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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第52話「アゼルグラムの守護竜ゼルグ」

巨大な翼を広げたドラゴンが、体を折りたたみ、空気を斬り裂いてブリシンガーに向かって突撃し、巨大な爪を振り下ろす。

その一撃一撃が、まるで空間そのものを叩き割るほどの重みを持っていた。


ブリシンガーは拳にエネルギーを集中させて応じる。

拳と爪が空中で衝突するたび、稲妻のような衝撃が四方八方に迸る。

空に無数の光の残像が散りばめられ、まるで星々の戦いがこの空で繰り広げられているかのようだった。

ドラゴンが咆哮する。

「受けてみよ!!」

その口から放たれたのは、灼熱を超えた超圧縮された魔炎。

ただの炎ではない。時間すら歪めるほどの高密度のエネルギーが、空の一点を焦がしながらブリシンガーへ迫る。

だがブリシンガーは空気を蹴り、魔炎に向かって真っ直ぐ突き進む。

「はああっ!!」

右手に集中させた黄金のオーラが、その魔炎を殴って割った。


衝撃が二つに分かれ、空に巨大な“V”字の裂け目が生まれる。空が悲鳴を上げるかのように雷光が走り、雲が千切れ飛ぶ。

「チッ…」

ブリシンガーがわずかに舌打ちを漏らす。今のブレスは、誘導に過ぎない。

その視界の端に、予兆が映った。ドラゴンの瞳が、深紅に燃え上がった。

次の瞬間、彼の背中から巨大な魔力の奔流が吹き上がった。

「見せてやろう、人間…これが、我らがドラゴンの咆哮だ」

ドラゴンが口を大きく開いた。

空気が逆巻き、世界そのものが引き裂かれるような音を立てる。

その口から放たれたのは、炎ではない。

破壊そのもののような光線だった。

純粋なエネルギーの波動が、縦横無尽にうねりながら天空を砕く。

空間が歪み、雷光が内から外へ逆流するように走る。

ブリシンガーが身構えるより早く、その咆哮は彼を呑み込んだ。


一瞬の静寂。そして、爆音。

まるで天から雷が無限に落ちるような轟音が、天空を引き裂いた。爆風が四方へ弾け、彼の身体は更に空高く弾き飛ばされる。

空に焼け跡のような“竜の痕跡”が残される。

「ブリシンガー!」

地上のシスティーンが叫んだ。

彼女の声も風に飲まれ、届くかはわからない。

上空では、ドラゴンがそのまま追撃に移る。

その爪が、閃光のごとき軌道で斬り裂かれ、ブリシンガーのもとへ向かう。

ブリシンガーは体勢を立て直しながら、空中で両腕を交差させ、防御に徹した。

だが、その一撃―空気すら爆ぜる咆哮の一爪は、彼の防御ごと押し返す。

「ぐっ…!!」

ブリシンガーが下へ吹き飛ばされた。岩山の中腹へ叩きつけられ、大地が深く裂ける。


だが、ブリシンガーの目は燃えていた。

その表情は苦悶ではない。歓喜すら混ざった、戦士の顔だった。

顔の端に浮かんだ笑みは、痛みにも衝撃にも屈しない―戦うことそのものを楽しむ者の顔だった。

そのまま眩い金色のオーラを纏、地面を蹴って空へと舞い戻ったブリシンガーは、対峙するドラゴンに声をかけた。

彼の声音には、力強さと、どこか穏やかさがあった。


「お前は―ただ、戦いを楽しんでるな」

ドラゴンの紅き瞳が、細く、鋭く揺れた。そして、ゆっくりと口角を上げて言った。

「ふん……当然だ、小僧。純粋な闘争の喜びだ。我らが誇りと魂を懸けた、戦士としての舞にすぎん」

ブリシンガーはふっと笑った。

「なら、安心した…こうして、殺し合いではない、純粋な力同士のぶつかり合いの中で、生きていると実感できる」

ドラゴンは、笑いながら続けた。

「奇妙なことを言うな。だが、共感はできる。我らドラゴン族もまた、強き敵をもって己の存在を刻んできた。そして、今この瞬間、我が魂に刻まれているのは―貴様だ、ブリシンガー」

