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銀の伝承  作者: 銀の伝承
第四章「ザラハート王国編」
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第72話「ブリシンガーの剣」

その頃―

ザラハートの戦いが終結したまさにその日、遠く離れたエルセリオン王国の王都の片隅にて、ひとりの男が立ち尽くしていた。


鍛冶炉の前、全身を煤で染めながら、目の奥だけが鋭く光っている。


ドゥガル。

ブリシンガーのために、神の戦士にふさわしい剣を、この手で生み出すために。


「……やっとだ……」


その手に握られていたのは、かすかに白金に輝く剣身。

ミスリルを、エルフの神聖な火で鍛え上げた結晶。

この数日間、睡眠すら捨てて叩き続けた命の刃。


刃の中央には、細く刻まれた紋章が浮かび、柄には黄金の装飾が施され、刃と柄の境界が光のような魔力を帯びていた。

(まるで……剣そのものが“生きている”みてぇだ)


ドゥガルが鍛え上げたこの剣は、ミスリルの限界を超えていた。

もはやただの金属ではない。神の加護すら宿した、ひとつの聖なる意志。


溶けることなき刃。砕かれぬ意志。

そして、破邪と破壊を両立する究極の造形。


その光は淡い銀色を基調にしつつ、刃の中心に向かって金色のグラデーションが走っていた。

太陽のようであり、星のようであり


そして何より、希望のようだった。


「こいつなら、アイツももう一度、すべてを斬れる」

ドゥガルの手が震えていたのは、疲労でも緊張でもない。

誇りだった。

彼が生涯をかけて辿り着いた、ひとつの到達点。それが、今、形を成した。


「あとは…渡すだけだ。この刃を」

火が消える。その瞬間、鍛冶場に差し込む光が、完成した剣を照らした。


光の反射が、壁に翼のような影を落とす。その影は、まるで剣自身が天へ羽ばたこうとしているかのようだった。


その瞬間だった。

バン!

鍛冶場の扉が、音を立てて開いた。鋭い風が吹き込み、火の残り香をかき消す。

逆光の中、ブリシンガーが立っていた。


その双眸が、まっすぐに完成した剣へと向けられる。


「…気配でわかった。完成したな、ドゥガル」

その声は低く、震えていた。怒りでも、興奮でもない。

ただひとつの確信。


繋がったという実感。

ドゥガルはゆっくり額の汗を拭った。


「ああ。これが俺の全てだ。お前のために打った、全てを超える剣だ」

ブリシンガーは、無言で数歩近づき、静かに輝くその剣を見つめた。


空気が震える。二人以外、誰もいない鍛冶場に、剣の意志が降りてきたかのような重さが漂った。

ブリシンガーが、柄に手を添える。その瞬間、剣が微かに光った。

ブリシンガーを中心に、ブワッとした風が広がる。


(…応えた)

