第53話「竜の誇りの裂け目」
ゼルグと一緒に、一行は山中の道を進んでいた。
先ほどまでの壮絶な戦いが嘘のように、風は静かだった。
ゼルグは人の姿のまま、先頭を歩いていた。まるで何年もこの山を歩き慣れた旅人のように、迷いなく。
その背を追いながら、ブリシンガーが静かに口を開いた。
「ゼルグ。幾つか気になることがある」
「なんだ?」
「グランヘイム王国に向かう途中、俺たちは一人の商人に会った」
ゼルグは足を止め、振り返る。
「彼は、ここアゼルグラム山脈から採れたてのミスリルを運んでいた。しかも、それはイシュカンダル帝国からの“献上品”だと言っていた」
ゼルグの表情がわずかに陰る。
「……それは奇妙だな」
「最近この山を出入りした者はいないのか?」
「我の知る限りでは、いない。この山脈には古来より結界が張られ、竜以外の者が立ち入れば、気配ですぐにわかる」
それを、ブリシンガーが少し考えた後に聞く。幻影の森を突破した魔族二人と言い、喉の奥に引っかかっていた、全員が勘付いていることを、正直に聞いた。
「あくまで可能性の一つだが……ドラゴン族の手助けがあったとしたら?」
その言葉に、ゼルグの目がわずかに鋭くなった。
「あり得ないことは、ない。ただし、ミスリルの為に、他種族ーましてや魔族と協力するなど、誇りある竜には耐え難い行為のはずだ」
その後、ゼルグがしばらく何かを考えるように沈黙した。
ブリシンガーは、そんなゼルグを見ながら再び語る。
「エルセリオン王国の精霊の泉でも、魔族が出現した。通常なら、絶対に魔族は立ち入れない。幻影の森を通れる訳がない。そんなことが出来るのは、理を歪めることが出来る、強大な力を持った者のみ」
そしてー
「今回も魔族が竜の感知をすり抜け、採掘した可能性が高い。それが”可能”となる力を持っているのは……ドラゴン族以外、あり得ない」
ブリシンガーが静かに、だが、確実な声色でゼルグに伝える。
システィーンが驚きの声を漏らす。
「そんな……ということはやっぱりドラゴン族で、イシュカンダル帝国に協力してる個体が……?」
沈黙が落ちた。
誰もがその可能性に言葉を失い、目を伏せた。
やがてゼルグが歩を進めながら言った。
「真実を確かめるためにも、鉱脈まで行こう。その目で、何が起きていたのかを見届けよう」
ゼルグの案内のもと、一行はミスリル鉱脈の奥深くへと向かっていた。
獣道を超え、霧が薄くかかる斜面を登り、冷たい風が吹き抜ける谷を渡っていく。
ブリシンガーとゼルグが先頭を歩き、その後ろを慎重に、システィーン、バルダー、ドゥガルが続いていた。
やがて、ゼルグがある場所で足を止めた。
「……おかしいな」
その言葉に、ブリシンガーが問いかける。
「どうした?」
ゼルグは地面に膝をつき、指で岩肌をなぞる。
「この岩の表面……削られている」
バルダーが身を乗り出す。
「ってことは…やっぱり誰かがここを通ったってことか?」
ゼルグの声には明らかな困惑が滲んでいた。
「この辺りは我の巡回範囲でもあった。にもかかわらず、まったく気づかなかった」
「……ゼルグさんが気づかないなんて」
システィーンの言葉に、ゼルグは首を振った。
「ブリシンガー、貴様の言葉を、まだ信じたくはないが……」
山の空気は、少しずつ冷たさを帯びていた。深く進めば進むほど、光は遮られ、風は鋭くなる。
「この辺りには、古の封印がある。ミスリルの鉱脈へ至る前に、必ず結界を張った守護の洞が存在するはずなのだが……」
ゼルグが、眉をひそめながら呟く。
「……ん?」
システィーンが、崖下に目を落とす。そこには小さな岩の割れ目があり、人一人ぐらいは通れるぐらいの大きさはあった。後から閉じられた形跡があったが、明らかに掘られた跡が残っている。
「ゼルグさん、これ…」
「まさか、こんな場所に“別の道”が…!」
ゼルグが目を見開いた。その表情は、明らかな動揺に満ちていた。
