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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第54話「ドゥガルの魂」

ミスリル鉱脈の前で、しばらく誰もが言葉を失っていた。

その光はただ美しいだけではない。神聖で、まるで大地の意思がそのまま結晶化したような、そんな畏れすら感じさせる存在だった。


だが、やがてドゥガルが一歩前に出た。

「始める。準備はできてる」

彼は背負っていた革袋を広げ、慎重に一つ一つ道具を取り出す。

「普通の鉱石じゃねぇ。下手に力を加えれば、粉々になって戻らねぇ」

冗談めかした声だったが、誰も笑わなかった。

ゼルグが頷く。

「ミスリルは、鍛える者の魂を見抜く金属だ。意思が揺らげば、それは即ち破壊を招く」

「魂か…なら、見せてやるよ。俺の本気をな」

ドゥガルは静かに深呼吸し、手を合わせて目を閉じた。

そして、道具を手に取り、最初の一打をミスリルに与える。


カンッ!

まるで鐘を打ったような高く澄んだ音が、洞窟中に響いた。

だがミスリルの表面は、微かに震えるだけで、欠片一つ剥がれない。

「やはり、そう簡単には応えてくれないか」

ドゥガルは舌打ちせず、むしろ嬉しそうに口角を上げた。挑まれている。試されている。

そう思っただけで、胸が高鳴った。

数度、別の角度から丁寧に打ち込む。同じリズムで、同じ圧で。その緻密さは、鍛冶屋というよりも楽器職人に近かった。

高く、澄んだ、どこか神聖な音。

ドゥガルの手によって叩かれるのは、神の金属とまで称される幻の鉱石ミスリル。

だが、その岩肌はあまりにも硬く、あまりにも繊細だった。

「くっ、ダメか。やっぱり浅い」

何度も挑んでは、わずかに煌めく表層を傷つける程度。芯に届くには、あまりに遠く、あまりに脆い。

汗が額を流れ落ちる。洞窟は冷たいはずなのに、ドゥガルの身体からは蒸気のような熱が立ち上っていた。


『ミスリルは試してるんだ。鍛える者の魂を』

ゼルグの言葉が耳をよぎる。だが理解したつもりでも、結果はついてこない。

道具の柄が手の中でずれる。何度も振り下ろした手首には痺れが走り、腕はすでに重く鉛のよう。

「これじゃ…!」

焦りと苛立ちが込み上げる。

仲間の命、世界の均衡、神の戦士のための剣。

自分が、今ここで役に立たなければ、すべてが遠ざかっていく。

その瞬間、柄を持つ手を、一度強く握りしめた。

違う。そうじゃない。

自分が鍛冶師として生きてきた意味は、間に合わせるためじゃない。

何を作るかではなく、“誰のために作るか”だ。

「ブリシンガーの剣を…神の戦士の武器を、俺が作る。誰が何と言おうと、俺がやる。これが、俺の魂だ!」

それは叫びではなかった。まるで、大地への祈りのような、穏やかな言葉だった。


―カンッ。

その一撃は、今までと同じ強さ、同じ角度、同じ音だった。

だが。

…ピシッ。

岩肌が、音を立てた。

「……!?」

細く、しかし確かなひびが入った。

そしてそこから淡い光が、溢れ出した。

それはまるで、意思を持った“結晶の呼吸”だった。岩肌が静かに砕け、浮かび上がるように一片が。

いや、一片ではない。

拳ほどもある、巨大なミスリルの結晶塊が、静かに床へと降り立った。

「応えた…!」

ドゥガルの手が震えていた。腕ではない。魂が震えていた。

洞窟全体に微かな共鳴音が響いた。


ミスリルが、職人の心に真に応えた証だった。ブリシンガーが近づき、その結晶を見つめる。

「これは…今まで見たどんな金属よりも、澄んでいる」

「違ぇねえ。こいつは、俺に賭けてくれたんだ。だったら、裏切るわけにはいかねぇよな…!」

洞窟に広がるミスリルの光の中、拳大の結晶をそっと持ち上げたドゥガルは、しばしそれを見つめていた。

静かに、心の底から湧き上がる喜びと、使命感が全身を満たしていく。

「よし……こいつで、やっと始められる」

ドゥガルがそう呟いた時、ブリシンガーがふとゼルグに目を向けた。

「ゼルグ。俺たちは、エルセリオン王国へ戻ることにする」

ゼルグがゆっくりとこちらを見る。

「そこで鍛えるのか、その結晶を」

「ああ。あそこには、鍛造に当たってエルフの技術がある。今の我々にとって、最も適した鍛造の地だ」

ブリシンガーの言葉に、ドゥガルも力強く頷いた。

「俺はこのミスリルを、ただの金属じゃなく、“意味のある剣”に仕上げたい。ブリシンガーが振るうにふさわしい、魂のこもった一本をな」

その言葉を聞いたゼルグの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。

「エルフはミスリルに関して最も知識がある種族。そこであれば、間違いないであろう」

システィーンが問いかけるように言った。

「ゼルグさんは……どうするの?一緒に来てくれるの?」

ゼルグは首を横に振った。

「いや。我はこの山に残る。まだ気になる痕跡がある。裏切り者の正体を見つける必要がある」

「分かった。どこまでまた、共に戦おう」

ブリシンガーが手を差し出す。

ゼルグはそれをしっかりと握り返した。

「その時は神の戦士の新たな剣を、その目に見せてくれ。楽しみにしているぞ、小僧」

「だからたぶんお前より年上―」

「黙れ、小僧」

ドゥガルとバルダーが思わず吹き出す中、和やかな空気が一瞬だけ広がった。

こうして、一行はミスリルの結晶を手に、神の剣を鍛えるべく、エルセリオン王国へと再びその足を向けた。

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