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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第55話「魂を打つ」

一晩を過ごした後に一行はエルセリオン王国に到着した。

その星屑を編んだような街並みは、変わらぬ幻想の輝きを放っていた。

だが、帰還した一行の様子を見て、城の衛士たちはすぐにただ事ではないと悟った。

汚れた旅装、険しい表情、そして―背負われた、大きなミスリル結晶。


「お戻りですか、ブリシンガー殿」

出迎えたのは前回と同じく、リゼルフェインだった。だが今回は、声に柔らかな歓迎よりも、緊張と敬意がにじんでいた。

「ミスリルを手に入れた。我々には…急がなければならない理由がある」

ブリシンガーの言葉に、リゼルフェインはすぐさま頷いた。

「ではすぐに、陛下の元へ。報告を」

広間の扉が開き、エルフの王アリュセールが待っていた。玉座の間に差し込む光は白く冷たいが、その目には温かな誠意が宿っていた。

「よく戻ったな、勇者たちよ」


軽く頭を下げたブリシンガーが、静かに語り始める。

アゼルグラム山脈の奥に眠っていたミスリル鉱脈のこと。

イシュカンダル帝国が、ドラゴン族の中に協力者を抱えている可能性。

そして、ガウレム復活を目論んでいる話を。

語り終えた時、王もリゼルフェインも、顔色を変えていた。

「我々の想定以上に、事態は深刻だな」

王が低く呟く。

「ならば、猶予はない」

リゼルフェインが一歩前に出て言った。

「この地には、かつて我らの祖がミスリルを鍛えるためだけに用いた鍛冶場があります。今は封印され、聖域と化していますが……使うべき時が来たのです」

「案内を頼む」

その言葉に、リゼルフェインはすぐさま頷き、光の杖を掲げた。

「参りましょう」

石畳の通路を抜け、苔むした回廊が現れた。

そこは、かつて選ばれた者だけが立ち入ることを許された、鍛冶場へと続く道だった。

その静けさは、どこか神殿のようで、聖域に踏み入る重さが足を鈍らせる。

その途中、先を歩いていたリゼルフェインがふとドゥガルに声をかけた。

「…貴方の鍛冶技術。先日、我が術士が,あなたの打った武器の細部まで観察させてもらいました。素材の扱いも、見事です」

ドゥガルは少し照れくさそうに鼻を鳴らした。


「お褒めに預かり光栄だな。だが俺の技術なんざ、ただ生きるために磨いてきただけさ。大したもんじゃねぇよ」

「そう思いますか」

リゼルフェインは柔らかく笑った。

「私たちエルフにとって、鍛えるとは祈りに等しい。素材に向き合い、魂を通わせ、形を与える。それが、たとえ武器であっても、破壊の道具ではなく、意志の器です」

ドゥガルの目がわずかに細められる。

「……意志の器、か。いい言葉だ」

二人は、鍛冶師としての共鳴を静かに交わした。

ドワーフとエルフ、文化も価値観も違うはずの種族。だが、“鍛える”という行為に込める想いだけは、同じだった。

やがて通路の先に、光が差し込んだ。

リゼルフェインが静かに言う。

「……この先が、鍛冶場です」

ドゥガルは拳を握りしめ、白銀の扉の前に立った。

扉が鐘のように重々しく響く。

その先にあったのは、もはや鍛冶場の域を超えた空間だった。


広大なドーム状の天井は、まるで星空をそのまま彫刻にしたかのように淡く光を宿している。

床一面に敷き詰められた白銀の石板は、踏みしめるたびに鈍く輝きを放ち、魔力を感じさせた。

中央には、神鉄の祭壇。

そしてその奥、淡く揺らめく光の炎が、無音のまま燃え続けていた。

「ここが……」

システィーンが思わず声を漏らす。

「我々エルフの祖が、遥か古代に築いた鍛造の聖域です」

リゼルフェインが静かに説明する声も、どこか神前の儀式のように響いた。

ドゥガルは息を呑みながら、ゆっくりとその空間に足を踏み入れた。

目の前の作業台には、何千年の時を経ても一切の劣化を見せぬ、古代の打ち金と鉄床が鎮座していた。その一つ一つに、精霊の加護を宿したルーンが浮かび、かすかな振動と温もりを帯びている。

その神秘に、ドゥガルは心からの畏敬を覚えた。

だが、それ以上に、この場に自分が立っていることが、誇らしかった。

リゼルフェインが、深く一礼した。

「さあ、鍛冶師ドゥガルさん」

ドゥガルは頷き、ミスリルの結晶を手に取る。

それに加え、グランヘイム王から提供されたミスリルも併せて取り出す。

これだけあれば、大きな一本の剣にするだけの量がある。

白銀に光るその結晶は、まるで呼吸するように、彼の鼓動に呼応するように脈打っていた。

彼が一歩踏み出すと、奥の炉の炎が更に勢いを増す。青と銀が交じり合い、幻想的な光が空間を照らす。

「始める……!」

ドゥガルは結晶を聖炎にかざし、ミスリルに命の火を与えた。

音を立てて炎が跳ねる。

鉄に十分な温度が行き渡った後に、鉄床にそれを載せ、重厚な鉄槌が振り下ろされた。


カン……ッ!

