第50話「夜明けのあとで」
翌朝。
太陽が昇り、やわらかな光が谷間に差し込んできた中、バルダーとドゥガルはゆっくりと目を覚ました。
「ん……?」
バルダーが寝ぼけ眼で目をこすりながら、テントを出て周りを見回す。
いつもなら、一番早起きなシスティーンとブリシンガーの姿がないことに気がついた。
「……あいつら、どこだ?」
出てきたドゥガルも、辺りを見回す。
「おかしいな。昨日はちゃんと寝てたはずだが……」
一瞬、二人は焦るような顔を見合わせた。
(もしや、何かあったのか……?)
少し見回したが、すぐ近くの丘の上―その先に、二人がいるのが見て二人は安心した。
むしろ、晴れ晴れした。
システィーンとブリシンガーが、静かに抱き合ったまま、眠っていた。
ブリシンガーがシスティーンに抱えられるように眠り、システィーンもまた安らかに彼に寄り添う静かな二人の姿。
ただ、風が吹き、木々がさざめく中で、二人だけの静かな世界が広がっていた。
「……あぁ、なんだ、そういうことか」
バルダーが、ほっとしたように、微笑みを浮かべた。
その微笑みは、軽やかで、どこか照れくさいものだったが、確かな安堵の表れだった。
ドゥガルも、同じようにふっと力を抜き、声を出した。
「…そりゃ、あんなに仲良くしてたら、なぁ」
「ま、何があったかは知らんが、良かったな」と、バルダーが言うと、ドゥガルも「確かにな」と笑った。
二人は静かに見守ったまま、そのままの姿を遠くから眺めていた。
バルダーが最後に、さりげなく言った。
「システィーンがあんなに、頼もしく思える日が来るなんてな」
ドゥガルは少し考えてから、首をかしげるように言った。
「うむ、でもあのブリシンガーが、よくそこまで心を…」
「いや、いいんだよ。それが“人間らしさ”だろう?」
バルダーは静かに、目を細めて答えた。
「俺たちも、あんな風に支え合える仲間でいたいな」
その言葉に、ドゥガルも無言で頷いた。
二人の静かな朝のひとときが、またひとつの未来を感じさせるような温かさを残しながら、進んでいった。
「起こすのは野暮ってもんだ。俺達だけでも朝メシの準備しようぜ」
「ああ、そうだな」
バルダーとドゥガルは朝食の準備をしていた。
野菜を切り、パンを焼き、朝の空気を満喫しながら忙しそうに動いている。
「さぁ、あとはこの材料をスープを入れれば完了だな」
ドゥガルが、スープを煮込んでいる鍋を覗き込んでいる。
バルダーはその様子を見守りながら、「お前、結構手際いいな」と言う。
「当然だ。俺は戦いだけじゃなくて、飯も作れる男だぞ」
ドゥガルは得意げに胸を張った。
二人が少し離れた丘の上を見ると、システィーンとブリシンガーがゆっくりと降りてきているのが見えた。まだ少し眠そうな目をこすりながら歩いていた。
「お、二人とも起きたか?」
バルダーが声をかける。
システィーンは少し顔を赤くしながら、慌てた様子で目を逸らしつつ言った。
「み、見たの……?」
「し、システィーン、落ち着け……」
「う、ううん、あれはちょっと……」
システィーンは顔を両手で覆い、恥ずかしそうにうつむいた。
バルダーとドゥガルは、その様子を見て、互いに顔を見合わせ、クスリと笑った。
「おお、なんだよ、二人とも。俺達は何も知らないぜ」
「ああ、それより今日もいい天気だな」
ドゥガルとバルダーにやりとした。そこには少し白々しさも混じっていた。
「でも、ほら、気にすんなよ。俺たちもお前らのことなんか気にしてないさ」
「そうだ、そんなことより朝飯だ。食え」
バルダーとドゥガルが目を細めて答える。
システィーンは、ますます顔を真っ赤にして、何も言わずに下を向いた。
「こ、こんなこと……恥ずかしい……」
朝の陽光が谷間に差し込む。
前夜の静けさが残る中、四人は静かに朝の支度を整えていた。
バルダーとドゥガルは、焚き火のそばで最後の荷物をまとめ、システィーンは食器を片付けている。
そして、ブリシンガー。いつもなら、彼の顔には一分の隙もない厳しい表情が浮かんでいた。だが今、彼の顔には軽やかさが宿っていた。
どこか別人のようだった。彼の顔が、どこか柔らかく見える。
普段の鋭い眼光ではなく、穏やかな眼差しをしているその姿に、誰もが気づく。システィーンも、無意識に何度も彼の方を見ては、少しだけ微笑みを浮かべる。
「……なんか、今日は、いつもより元気そうだな」
ドゥガルが、軽く笑いながら呟くと、バルダーは黙って頷いた。
「そうだな。お前も感じるか?」
バルダーの目には、優しさが浮かんでいた。
「……いや、あんな真顔ばかりしてた奴が、こんなに柔らかくなってるのは少し意外だ。でも、きっと……」
ドゥガルが微かに首をかしげ、視線をシスティーンに移す。
システィーンが、わずかに顔をそらすと、ドゥガルは無言で微笑んだ。そして、バルダーもまた、静かに頷きながら言った。
二人の間に流れる温かな空気が、さらに深まった。システィーンは小さく息を吐き、視線をブリシンガーの後ろ姿に移す。
少しだけ寂しげで、それでいてどこか安心したような、穏やかな表情を浮かべている。
まだ、彼が抱えていたものが全て消えたわけではない。
だが今、彼は少しだけ、軽くなったのだと感じる。その安心感を胸に、彼女は無言で目を伏せた。
その視線を受けて、バルダーとドゥガルは何も言わなかった。言葉は要らない。二人が微笑みを交わすだけで、すべてが伝わった。
バルダーは少しだけ顔を上げ、静かに言った。
「まぁ、何も言わないけどな。でも、これはいいことだ。俺たちも少しずつ、重荷が軽くなるといいな」
ドゥガルも軽く頷いた。
その言葉に、ブリシンガーが振り返る。その目には、確かな感謝の色が宿っていた。
「……ありがとう」
小さな声で言ったその言葉は、誰にも届かないほどの静けさの中で、確かに彼の仲間たちに届いた。
しばらく歩き、ようやく山脈の入り口にたどり着いた一行は、壮大な景色に息を呑んだ。
険しい山々が延々と続き、空は暗い雲に覆われている。風は冷たく、足元には古い岩がゴツゴツと転がっていた。
「これが、アゼルグラム山脈か……」
バルダーが静かに呟く。その目には、緊張と不安が入り混じっていた。
「思ったよりも、険しいな……」
ドゥガルが額に汗をにじませながら、足元を確かめつつ言った。
「ここからはドラゴンの領地だ。入った今、必ず現れるだろう」
ブリシンガーの表情が引き締まる。
その時、空気がひときわ重くなった。
突然、遠くの山の頂から、大きな鳴き声が響き渡った。
「……来るぞ」
ブリシンガーは静かに言い、足を止めた。
その言葉と共に、空が割れるように、巨大な影が現れる。
岩山を越えて、ゆっくりと降りてくるその影。
その大きさ、翼の広がり、そして何より圧倒的な存在感に、一行の息が止まる。
まさに、ドラゴンだった。




