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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第61話「託された背中」

陽が落ち始めたエルセリオン王国の回廊を、風が静かに通り抜ける。

水晶を埋め込んだ魔導封筒が、風と共に城内の一室へと運ばれた。

封を切ったリゼルフェインが、神妙な面持ちで読み上げたその内容に、システィーンとバルダーの顔色が変わった。

「ザラハート王国に……イシュカンダルの大軍が!?」

室内の空気が、わずかに震えた。

ブリシンガーは何も言わず、手すりに手を添えて外を見ていた。

「行こう」

低く、短い言葉だった。だがその一言に込められた決意は、部屋の空気を鋼のように引き締めた。

「待って。あなたは……まだ、剣が完成していない」

そう言ったのはシスティーンだった。その目には確かな決意が宿っていた。

「ブリシンガー、あなたが動けば、確かに勝てると思う。でも、今ドゥガルさんは必死にミスリルと向き合っている。それには、あなたが近くにいる必要があると思うの」

「そして私たちは…この数日間、修行を続けてきた。力を試す機会を、探していた」

「私たち二人で行く」

バルダーが力強く話し始める。

「ザラハートには、まだ時間がある。なら、あんたはここで武器が完成するまで、力を温存してくれ。俺たちが先に行って、可能な限り助けてくる」

ブリシンガーの表情が、僅かに強張った。

「……待て」

その一言で、室内の空気が変わる。


「ザラハートに向かう大軍だ。指揮官がただの将であるはずがない」

ブリシンガーは二人を見据え、低く続けた。

「一国を攻め落とす程の大軍だ。三柱のうち、少なくとも一人は出ているはずだ」

バルダーが歯を食いしばる。

「……それでも行く」

「無謀だ」

ブリシンガーの声は、珍しく強かった。システィーンが一歩前に出る。

「あなたが行けば、確かに戦局は変わる。でも―」

彼女は真っ直ぐに言った。

「それはまた、あなただけが全部を背負う戦いになる。私たちは、もうそれを見ているだけの存在じゃない」

「……」

「危険なのは分かってる」

バルダーが静かに言う。

「でも、危険だからって、全部あんたに任せるのは違う。俺たちも、ここまで来た。無茶はしないさ、ザラハートを手助けするだけだ」

ブリシンガーは二人を見つめた。

ファルデン村に居た時はオドオドしていたシスティーンは、今や真っ直ぐ彼を見返していた。

バルダーは、まっすぐに背筋を伸ばしていた。


「……分かった」

ようやく口を開いたブリシンガーは、ゆっくりと頷いた。

「だが三柱との直接的な戦闘は避けろ。ザラハートと徹底的に協力して、戦力を最大限まで上げて戦え」

「当然だよ」

システィーンは微笑んだ。その笑みには、かつての優しさと、今の強さが同居していた。

「この数日、エルフの凄い魔道士と剣士たちとずっと訓練してたんだ。私たちも、もう……あなたの背中をただ見ているだけじゃない」

バルダーも、無言で拳を握った。

「戦えるところを、見せてやる」

その言葉を背に、二人は支度を始める。


それを見るブリシンガーも、彼らの言葉だけを受けて納得したわけではない。

この数日間、彼らは必死にエルセリオンで特訓をしていた成果が如実に表れていた。

二人から感じる強大な力―特にシスティーンの秘めている膨大な魔力が更に膨れ上がっており、何もしていなくても空気を伝わり、肌をピリピリさせる。

バルダーは元々強い。ブリシンガーとの特訓と豊富な戦闘経験も相まって、立っているだけで圧倒的な強さを放っている。


だがシスティーンは、彼女の才能を差し引いても、彼女を短期間でここまで成長できる人物は、この世に一人しかいない。

(”彼女”に師事していたな)

ブリシンガーがニヤリとする。

風の中に揺れるのは、若き者たちの決意の香りだった。

エルセリオン王国の門が、ゆっくりと音を立てて開いた。

風はまだ冷たく、夜明けの光が東の空をわずかに染めていた。

「よし、行こうか」

バルダーが剣の柄に軽く手をかけ、短く言う。

「うん」

システィーンは頷き、手にした魔導書の留め具を確かめた。


見送りに来ていたリゼルフェインが静かに手を振った。その横には、遠くから二人の背中を見つめているブリシンガーの姿もある。

彼は何も言わなかった。だが、その眼差しには確かに宿っていた。

「託した」という静かな決意と、「信じている」という無言の信頼。

システィーンとバルダーはその視線を背に受けながら、森を抜ける街道へと足を踏み出した。

「……ちょっとブリシンガーの前で強がっちゃったけど、本当に大丈夫なのかな…」

しばらく沈黙が続いた後、システィーンがぽつりと呟いた。それは不安というより、自分に問いかけるような響きだった。

バルダーは前を向いたまま、笑った。

「正直、俺も怖い。けど……自分たちを信じるしかねぇ」

二人は笑い合った。そこにあったのは、幼さではない。戦場をくぐり抜け、仲間として肩を並べる者たちの絆だった。


道の先には、終わりなき砂が広がっている。ザラハート王国へ至るまで膨大な土地を渡らなければならない。通常であれば、何週間もかかる道のり。

だが、二人にとって、その距離は問題ではなくなっていた。

二人は魔族との戦いと、ここ数日間でエルフとブリシンガーによる訓練で飛躍的な能力の変貌を遂げていたからだ。

システィーンの足は地面を離れていた。

新たに習得した飛行魔法。

彼女の背中からは魔法で出来た、半透明の天使のような大きな翼が生えているように見えた。

エルフの魔道士から教えられた精密な空間制御魔法。

空中で高速で滑空するシスティーンの横を、砂煙を巻き上げながら影が駆ける。


バルダーだった。

彼の足は、もはや人の動きではなかった。

「地面がある限り、俺の方が速い!」

バルダーは笑って答えた。

エルフの剣士との訓練で身に付けた、重力を利用した剛脚術。

膝と腰にかけての魔力の圧縮と放出、それを瞬時に行うことで瞬発力を引き上げていた。

その姿を見ながら、システィーンは心の中で呟いた。

(バルダーも……やっぱり強くなった)

そして、自分自身にも問う。

(私も……きっと)

これまでとは違う。もう守られるだけではいられない。

この手に託された魔力と希望が、誰かを守るための力になるのなら、今こそそれを証明する時だ。

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