ブリシンガーの口角が上がる。

「同じだ。お前の存在が、俺の中で初めて、“神の戦士”としてではない、ただの男としての俺に火をつけた。怖さが消えたんじゃない。怖いまま、戦士として立てている。恐怖の中でも前に出られる。それが今の俺だ」

「…ならば、語る言葉はもう不要なり」

ドラゴンの翼が、空気を大きく撫でた。

「存分に、交わそう。我らが誇りを証明するために!」

「望むところだ」

空を割るような咆哮と、雷のような喝声が交差した。


再び、二人は空中で閃光となってぶつかり合った。

それは破壊でも殺意でもない。

己の存在をぶつけ合う、戦士たちの対話だった。

天空を引き裂くような閃光、轟く咆哮、大地まで震わせる爆風。

その全てを、地上の三人はただ呆然と見上げることしかできなかった。

「……あれ……本当に、試し合いなのか……?」

バルダーの口から漏れた言葉は、言葉というより“呻き”に近かった。

彼の目には、空を裂いて激突するブリシンガーとドラゴンの姿が映っていた。

拳と爪、咆哮と光。それらが空の中で何度もぶつかり合うたび、雲が砕け、風がうねり、空の色すら変わっていく。

ドゥガルが風に吹かれながら声を上げた。

「これが、神の戦士とドラゴンの戦い…!」

システィーンの瞳は大きく見開かれていた。

普段、落ち着いた彼女の表情から、理解の範疇を超えた驚愕が見てとれた。

大地が震える。

空が吠える。

世界の理がねじれるような、異常なエネルギーが天から降ってくる。

彼らはただ、口を半開きにしたまま、誰一人、言葉を継げなかった。

ドゥガルは肩をすくめ、空を見つめたまま頭を押さえた。

「俺たち本当に、あいつと同じパーティなんだよな?」

「すごい……」

システィーンが呟いた。

彼女は、戦っているブリシンガーの顔を思い出していた。昨日、自分の腕の中で、弱さを吐露したあの彼が、今は天を裂く戦士となって、空を翔けている。

天空で激しく交差するふたつの輝き。


すべてが拮抗していた。

だがその時、ブリシンガーの表情がふと変わった。

目の奥に、今までとは違う光が宿る。

「そろそろ決着をつけさせてもらう」

静かに呟いたその声には、感謝にも似た温かさがあった。

ドラゴンの瞳がわずかに揺れる。

「なに……?」

瞬間、世界が止まった。いや、そう感じた。

ブリシンガーの体がら溢れ出る金色のオーラが、更に爆発的な威力で身体から吹き出す。

太陽のプロミネンスの如き激しい、燃え盛るような光が空を完全に覆い尽くす。太陽光より眩しかった。

空気が音もなく引き絞られていく。

そして、ドラゴンが気づいた時には彼はそこには居なかった。ノーモーションから、人智を超えた速度で飛び込み、目にも留まらぬ速度で拳が振り下ろされた。

それはもう「拳」ではなかった。

質量を持った光の塊が、時空を押し潰すようにドラゴンに叩き込まれる。

「……!!」

反応する暇もなかった。

閃光、衝撃―そして、圧倒的な重力が空間を叩き潰すような音だけが残った。


ドラゴンの巨体が空中で硬直し、地面へと隕石の勢いで真っ直ぐ落ちていく。

大地が割れた。

山が唸り、岩が砕け、辺り一帯が閃光に包まれる。

やがて、すべてが静まった時、ドラゴンは大地に倒れていた。彼は一瞬だけ意識を失っていたが、すぐに目を覚ました。

だが、それは敗北ではなかった。

彼の目には、確かに“敬意”が宿っていた。

「やはり、貴様の力は想像以上だな、小僧」

ドラゴンが低く笑う。

「…これでも倒れなかったら、どうしようかと考えていた所だ」

ブリシンガーは、ゆっくりと地上に着地しながら静かに息を吐いた。