剣と手が、触れ合っただけで、互いの魂が共鳴する。

ドゥガルがぽつりと呟いた。

「名は、まだつけてねぇ。けど、必要ないだろ」


ブリシンガーは、ゆっくりと頷いた。

「ああ。こいつは、名を問わずとも答える剣だ。俺が振るえば、それだけで十分だ」


そして、剣をドゥガルが制作した特製の鞘に納め、腰にくくりつけた。

そして、ブリシンガーは静かに目を伏せた。


「ありがとう、ドゥガル。お前の魂、確かに受け取った」

ドゥガルの鍛冶場に重なるように、柔らかな風が吹いた。


その風の中、音もなく現れたのはエルセリオン王国の王、アリュセールと、その右腕たる智将、リゼルフェインであった。

光を帯びるマント、月のように静かな瞳。


「やはり、完成したのですね」

リゼルフェインが鍛冶場の奥に目を向けると、ブリシンガーが静かに頷いた。

アリュセール王は一歩前に出て、厳かに言う。


「その剣の気配……もはやただの武器ではない。我らの森すら震わせた、“神の気”に近い波動だ。是非、その威をこの目で見せていただきたい」


ブリシンガーもまた、言葉少なく頷いた。

数刻後、彼らはエルフの森の奥深くにある訓練場に立っていた。


広大な空間。地形すら自然と調和するように整えられた神聖な地。遥か彼方まで続く地平線。

ブリシンガーは、静かに剣へと手を伸ばした。


―カッ。

その瞬間、世界が震えた。

抜刀の音は金属ではなく、神の鐘のような音色だった。


「…!」

アリュセールの表情がわずかに動く。

リゼルフェインは、背筋に冷たいものを感じていた。


ブリシンガーがその剣を構える。

剣身が、黄金と白銀に輝きながら浮遊する光を纏い始める。

その姿は、まるで一柱の戦神そのものだった。


そして―

「一太刀、いくぞ」

ブリシンガーが剣を縦に振り降ろす。

風が止み、空が震え、雲が一直線に引き裂かれる。


全く力んでいない、むしろ目で捉えれる剣筋だった。

だが大地が大きく、深く両断され、音を遅れて放つ。

地が揺れた。地平線の向こうから、まるで天が降るような崩壊音が届く。


リゼルフェインが息を呑む。

アリュセール王は静かに目を見開いた。

ブリシンガーは、光の粒を舞わせながら剣を収めた。


空にはなおも斬り裂かれた雲の名残が漂っていた。

訓練場にいたすべての者たちが沈黙する中―アリュセール王も、リゼルフェインも、ただ静かに息をのむばかり。誰もが言葉を失っていた。


(か、軽く振っただけなのに!)

アリュセールとリゼルフェインの二人の開いた口が塞がらない。


だが、ただ一人。黙って様子を見ていたドゥガルが、ふん、と鼻を鳴らし、腕を組みながら盛大なドヤ顔を浮かべていた。


「…まぁ、そうなるわな」

完全に計算通りと言いたげな表情。口元を少し吊り上げ、片眉を上げながら、ちらりとリゼルフェインを見やる。

「どうだ?エルフの高貴な知将さんよ。これが職人の仕事ってもんだ」


リゼルフェインがわずかに目を細める。

「…見事としか言いようがない」


ドゥガルはその言葉にますます満足げに頷き、腰に手を当てる。

「あとはな、この剣で世界が変わるところを見るだけだ。俺ぁもう、仕事をやりきったぜ」


そう言うと、ブリシンガーに向けて、軽く親指を立てた。ブリシンガーも、わずかに目を細めて笑い返す。


「ああ、間違いない。最高だ、ドゥガル」

その一言に、鍛冶師はたまらず鼻を鳴らした。


その時、一陣の風が駆け抜け、エルフの伝令が駿馬を駆って訓練場へと到着した。


「ご報告申し上げます!」


アリュセール王の前に膝をついた伝令は、息を切らせながら叫ぶ。


「ザラハート王国が、イシュカンダル帝国の侵攻部隊を撃退!魔族将グロイを討ち取り、王都の防衛に成功とのことです!」


一瞬、訓練場にどよめきが走る。

誰よりも早くブリシンガーが反応した。剣を背に立つその男は、報せを聞いた瞬間―

「…そうか」

低く、短く呟いた。


そして、目を細め、ニヤリと静かに口元を吊り上げた。それは誇らしげで満たされている笑みだった。

「あいつら……やったか……!」

彼が思い浮かべたのは、あの戦場に立っていた、バルダーとシスティーンの姿だった。


アリュセール王が静かに目を伏せ、リゼルフェインが小さく頷いた。


(俺がいなくても、あいつらは立ち上がり、乗り越えた)

風がその笑みに乗って、訓練場の空へと舞っていく。


アリュセール王がその様子を見ながら、静かに言った。

「あの者たちは、お前の継ぎ手なのだな」


ブリシンガーは答えず、ただ遠く、戦火の静まったザラハートの方角を見据えていた。

もうすぐ、出発の時だった。

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