳には、まっすぐなものが宿っていた。


ヤシーンが言う。

「誤解するのも無理はないです。彼はカリス。魔族でありながら、帝国に背を向け、この王国と手を取り共に戦った者です」


ブリシンガーはカリスに目を向けたまま、ゆっくりと口を開く。

「なるほど……その目、戦火を越えた者の目だ」


カリスも静かに頷いた。

「あなたがブリシンガーか……噂通り、いや、それ以上だな」


ヤシーンが頷き、カリスへ促す。

「彼に、今までのことを話してやってくれ」


カリスは小さく息を吐くと、ブリシンガーの前に一歩進み、語り始めた。

カリスの報告が終わると、療養室には静かな間が訪れた。


バルダーもシスティーンも、無言でその内容を噛み締めている。

そんな中、二人を見ていたブリシンガーはゆっくりとカリスの方を向いた。


しばし、まっすぐに彼の瞳を見つめ―

「……礼を言う」


その声は静かだったが、その響きは確かに真心に満ちていた。

「あの状況で、突破口を開いたお前がいなければ、システィーンも、バルダーも、こうして生きてはいなかったかもしれない」


その言葉に、カリスは少しだけ目を逸らした。

「別に、誰かのために戦ったわけじゃない。俺は俺のケリをつけた。それだけだ」


そう言いつつも、その声にはわずかな照れと、どこか嬉しげな響きが滲んでいた。


ブリシンガーは、わずかに頷くだけで多くを語らなかった。

だがその瞳には、確かに仲間を見つめる温かさが宿っていた。


二人の会話が一段落した瞬間だった。


「……あっ!」

ふと、システィーンがブリシンガーの腰に目を向けて、小さな声を上げた。


「その剣……!」

彼女の声に、隣のバルダーもつられて目をやる。

そして、二人の瞳が同時に見開かれた。


「ブリシンガー、それって……!」


「ついに……完成したの!? 例の、“剣”が……!」


ブリシンガーは二人の熱のこもった視線に、わずかに目を細め、無言のまま剣に手を添える。

そして―静かに抜き払われた刃が、まるで空気そのものを清めるように、神聖な金属音を響かせた。


部屋の空気が変わる。

光が剣身に反射し、壁に黄金と銀の光輪を描き出す。


「……これが、俺の剣だ」


バルダーは食い入るように見つめながら、「すげぇ……」と声を漏らし、システィーンは両手を胸の前に握りしめ、「なんて……なんて神々しいの……」と感嘆の息をこぼした。


部屋中が、その神剣の“威光”に静かに魅了される中、床に転がっていたドゥガルが、ようやくぴくりと指を動かした。


「……やっと……気づいてくれたか…俺の最高傑作にな……」

「気づかれるまで、どれだけ床で転がってたと思ってる……」


システィーンが「あっ」と声を上げ、慌てる。


「ご、ごめんなさいドゥガルさん!私たち、剣に夢中で……!」


ドゥガルは手を振りながら、呻くように笑った。

「いいさ……その反応が見られただけで、俺はもう満足だ……」

「でも、次はベッドに寝かせてくれな。背中が床と一体化しかけてる……」


神剣の余韻がまだ室内に残っている中、ブリシンガーの視線が、ふとバルダーへ戻った。

その目が、わずかに細まる。


「……バルダー」


「ん?」


「起きれるか」


「え?ああ、まあ……今はちょっと無理だけど―」


「違う。上の服を脱げ」

室内の空気が、一瞬止まった。


「……え?」

システィーンが目を瞬かせる。

「な、なんで……?」


ブリシンガーは淡々と言った。

「さっきから、違和感がある。見せてくれ」


声の温度が低い。

それは、戦場で傷を見抜く者の声だった。

バルダーは少し戸惑ったが、ゆっくりと上半身の布を外した。


全員の呼吸が止まる。

首元から胸、腹にかけて、斜めに走る、巨大な傷跡。

グロイに付けられた傷以上に、彼の中の魔力が暴発した時の跡。


皮膚は繋がっている。

だが、それは「治った」ものではない。

止められただけの傷だった。


焼けるような痕跡。魔力で無理やり繋ぎ止めた形跡。

システィーンが小さく息を呑む。


「……それ、私が……」


「防いだんだろう」

ブリシンガーが静かに言った。彼の指が、傷の上で止まる。

触れはしない。

だが、その深さを理解していた。


「……あと数瞬、遅れていれば、間違いなく死んでいたな」


沈黙。

バルダーは苦笑する。

「……まあ、そんな気はしてた。でも、もうすぐ治るだろ、こんなの」


ブリシンガーの声が、わずかに強くなる。

「これはすぐに治らない、そしてまだ”治っていない”。システィーンの魔法が、身体が裂ける前で止めただけだ」


システィーンの手が震える。

「……ごめんなさい、完全に……」


「違う。防いだから、バルダーは生きている」


その言葉に、彼女の目が揺れる。

ブリシンガーは続けた。


「だが―これは、しばらく全力では戦えない」


空気が落ちる。バルダーが目を閉じる。

「……だろうな」


「この状態で、全力を出せば……二度と戦えない身体になるか、最悪、死ぬ」

ブリシンガーの断定。


沈黙。

その静けさの中で、バルダーは、ゆっくりと息を吐いた。

「……了解」


弱気でも、悔しさでもない。

戦士の返事だった。


そこでカリスが目を伏せる。

「すまない……俺が、魔力を分け与えたばかりに」


すぐさまバルダーが割って入る。

「いや、気にするな。お前は正しいことをした」

「あのままでは、ジリ貧になって確実に負けていた。お前のあの行動があったからこそ、俺達は生きている」


ブリシンガーはわずかに頷く。

「だからこそ、生きろ。次の戦いは、“治ってから”だ」


その視線がシスティーンへ移る。

「お前の魔法が、こいつを生かした」


システィーンの瞳が震える。

「……はい」


その一言で、彼女の肩の力が抜けた。

ブリシンガーが神剣を鞘に収め、室内が静かな余韻に包まれていたその時、ヤシーンが咳払いをして話し始める。


「ブリシンガー殿。陛下が、あなたとお会いしたいとのことです」

「そしてカリス、お前も呼ばれている」


システィーンとバルダーが顔を上げた。

「私たちも……?」


ヤシーンはゆっくりと首を横に振った。

「いや。陛下は、今は療養中の二人にはご無理をさせたくないとのお気遣いだ」


システィーンは小さく頷き、やや残念そうに微笑んだ。

「はい…わかりました」


バルダーも横になったまま拳を軽く上げた。

「よろしく伝えてくれ。俺たち、まだ寝てるけど、次はちゃんと立って会うって」


ブリシンガーは二人を見回し、わずかに頷いた。

「安心しろ。すぐに戻る」


その背に、カリスも静かに立ち上がる。

包帯越しにまだ痛みの残る身体を引きずりながらも、彼の足取りには迷いがなかった。

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