第65話「運命が交わる刻」
ザラハート王国。
王都全体が圧迫感に包まれていた。いよいよ彼らも出陣の時だったが、兵士たちは空を見上げ天を仰いでいた。
風が吹いていないにも関わらず、旗が揺れていた。まるで、何かがこの大気そのものを揺らしたように。
「しかし、あの感覚、なんだったんだ…?」
王女の側近たちも顔を見合わせ、誰一人として言葉にできなかった。
その時、門番の一人が慌てて駆け込んできた。
「報告ッ!西方より、旅人が二名!!」
「今、誰か来る……?」
「城門前に旅人二名、通行許可を求めています!…ひとりは、女性の魔導師。もうひとりは―剣を背負った戦士の男です!なんとも、ブリシンガーと言う男の仲間だとか……!」
ヤシーンの目が鋭く光る。
「すぐに通せ」
門番は思わず一歩退きながら口を開いた。
砂塵を伴って現れたのは、一人の金色の髪の女性と、長身の黒髪の少年。
バルダーとシスティーン。
どちらも衣服は旅の汚れをまとうが、ただの旅人ではないと誰もが直感した。
システィーンの歩みに合わせて風が巻き、バルダーの背には圧力のような覇気が立ち上っていた。
二人からは、ただならぬ力が発せられている。
「何者だ!」
鋭い声が広間に響いた。警備の兵たちが剣に手を掛け、魔力の気配が緊張感を孕んで立ち上がる。
だがその瞬間、システィーンが一歩前へ出た。
その仕草は丁寧でありながら、堂々とした威厳を湛えていた。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。私たちは敵ではありません」
彼女の声はよく通る、澄んだ音色だった。
そして、フードを脱ぎながらゆっくりと頭を下げる。
「私は、システィーン・メイルフィと申します。グランヘイム王国より参りました、魔術師でございます。そしてこちらは―」
隣に立つ、黒髪の青年が口を開く。
「バルダー・ガインルフだ。俺達二人は、ブリシンガーという男の弟子だ」
その名が告げられた瞬間、広間の奥、側近の一人がわずかに息を呑んだ。
総督ヤシーンの表情にも、微かに驚きの色が浮かぶ。
「ブリシンガー……」
偵察班の報告から聞く、イシュカダル帝国内でよく出る名前―彼らが最大の脅威と見なしているであろう存在。
「先程、凄まじい魔力の存在を貴方がたは感じたはずです。私達はその力の主が誰かを知っています!彼らがどれほど恐ろしい存在を呼び起こそうとしているか、すでに答えが見え始めています!」
「お願いです。私たちの話を、どうか聞いてください。この戦いは、もはや一国の問題ではありません。世界の命運に関わるのです」
バルダーは一歩前に出る。
その無駄のない動作、剣を抜く気配すら感じさせぬ佇まいに、兵たちは警戒を強めた。だが彼は、丁寧に膝をつく。
システィーンもバルダーの隣に膝をつき、低く頭を垂れる。
騒ぎを聞きつけた兵が広間に集まる中、避難され、軍しか居ないザラハート王都の広場の奥の、玉座に座すザラハート王のアリ・ハザールがゆっくりと身を起こした。
その瞳には、威圧ではなく探るような静かな光が宿っていた。
「……話してみよ、旅の者たち。貴公らが我が城に突然現れた理由と、その“ブリシンガー”の名を語る真意を。貴公らの言葉に耳を貸そう」
ヤシーンが言葉を続ける。
「この気配、確かに“ただ事ではない”。私も先ほど、空気の揺れを感じていた」
王は深く頷くと、静かに告げた。
二人が立ち上がる。その姿には、誠実な意志と確固たる決意が宿っていた。
「私はグランヘイム王国の西側にある、ファルデン村を拠点として旅を始めました。彼バルダーは元々ヴァルハイト王国の戦士でした。そこで出会ったのが、ブリシンガー・ヴァルディアという戦士です」
再びざわめきが起こる。
「その名、イシュカンダル帝国内では、何度も出ている。“ブリシンガー”という人物を帝国が警戒しているという情報は、我々の諜報網にも届いていた。ただ、どの報告もその人物の正体や素性までは掴めていない」
王は静かに勲章を手に取り、重々しく頷く。
「敵が恐れる者……ならば、我も一先ず信じよう。語れ」
システィーンが一歩前へ出る。
「イシュカンダル帝国は、ミスリルを利用して大陸各地に魔力を集めています。それは兵器や国家の繁栄のためではなく―ある脅威の“復活”のためです」
「復活?」
「はい。かつてブリシンガーが命を懸けて倒した“災厄”―ガウレムという、強大な存在がいました。あの存在が、再び目覚めようとしているのです。その存在が、私達が今朝感じた大きな力の根源です」
広間にどよめきが走る。
ヤシーンが静かに口を開く。
「我がザラハートも、その魔の手に晒されているという訳か」
ヤシーンは続ける。
「それに対し、我々も応戦の準備を進めている。だがその最中、我らの間者―魔族のカリスが、帝国領内への偵察任務を買って出たきり、いまだ戻らない」
「彼もまた、人間と魔族の狭間に立つ者。己の信念のため、単身で帝国の城に潜入していった。そして―今朝の異常な魔力の波。それが何を意味するか……そなたたちの話と、あまりにも合致しすぎている」
王が玉座からゆっくりと立ち上がる。
「ブリシンガーの名に連なる者として、これより我らと並び立ち、力を貸していただきたい」
その時だった。
ズシンッ……!!!!
地が鳴った。
一瞬、全員が言葉を止める。振動が地面を確かに震わせた。
地面の砂がわずかに舞い、噴水の水面が揺れる。
「いまのは……地震か……?」
一人の兵が眉をひそめる。
「違う……!」
ヤシーンが真剣な表情をする。
「これは、戦いの衝撃だ。しかも尋常な戦いじゃない。まさか、カリス……!?」
周囲が一瞬静まり返る。誰もが、その名に息を呑んだ。
次の瞬間、バルダーが立ち上がる。
「俺が行く……!偵察に行ったやつなら、死なせるわけにはいかねぇ……!」
システィーンも即座に立ち上がる。
「バルダー、私も行く。あの魔力の揺らぎ……尋常じゃないわ。あれは、尋常じゃない戦闘」
バルダーとシスティーンの会話を聞いたヤシーンらは反応する。
「それなら今すぐ発とう。だが、ここから時間は多少かかる」
それを聞いた二人が真剣な表情で伝えた。
「俺達は高速で移動出来る。あんた達は大軍を連れてそういう訳にはいかないだろ?なら、身軽な俺達二人だけでも先に行って加勢してくる!」
ヤシーンが最初は躊躇した表情をするが、すぐに鋭い眼光で頷いた。
「わかった、だが我々もすぐに追いつく」
王が一言だけ頷いた。
「行け。今は一刻を争う。そなたたちの足に、我らの未来を託す」
バルダーはすでに跳び出ていた。
脚力を解放し、気配を察知するままに地上へ向かう。
システィーンは掌をかざし、風の光を纏いながらシスティーンは宙を翔けた。
その背には、魔法で作られた大きな天使のような羽が羽ばたいていた。
空を裂き、地を蹴って、二人の若き戦士が戦いの元へと向かっていた。
(すまねぇブリシンガー……三柱と直接対決するなという約束、守れそうにねぇ)
バルダーが額に汗を垂らしていた。
向かう先には、カリスが孤独に抗っている、黒煙と狂気の戦場が待っている。




