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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第57話「魔族の青年カリス」

黄砂にけぶる大地。灼熱の太陽が空から世界を焦がす中、遠く蜃気楼のように現れる茶色の城壁。

そこが、ザラハート王国。

長きに渡ってこの砂漠地帯を支配してきたこの国は、北の山岳、西の草原、東の海すべてに繋がる“中央の舌”と呼ばれる地形に位置し、あらゆる民族・物資の交差点として独自の繁栄を築いてきた。

神を祀る尖塔の影で、色とりどりの布を羽織った人々が市場を行き交い、音が絶えない。


だがその華やかな表層の裏で、王城の作戦室にて重々しい空気が流れていた。

重ねられた地図、動かされる駒。その前に立つ男の眼光は鋭かった。

「……東方境界で、イシュカンダル帝国の軍勢が動いたというのは確かか?」

王国軍の参謀長が頷く。

「間違いありません。密偵の報告によれば、大規模な移動が確認されたとのこと。まだ国境は越えていませんが…異常な動きです」

「……何を企んでいる、イシュカンダル……!」

ザラハート王、アリ・ハザールは低く唸った。


彼の国は、イシュカンダル帝国に最も近く、最も慎重に付き合ってきた。時に友好を装い、時に距離を置きながら、侵略を防ぐための綱渡りを続けてきた。

そのバランスが、今、崩れようとしている。

「奴らめ、今まで近隣の王国では飽き足らず、ついにここまで来ようというのか」

隣にいた重臣が小さく口を開いた。

「近年、帝国では様々な動きがあるようで。国境付近で魔族の小規模な出入りが頻繁に行われているのが確認されています。何れにせよ帝国のことです、禄なことではないでしょう」

アリ・ハザール王は椅子から立ち上がり、砂漠を見渡す高窓の前へと歩む。

「イシュカンダルは今まで比較的大人しくしていたが、近年のこの動き、“何か”に焦っている。いや、追われているのかもしれぬ。時間に」

その言葉に、場の空気がわずかに揺れた。

「総督ヤシーン・ハディールを前線に派遣せよ。補給線を確保しつつ、民を戦に巻き込まぬよう避難経路も整えろ。これは、戦争だ」

参謀たちは一斉に頭を下げ、命令が飛ぶ。

ザラハートは、いかなる帝国の覇道にも屈さない。

それはこの砂漠の誇りであり、千年続く商都国家の矜持だった。

そして王は呟く。

「イシュカンダルよ。貴様らが動いたというのなら、我らも目を覚ますとしようか」

アリ・ハザール王はそのまま背を向け、窓越しに遠く赤く揺れる砂嵐の兆しを睨みつけていた。その背に、緊張した空気を抱えたまま参謀たちが頭を下げる。


風が砂を巻き上げる。

王都から少し離れた、砦の石壁の上、ヤシーン・ハディールは遠くの地平を見つめていた。ここはイシュカンダル帝国との前線に最も近い砦として機能している要塞だ。

「イシュカンダル帝国の、影が、また伸びてきたか」

呟く声には、長年戦を見続けてきた男ならではの静かな怒りと覚悟があった。

彼の元には、複数の報告が上がっていた。

「グランヘイム王国を経由し、東方へ向かった者がいます。名は…“ブリシンガー”。その名は、イシュカンダル帝国内でも複数の部隊報告書に現れています。魔族と交戦し、生き延びているとのこと。詳細は不明だが―ただ者ではないでしょう」

副官の報告を聞きながら、ヤシーンは眉をひそめる。

(ブリシンガー……)

まだ何者かはわからない。だが、その名が幾度となく出てくるということは、帝国も無視できない存在と見ている証だ。

帝国の動きが加速している裏に、その存在が絡んでいる可能性すらある。


その日の夜。

要塞近くのとある場所にヤシーンは向かった。要塞の近くにある寂れた神殿。砂石で出来た廃墟のような古い建物の中には焚き火が揺らいでいた。

その中には魔族の集団が居た。

頭から生える長い角。紫色や灰色、緑色の肌と鋭い目つき。

だが、纏う衣装はボロボロに引き裂かれており、表情が死んでいる。

今までの魔族とは明らかに“やつれている”雰囲気を纏っていた。中には魔族の長老らしき老いた男と、数名の若い魔族たちが座っていた。

彼らはイシュカンダルの支配から逃れてザラハートへ流れてきた魔族たちであり、現在は王都の外れに身を寄せていた。

周囲の人間からは疎まれつつも、王国側は彼らの情報力に価値を見出し、時折密かに接触を図っていた。


彼らは人間に対して敵対的な感情を持っていたわけではない。ただ、過去の戦争と迫害がその距離を生み出していた。そして今も、王都の人間たちからは「魔族がいるから近づくな」と疎まれていた。

「久しいな、ヤシーン。今度は何の話だ?」

集団の長老らしき魔族が彼に語りかける。

「……イシュカンダル帝国の動きが活発になっている。今まで以上に大規模な軍を動かしているという情報が入った。今までだったら考えられない行動だ。元帝国の一員のお前達が、何か知っているかを問いたい」

老魔族はしばらく黙った後、低く呟いた。

「三柱が動き始めている。奴らが動けば、帝国の意思も動く。だが、我らのような立場の者にまでは、全容は届かぬ」

ヤシーンは目を細める。

「三柱、その名前は聞いたことがあるな。イシュカンダル帝国の将軍だろう?」

「そうだ、帝国でも屈指の実力を持つ三人。彼らが軍を主に指揮している。ただ、逃れた我等のように、彼らの抑圧的な支配に賛同しない者もいる」

それを聞いたヤシーンが腕を組み、考えた。

「ということは、今でも帝国内では反対派が存在している ということだな?」

それを聞いた老魔族が頷く。

「数も少なく、抵抗が出来るほどの勢力とは、とても言い難い。彼らが、何かを出来るとは思えんがな」

そこでヤシーンが目を細め、一つ提案をする。

「一つ、頼みがある」

「再び君たちの中から数名、スパイとして帝国内部に潜り込んでほしい。無理は言わない。ただ、手を貸してくれるなら、王都での居住許可を与える用意がある」


その提案に、若い魔族たちがざわつく。中には露骨に嫌悪を示す者もいた。

「裏切り者として捕まったら終わりだぞ!」 「帝国の目はどこにでもある!」

その中で、一人の魔族の青年が静かに立ち上がった。深緑の髪に漆黒の目を持つ青年だった。

「……俺が行く」

その言葉に全員が一斉に彼を見つめた。彼は少しだけ口角を上げて続ける。

「どうせ俺たちは、どの国でも厄介者だ。唯一受け入れてくれたのがここだ。だったら、少しぐらい役に立った方がマシだ」

ヤシーンはその言葉を聞いて、微かに目を細めた。

「名は?」

「カリス・ヴァレインだ。元々は帝国の隠密部隊に所属していたが、今やただの逃亡者だ。でも、情報を運ぶぐらいのことなら、やれる。元々、帝国内にいた時にも同じ考えの者を知っている。彼らはまだいるだろう」

老魔族がため息をつきながらも頷いた。

「カリス、お前なら進入路も知っているだろうが……捕まったらどうなるか、分かっているだろうな?」

カリスは静かに頷く。


ヤシーンは深く頷き、青年に近づいて静かに言った。

「心強いな。頼んだぞ、カリス」

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