第66話「弱者の一撃」
荒れた地面。爆裂した土煙。崩れたテントの残骸と、焦げついた血の匂い。
その中心で、二人の人物が激しくぶつかり合っていた。
「ハアッ!!」
カリスの絶叫と共に、地を這うような黒影が走る。
黒い魔力の影が螺旋状に渦巻き、グロイの巨体を狙って炸裂した。
地面が割れ、爆煙が巻き上がる。
しかし―
「……ったくよ。これで何度目だ?」
煙の中から現れたグロイは、口元に余裕の笑みを浮かべたままだった。
腕にはいくつかの焦げ跡、だが致命傷どころか、掠り傷すら負っていない。
「頑張ってんな、カリス。けどよ、の程度じゃ俺の皮も剥げねぇぜ?」
カリスは内心、息を呑む。
影を纏う強化術、闇雷を帯びた強撃、急所を狙った連打。
持てる技を尽くしても、グロイはまるで試合のつもりで応じているかのようだった。
周囲には、数え切れない魔族兵たちが円を作って二人の戦いを囲んでいた。
彼らは剣を抜くこともなく、笑いながらその死闘を見物していた。
「ほら、いいとこ入ったな!」
「グロイ様、今のフック綺麗すぎだろ!」
「カリスっての、しぶてぇけど…どうせもうすぐ潰れるな」
殺し合いを、戦争を、娯楽として嗤う彼ら。
自らも魔族のカリスだが、心底彼らを軽蔑していた。
そしてその中心にいる、グロイ。
この価値観そのものなんだと、なぜ帝国を憎むのかを再認識した。
カリスは再び構え直す。胸の内で、何度も浮かび上がる声。
(ここで、なんの成果も出さない訳には…!)
足元の影が波打ち、爆発的に広がる。
「影穿四連刻断!!」
地面から跳ね上がるように影の刃が四本、同時にグロイを襲う。
一撃一撃に、魔力の極限が注がれていた。
グロイの目が一瞬細まる。
「ほう…今のは、ちっと痛ェぞ?」
片腕で二撃を弾き、もう片方で三撃目を砕く。
だが、四撃目が腰に命中し、黒き血が飛び散った。
魔族兵たちが一斉にどよめく。
「おっ!? 今のは当たったぞ!」
「マジかよ、あの野郎、グロイ様に傷を…!」
グロイは、しばし無言でカリスを見据える。
そして、ニヤリと嗤った。
「やるじゃねぇか。けどよ……」
バッ!!
突如、グロイの両腕から魔力の衝撃波が発せられる。
「お返しだッ!!」
爆風がカリスの身体を吹き飛ばす。地面を転がり、影を纏った防御を以ってしても、吐血するほどの一撃。
「がッ…!」
「俺の番だ、カリス。次は、楽しませてもらうぜ?」
間合いを詰めたグロイの拳がカリスの胴を抉った。
刹那、空気が砕け、カリスの身体が宙を舞う。
地面に叩きつけられ、土煙とともに背中から大地にめり込む。
呼吸ができない。全身の骨が悲鳴を上げていあ。
「おいおい、もう終わりかよ?裏切り者がよぉ…」
グロイが歩を進めるたび、大地が重く沈む。
それを取り囲む魔族兵たちは、半ば狂ったように笑いながら見ていた。
「いいとこまでいったと思ったんだけどなー!」
「まぁ、帝国から逃げただけの魔族なんざ、こんなもんさ」
(…まだ…まだだ…!)
血を吐きながら、カリスは拳を握る。
歯を食いしばり、動かぬ脚を無理やり起こす。
(俺の命なんかで、この戦が止められるなら―それでいい…!)
血を吐き、腕が砕けようとも、カリスの意識は燃えていた。
視界が赤く染まり、骨の軋む音が耳を満たす。
それでも止めることはできない。
目の前にいるこの男グロイを、今ここで止めなければ、ザラハート王国が征服され、ミスリルも奪われ、目撃したとんでもない存在の復活が早まってしまう。
カリスは、魔力を自らの腹部一点に集束させる。
その魔力の密度は、すでに人間やエルフの許容量をとっくに超えていた。
地面が鳴る。空間が歪む。空気が焦げ始める。
「てめぇ、まさか!」
グロイが瞬時に理解して、反応しようとしたが、すでに遅かった。
「喰らえ!俺も貴様も道連れだッッ!!!!」
魔力が凝縮され、爆裂の印が浮かび上がったその瞬間―
ズオオオオオオオンッ!!!!
カリスを中心にして巨大な魔力の爆発が起きた。
爆発音というには重すぎる、地の底を揺るがすような爆破衝撃が走った。
その一撃は、もはや“技”ではなく―魔力の爆心地そのものだった。
土が盛り上がり、地面がクレーター状に抉れる。
数百メートル内のすべてが吹き飛び、熱と爆風と魔圧が渦を巻く。
周囲にいた兵士たちも全員吹き飛ばされる。
この技はカリスが隠密部隊に所属していた時に習得したもの。敵に捕まり、機密情報を漏らす前に敵を巻き添えに自爆するという、捨て身の技だった。
「なっ…!?」
「グロイ様が…ッ!」
観戦していた魔族兵たちが悲鳴を上げ、爆風に吹き飛ばされる。
グロイはその中心で、爆心にさらされていた。
「ぐっ…ぉぉぉおおおおおおお…ッッ!!」
鋼のような肉体が、大きく焦げていた。
ジュウウウウという焼ける音を発しながら、彼の肉体は大きく損傷。
筋肉が千切れ、血が噴き出し、彼の身体に初めて恐怖の色が宿った。
「テメェ…!」
グロイが地を這うように睨みつける先には、全身を焦がし、蒸気を上げながら立つカリスの姿があった。
その場に膝をつき、崩れる寸前でカリスはつぶやく。
「これが……お前が…笑って殺した……弱い奴らの…怒りだ……!」
だが、カリスの体はもう限界だった。
全身からおびただしい量の出血をしていた。焼け焦げた、ボロボロのカリスは崩れ落ちた。
だが、グロイはまだ立っていた。
明確なダメージを負っていながらもまだ倒れる様子はない。
「クハ…ハ、ハッ…ハハハッ…!もう少しで届きそうだったかもなァ。惜しかったぜ、カリス…だがな、てめぇはここまでだ」
刃が抜かれる音が響く。
グロイが背中の大剣、長さ2メートルを超える黒鉄の刃を、血の滴る爛れた腕で無理やり引き抜いた。
「仲間想いぶって…死ぬ時だけ格好つけやがって」
ゆっくりと剣を持ち上げ、刃先をカリスの胸に向ける。
「せめて、内臓ごと砕いてやるよ。死んだあとで“立派だった”なんて言われたら、腹立つからなァ…」
剣が振りかぶられる。
その影が、血に濡れたカリスの顔を覆う。
だが―
一閃。風を切る赤い稲妻が、空間を裂いた。
視界がぐらつく。気づけば、グロイの剣は、黒髪の戦士により途中で止められていた。
「残念だったな。こいつを殺すには、お前はちょっと遅かった」