「これは…知らぬ。我もこんな道は見たことがない。これは明らかに後から追加された道だ」
ブリシンガーが近づき、指でなぞる。
「これは、道具による加工だ。竜族のものではない」
その一言に、静寂が落ちた。
明らかに、結界を迂回するように道が後から作られている。
ドゥガルが警戒心を高めていた。
「まるで、この山脈の構造を知ってるみたいな動きだな。偶然じゃこうは行かない」
ブリシンガーが低く呟く。
「いや…偶然じゃない。“案内役”がいたんだ。山の内部構造、結界の場所、それらを知っていた存在…つまり―」
「確定か……ドラゴン族に……イシュカンダル帝国に協力している者がいる」
ゼルグが絞り出すように言った。
「でも、なぜ?」とシスティーンが聞く。
「帝国は世界中のミスリルを起爆剤に戦争を始める気だと、あの魔族は言っていた。その後は全てを集めると。合算すると尋常ではないミスリルの量だ。奴らは、ミスリルを集めることそのものが目的ではない。量だけで言えば、既に十分すぎるぐらい所有している……魔力を無尽蔵に貯める、ミスリルの性質の使い道としたら、何かを“起動”するための導線にしていると考えてもいいだろう」
ブリシンガーの推測を聞いたバルダーが息を呑む。
「起動って……一体何を?」
ゼルグは腕を組んで俯く。
「まだわからぬ、だが、帝国に協力するドラゴンがいるとしたら、”世界を支配する”という目的の一致が無ければ、まず起こらぬ」
ゼルグが続ける。
「あくまで可能性の一つだ。だが、世界を支配するには、"絶対的な存在"が必要なはずだ。三柱は強いが、我々ドラゴンには及ばぬ。そんな状態で、それを行うことは考えにくい」
ゼルグが深刻な表情で話し、ブリシンガーの方を向く。いつもは冷静な彼だが、今回ばかりは少々不安な表情を浮かべていた。
「そして、帝国は間違いなくブリシンガー、貴様の存在を認知している上で動いているはず。貴様の力を知りながら、対抗する手段があるということだ」
ドゥガルが額に汗を垂らす。
「分かっていたつもりだが、”ブリシンガーが怖くない”ってことだよな……これって、想像以上にヤバいってことじゃねえのか」
彼が慎重に口を開く。
「貴様に対抗出来る力を持つ存在など、通常は存在し得ない……”過去”を除いてな」
ゼルグの言葉が一行の胸に重く突き刺さった。静かにそう呟いたゼルグの顔には、これまでの余裕すら消え、険しい影が差していた。
ブリシンガーたちは無言のまま顔を見合わせた。そこに言葉は要らなかった。誰もが感じていたのだ。これまで以上に事態は深刻で、迷っている時間などもう残されていないことを。
「……急ごう」
そう呟いたブリシンガーの声に、他の三人も静かに頷いた。
「この先の断崖の奥だ。そこにミスリルは、眠っている」
険しい岩肌を越え、苔むした斜面を慎重に進んだ先に、洞窟のように穿たれた横穴が現れた。その奥から、ほのかに光る淡い蒼白の輝きが漏れている。
「あれが…!」
洞窟に足を踏み入れた瞬間、彼らの目に飛び込んできたのは、まさしく奇跡の光景だった。
薄青く、そして白銀に近い光を放つ鉱脈が、岩壁の奥から滲むように広がっていた。
触れずともわかる。まさにこれは、神話にすら記される幻の金属—ミスリル。
その輝きはどこか神秘的で、まるで生きているかのように脈動していた。淡く揺れる光は、冷たいはずの洞窟の空気を逆に温もりで包み込み、静謐な気配すら感じさせる。
「これが…ミスリルの原石…!」
システィーンがそっと呟いた声が、反響して空間に溶けていく。
だが、やはり採掘の跡が洞窟の壁から見て取れる。全員の中の不安が、現実味を帯びている。
ゼルグが振り返り、一行に言った。
「これでブリシンガー、貴様の新しい”武器”の元を採掘するが良い」
それを聞いたドゥガルは、拳を握り締めた。
「これを使って、必ず……神の戦士に相応しい剣を作ってみせる!」