第一打。

その響きは、城下にまで届いた。

カン……ッ!

第二打。

その衝撃は、光と風を震わせた。

システィーンは祈るように手を組み、ブリシンガーは静かにその槌音に耳を傾ける。

聖なる炎の中で、ミスリルの結晶が鈍く、そして鮮烈に脈動していた。

ドゥガルの手にある槌は、今までどんな金属を鍛えてきた時よりも重い。だが、その重さは“質量”ではなく―魂にかかる圧だった。

カンッ……ッ!

一打、一打。

打ち下ろすたびに、全身の力が鉄に吸われるような感覚を覚える。

「ぐっ……!」

額からは滝のように汗が流れ落ち、指は痺れ、視界が霞んでいく。

実際に、彼の体力が、力が、鉄に持っていかれている。

それでも、ドゥガルの目は結晶から逸れなかった。

目の前にある金属は、ただの素材ではない。

これは、神の戦士が振るう決意そのもの。この剣は、ブリシンガーの手に渡った時、ただ斬るだけではなく、守り、導き、証となる。

「まだ…だ。こんなもんじゃ、こいつは目を覚まさねぇ…!」

彼は鉄槌を両手に握り直す。

また一打。

炎が揺れるたび、結晶の形がわずかに変わっていく。


最初は塊だったものが、徐々に、細長い刀身の骨格を帯び始める。

それは、まるでミスリル自身が「剣になりたい」と願っているかのようだった。

「感じる……こいつ、生きてやがる……!」

リズムを崩さず、呼吸を合わせる。

「俺の魂を…込める。お前が応えてくれたなら、今度は俺の番だ…!」

三度、四度、五度―ミスリルは青白い光を放ち、火花が星屑のように宙を舞った。

何度も神聖な炎で焼きを入れては打つ。

刀身はすでに、その姿を半ば完成させていた。


だが、それはまだ“形”に過ぎない。真に武器となるには―想いと意志の焼き印が必要だった。

その時、ドゥガルの意識が、わずかに暗転しかける。

視界が狭まり、意識が途切れそうになった―が。

「…ドゥガルさん!」

システィーンの声。

「お前なら、できる!」

バルダーも声援を送る。

そして―

「ドゥガル、自分を信じろ」

ブリシンガーの低く、深い声。ドゥガルの瞳が、再び開かれる。

「ああ、聞こえてる。聞こえてるさ、みんなの声…!」

また一撃。

その音は、炎を越えて天井に届き、静寂のあと、刀身の輪郭が完全に姿を現した。

そこにあったのは―青白く光を放つ、刃を備えた神の剣の原型だった。

ドゥガルは崩れ落ちるように膝をついた。それでも、彼の顔には、誇りと達成の微笑が浮かんでいた。

その粗削りだが、誰が見ても明確に剣だと分かるものは、圧倒的な存在感を放っていた。

蒼白の刃身に、わずかに揺れる銀の光。まるで風すらも畏れて近づかぬような、神性の気配。

「すごい……これが……」

システィーンがぽつりと呟く。

だが、ドゥガルは、肩を大きく上下させながら、額の汗を拭った。

「まだまだ、完成には程遠い」

「え?」

バルダーが聞き返す。

「形にはなった。だが“命”を宿すには、あと一歩、いや、あと“数十歩”足りてねぇ。今のままじゃ、ただの神秘的な金属の塊さ」


彼は立ち上がり、疲れた体を押して鍛冶台に向き直る。

「こいつに“意志”を宿らせるには……俺の魂をもっと深くまで削らなきゃならねぇ。細部の彫り、刃渡りの均衡、力の流路、そして何より―この剣の“心”を、俺の手で完成させなきゃならねぇんだ」

ブリシンガーが静かに頷く。

「…どれほどかかる?」

「分からねぇ。もしかしたら一晩で終わるかもしれねぇし、三日、いや七日かかるかもしれん。でも、こればっかりは……誰にも口出しさせたくねぇ」

そう言って、ドゥガルは振り返り、少しだけ照れ臭そうに、だが真剣な目で言った。

「悪ぃが、ここから先は俺一人にさせてくれねぇか?」

リゼルフェインを含むシスティーンも、バルダーも、そしてブリシンガーも一瞬だけ目を見交わし、すぐに頷いた。

「わかった。あとは、お前に託す」

ブリシンガーが静かに言った。

「でも、ちゃんと寝ろよ……!剣は折れても、お前は折れるな!」

バルダーが拳を握って笑う。

「終わったら…最初に見せてね?」

システィーンは優しく微笑んだ。

ドゥガルは、いつものふてぶてしい調子を少しだけ戻して、にっと笑った。

「当然だ。最初に見せてやるよ。世界で一番かっこいい神の剣をな」

そして、ドアが静かに閉ざされる。

鍛冶の間に残されたのは、ひとりの鍛冶師と、まだ目覚めぬ神剣だけだった。

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