金色のオーラが徐々に収まり、彼の姿もいつもの無骨な戦士へと戻る。

「いい戦いだったな、久々に互角の戦いを楽しめた」

それを言ったドラゴンがほくそ笑む。その表情には呆れが少し混じっていた。

「”互角”だと?小僧、我の目は節穴ではない。貴様はあれでも、まだまだ力を抑えていただろう」

「攻撃、防御の動き、全てに“余白”があった。全くだ…伊達にガウレムを倒した訳ではないな」

その時だった。

「ブリシンガーッ!!」

遠くから、システィーンの叫び声が聞こえた。

振り返ると、丘の上から三人の姿が駆け下りてくる。

システィーンが先頭で、バルダーとドゥガルが少し後ろから追いかけるように走っていた。


システィーンが息を切らしながら近づいてきた。

「すごかった!!本当に、空が割れるかと思った……!」

バルダーは無言で頷きながら、ブリシンガーとドラゴンを交互に見比べていた。

「この規模の戦いを“試し合い”とか言ってる時点で、もう俺たちの常識が崩壊してる気がする……」

その言葉に、ドラゴンが腹の底から笑った。

「よくわかっているじゃないか。だが、そういう人間がいるからこそ、世界は面白い」

ドラゴンはシスティーンたちにゆっくりと視線を向けた。

「貴様ら―“神の戦士の影”にいる者たちよ。この男に、ついていく覚悟はあるか?」


その問いに、三人は迷いなく頷いた。

バルダーが一歩前に出る。

「覚悟はもう、とっくに決まってる。あとは少しでも背を任せられるように、力をつけるだけだ」

ドゥガルも拳を握りしめた。

「今さら逃げられると思うなよ、ブリシンガー」

システィーンは、ただ静かに微笑んだ。

「彼のそばにいたい。どんな未来が待っていても、それが、私の決めた答えです」

ブリシンガーは、静かに彼らを見つめ、そして―わずかに、笑った。

すると、ドラゴンの巨体が、ゆっくりと動いた。


「…さて、この姿では貴様たちと話すのにいささか不便だ」

そう言うと、彼の鱗から仄かに光が漏れ始めた。

光はやがて身体全体に広がり、鼓動と共に脈動するように強くなっていく。

鋼のような鱗は、まるで霧が晴れるように一片ずつ砕けて宙へと溶け―姿が変わっていった。

黄金に縁取られた、漆黒のローブ。

燃えるような赤毛、精悍な顔立ち、鋭い切れ長の目、深く引き締まった身体。

まるで英雄の彫像をそのまま人の姿にしたかのような一人の青年が、そこに立っていた。

「…!?」

システィーンが、声にならない声を漏らした。

「ちょ、ちょっと待て…何、今の…!?」

ドゥガルが目をむく。バルダーもわずかに口を開いたまま固まっていた。


青年の姿となったドラゴンは、肩を回しながら軽く息を吐いた。

「ふぅ……長らく使っていなかった形だったからな。この姿のほうが、貴様らと話すにも都合がいいだろう。我等ドラゴン族にとって変化魔法など、朝飯前よ」

「お、お前…誰なんだ…」

バルダーがそう尋ねると、青年は口元に笑みを浮かべて名乗った。

「自己紹介がまだだったな。我が名はゼルグ=グラヴェルド。アゼルグラム山脈の守護竜だ」

その名を口にした時、空気が再び緊張を帯びる。だがゼルグは穏やかに両手を背中で組んで言った。

「気を張るな。我はお前たちの敵ではない。むしろ、案内人だ」

「案内人…?」

「この山の奥地。ミスリルが眠る“竜の鉱脈”までの道を知る者は少ない。だが我なら導ける」

システィーンが目を見張る。

「じゃあ、一緒に?」

「そうだ。今の戦いでわかった。貴様らはミスリルに値する者だ。道案内をしよう」

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